「キラー猪木」のDVDシリーズの第3巻は、新日本プロレスとUWF の頂上決戦となった藤原喜明戦、どういうわけか制裁試合めいてしまったラッシャー木村戦、新日マット初登場となったブルーザー・ブロディ戦の3試合が収録されていました。個人的に面白かったのは、なんといっても藤原戦です!
■藤原善明戦 キラー猪木に入っている藤原戦は、UWF として猪木のもとを出て行った選手たちが新日に出戻り(真相はちょっと違うらしいですが、当時はそういうアングルで語られてました)、UWF の総当たり戦で勝ち抜いた者が猪木に挑戦するという試合です。新日とUWF の頂上決戦だったわけですね。「キラー猪木」では、この試合の前で語るターザン山本さんのコメントが、この試合のアングルを見事に説明してくれていてよかったです!
力道山亡きあとに経営陣が腐敗しまくった日本プロレスに反旗を翻した猪木が、逆に日本プロレスから首を切られた事で出来た団体が新日本プロレス。以降、日本プロレスの主力をひきぬいて作った馬場の全日本プロレスと競合となり、外人招聘から何まで馬場に邪魔される状態で新日は倒産の危機の連続。そんな中、角界どころか高専柔道出身者までいる恐怖の日本プロレスで実力ナンバーワンだった猪木は、「強さ」を前面に打ち出して馬場に対抗していった、みたいな。
そういう新日本プロレスだったからでしょう、猪木自身は経営者と格闘者としての両面を持ちつつ、若手には「強くなれ」という事しか言わなかったそうです。あまりのトレーニングの過酷さに、「実際に戦ったら新日本プロレスが格闘技最強」なんて言われていた時代もあったそうで、そんな新日道場で具体的な格闘の技術を体系的に伝えたのがカール・ゴッチで、ゴッチから伝えられた技術を新日道場でのスパーリングで磨いていったのがUWF組。そしてその関節技の技術ナンバーワンが藤原善明、みたいな。ゴッチのもとで技を学んだ藤原は、日プロ時代の生え抜きの選手ですらグラウンドでは藤原に勝てないレベルになっていたそうです。
新日に道場破りに来る人の腕を折って放りかえすポリスマンの役割を務めていたのも藤原だそうです。というわけで、これは「新日道場のシュート技術ナンバーワン決定戦」という意味もある試合だと思って、観ていました。
とはいえプロレスなので(^^;)、最初から猪木の勝ちという台本があったわけで、ファンとして見ていて面白いのは結果ではなく、ガチでやったらどうなるか、という部分。でも先にプロレスとしての面白さを書くと…たぶん明らかな台本があったのは3ヶ所で、藤原が猪木の腕を決めるところ、猪木が藤原のアキレス腱固めを切り返すところ、そして最後のスリーパーホールドで締め落とすところです。その頃「関節技の鬼」で売っていた藤原の決め技の代表格は脇固めとアキレス腱固めで、これが入ると新日の選手もUWFの選手も全員ギブアップ。でも、ゴッチ道場の兄弟子だった猪木にはそれが通じず、逆に切りかえされる…こんな台本だったと思うんですが、分かっていても最高に面白いですね(^^)。
次に、スリーパーで落とすというフィニッシュ。この面白さはふたつあって、ひとつは猪木への挑戦権をかけて戦った前田-藤原戦からの流れ。前田が藤原をスリーパーで落としたんですが、同時に藤原が前田の足首を固めていて、藤原は意識を失いながら前田からギブアップを奪ったのです。つまり、前田のスリーパーは藤原に通じなかったわけですね。しかし猪木は藤原をスリーパーで仕留めます。要するに、「猪木の技は前田以上」という表現があるんですよね。もうひとつの面白さは、スリーパーで仕留めるという「マジ」っぽさです。当時の全日でも新日でも、ロープに振れば相手は跳ね返ってくれるし、ブレーンバスターみたいな相手の協力が必要な技でもどんどん入るし、技といってもジャンピング・ニーみたいなアマチュアでもできそうな技ばかりだったんですよね。ところがUWFは、ロープから返ってこない、ブレーンバスターなんて受けない、V字やU字のアームロックとかひざ固めとか、何やってるのか分からないような技で相手を仕留めて「本物」っぽかったんです。その本物を、猪木が本物っぽい技で仕留める…えらくマジっぽく感じたのでした。

そんでもってアドリブ部分、ここが本当にすばらしい試合でした。まず、藤原の技のすばらしさです。猪木にリバース・フルネルソンを決められた藤原が、それを外す方法が芸術的。なんと小内刈りで返すんです。すげええ!子どものころ、よく友達とプロレスごっこをしたものですが、決められたら外すのが難しい技に、ヘッドロックとフルネルソンがありました。それをなんという芸術的な外し方をするのか…これはショーじゃなくてガチの技術だと思う…んですよね、素人としては(^^)。
同じように、足をとられた後に、相手の胴にもう片足を入れてカニバサミのような体制からひっくり返しに行くところがありました。これってUWF が流行して以降は、蹴り足を取られたときの返し方のひとつになりましたが、当時は斬新。「うわあ、こんな風に返すのか」と驚きました。
そして、腕ひしぎ逆十字への入り方。アマチュアの僕にとって、この入り方はマジに見えました。プロレスなので本気に締めに行てないんでしょうが、本気で締めたら決まっちゃうんでしょうね。
一方、猪木の技。まず、関節技に行く以前の問題として、グラウンドでの攻防は猪木が上に見えました。当時の新日の試合には型があって、ショーではない実際にスパーリングをする第1楽章があるんですが、そこで猪木は簡単に相手の上に乗ってしまうし、簡単に顔面も決めてしまうので、グランド限定のスパーリングならここで終了なんだと思います。藤原が関節を取りに行く所まで行けないんでしょうね。グラップラー恐るべし。そういえばアマレスのオリンピック代表選手の長州力が、アマから新日道場にはいってスパーリングに参加した時の感想として「グラウンドの攻防になってしまえば簡単に関節を取られてしまうけど、その前に自分は倒されないし、相手を倒してマウント出来てしまう」と語っていたのを覚えています。のちのグレイシー柔術の試合みたいなもので、関節技に行こうにもマウントとられたらどうしようもないという事かも知れません。

そして、打撃技の猪木の間がすごいです。異種格闘技を含め、
猪木の試合を観ていて驚くことのひとつは、打撃のカウンターを入れるのが恐ろしくうまい事です。この試合で、猪木が藤原の頭突きに対して肘を合わせるところがあって、藤原が吹っ飛ぶんですが、そのシーンをスローで観ると、藤原の顔があり得ない角度で曲がってるんですよ(^^;)。こういう堅い攻撃って、ルー・テーズがチャンピオンを降りて以降のアメプロや、ある時期までの全日にはあり得ないもので、新日の専売特許みたいなものでした。猪木の視線が藤原の頭突きを観ているのが分かるんですが、完全にカウンターを入れるタイミングを測っていてすごいです。
この後も、相手が出てくる瞬間に合わせる技が出ます。問題になった内股蹴りですが、相手の出てくるところで、相手の柔らかい部分に自分の堅い部分を合わせるのがうまいんですね。試合終了後に前田が「金的蹴りだ」と猛抗議した技ですが、スローにして見ると内股を蹴っていて、金的には入ってませんでした。僕みたいな素人が、「シュートでも本当に強いんじゃないか」と思わされたのって、こういう所でした。
でもって、プロレス的な戦い方。グラウンドの技術合戦は通好みでメッチャ面白いんですが、でも地味でもあるんですよね。そういう試合の要所で、いきなり反則をして相手に仕掛けるとか、そういう試合の大きな分岐点を作っているのはすべて猪木。これってつまり、猪木は藤原と試合しつつも、お客さんとも試合してるという事なんでしょう。なるほど、猪木がプロレスの天才と言われるのはこういうところか、みたいな。
キラー猪木のシリーズに選ばれた全13試合の中で、格闘技術としていちばん面白かったのはこの試合。全日プロになくて新日~UWFにあったもの、シュートマッチで実際に使える技とその技術系統が見える最高の試合でした(^^)。
■ラッシャー木村戦 猪木が一方的にラッシャー木村に制裁を加える流れとなった試合です。ガチなのかフェイクなのか僕には分かりませんが、制裁が唐突に始まっちゃうので、これってマジなんじゃ…と、リアルタイムで見ていた時は思わされましたね(^^)。
■ブルーザー・ブロディ戦 猪木の全盛期はウイリー・ウイリアムス戦まで。以降の猪木は下降の一途を辿ったと思っています。足も細くなり、小中学生だった僕にすらハードヒットに耐えられなくなっているのが分かるほど。そんな猪木の衰えを最初に知ったのは第1回IWGPでしたが、ブロディ戦はさらに何年も後の試合なので、それはもう…。ただ、猪木は日プロ時代から道場ナンバーワンといわれるほどに技術を持っている人なので、長州や藤原といった技術がある人が相手だと、全盛期を過ぎた後でもすばらしい試合をしていました。でもブロディは厄介な相手です。格闘技もレスリングも出来ない、そのくせ体はデカいしハードヒットもする、ハートも強いし、それ以上にわがままなトラブルメーカーときたもんで(^^;)。これは猪木が惨憺たる目にあうんじゃないか…と思ったら、意外というか、さすがは猪木というか、ドラマチックないい試合にしてました(^^)。
まず、猪木の衰えが半端じゃないです。ジャーマン・スープレックスはもう使えない、使ってもブリッジ出来ない。ブレーンバスターは崩れる…猪木信者としては見てられないです。この試合を見て、僕は「ウイリーやルスカやボックと渡り合っていた頃の猪木はもういないんだな」と改めて思わされました。ブロディもブロディで、レスリングなんてろくに出来ない典型的な力任せのアメリカン・プロレス、担いで投げるとか蹴るとか、そういう事しか出来ません。こんなふたりの試合なので、実に噛み合いません(^^;)。
そこで猪木がどういう試合にしたかというと…なかなか組まず、果し合いのような雰囲気をまず作ります。組み始めるとブロディが一方的に攻め、猪木ボロボロ。でも途中から猪木がブロディの足を狙いはじめてブロディの足が流血し、一方的に見えた試合が大きく動く、みたいな。いっさい猪木の技が通じない状況だったのが、ついにブレーンバスターでブロディの体があがる!崩れてるんですが、それですら「手負いの上に、一方的にやられていた猪木が、ボロボロになりながらも担いだ!」と感動させられてしまうという(^^)。さすがホウキとも名勝負をすると言われる猪木、プロレス的な意味でドラマチックで面白かったです。たしか、年間最高試合を受賞してましたが、実際にも試合があった翌日、学校で「昨日の猪木とブロディの試合、凄かったな」な~んてみんなで話してたのが懐かしいです(^^)。
VHSと違って、DVDの「キラー猪木」シリーズは年代順に並べてあります。この3集まで来ると、猪木の実際のレスリング技術を見られる試合が増える一方、身体的な衰えも見えて、そこは辛かったです。ブロディやホーガンとのい戦が象徴するように、猪木ファンの僕にとっては目をそらしたい時期でした。僕は馬場より猪木が好きですが、馬場さんが猪木さんより素晴らしかったと思う所があります。メインを張れるだけの力が自分になくなった時に、メイン・イベントから退いた事です。これって実は日本テレビから引きずり降ろされた面が強かったそうですが、結果的にあれは良かったです。
でも、猪木はメインを降りませんでした。実際には降りようとしたけど降りられなかったのかも。何となくですが、第1回IWGPって、猪木の最後の花道にするためのものだった気がするんですが、新日内部でクーデターが起きてしまって、譲相手を信用できなくなってしまった気がするんですよね。「本当は前田に譲るつもりだった」という発言を聞いた事がありますが、あれって本心だった気がします。だって、長州も藤波も参加できなかったIWGPにまだ日本で無名の前田を出したぐらいですからね。そこからもいろいろ崩れ格闘路線のためにUWFを作り、プロレス路線に新日を残るという絵も描いてみたのかも知れませんが、その道も塞がれましたし。その後の前田は、引き継ぐどころか前田自身が中心になった新しい流れを作りあげましたしね。もし猪木から前田への引継ぎがうまくいっていれば、猪木も前田も幸せだったんじゃないかと思います。ホーガン戦もブロディ戦もなく、以降のさらなる醜態もなければ、猪木は伝説になれたかも。それが出来なかった事で生まれた試合がこのへんだったんじゃないかと。