名前を隠して楽しく日記。
モーリー・ロバートソンがなくなったね
日本の音楽に対する「内在的批評」(音楽の技法や文法の批評)と「外在的批評」(社会や時代と結びつけての批評)の話。
日本の音楽を対象にする場合、外在的批評に値するミュージシャンが少なく、かつ社会的視点での批評ニーズが低すぎて、やる価値が無いのが問題なんじゃないの。
若手のロックミュージシャンですら、「考えはあるけど言いません」的な消極姿勢が一般的でしょう。ほんとに考えはあるが戦略的に隠すパターンと、考えが無いことを悟られないために隠すパターンはあるだろうけど。
グローバルに進出するミュージシャンについても、メジャーレーベルの後押しで形ばかりの海外進出をするか、海外でも人気のアニメにあやかって、一瞬のヒットを飛ばすかのどちらかで、かつ肝心の音楽は、グローバルでのヒットをいかに上手に解釈するかみたいな話だし。
そんな状況で「なぜこの音楽が広く受け入れられたのか」みたいな高説をたれようにも、「タイアップ曲で認知されやすかったから」「SNS対策の広告費が多くて露出が多かったから」「誰もが不快にならない歌詞だったから」みたいな、答えありきの分析にしかならないんじゃね。
それならまだ、曲の技法を細かく分析して、誰も気付いていない専門的な情報を開陳する、内在的批評の方がカッコがつくし、リスクも少ない。
Z世代に対応した「賢いやり方」が内在的批評なんじゃねーの。と投げやりな気持ちになる。
日本の音楽マーケットで広く受けるのは、当たり障りのない、毒にも薬にもならず、技法的な解説するにしても面白みの無い曲か、感覚的な刺激だけを重視して、音や情報を詰め込んだジャンク音楽で、それ以外で話題になり得ることある?という話。
答え
https://news.yahoo.co.jp/articles/5bc1f39113a6827b1d6faee3c75e7d603bc89a07
リリアンをするといいと思うよ。
これぞほんとのチン謀論ってな
具体的に言語化するのも難しいというか、ぶっちゃけ面倒なんだけど、将来の不安とか生活送る上でモヤモヤと悩むことを相談できる口もないので、そういった煩悶を日々溜めてしまっていると、どこかで狂う感じがしてくるんだよな
それともこれが男性更年期ってやつなのか?
セミクローズドなコミュニティで人とやり取りすることはあるけれど、良くも悪くも男性中心コミュニティな感じで、相手はそういうつもりで書いてないんだろうけどマウント取られたかのように感じるシチュエーション多くて悲しくなってくることもあるんだよな
かといって他のメンツを揃えた別のコミュニティを開拓していく元気も出てこないし、何かやるせなくなってくる
で、昔若かった頃の自分が中年男性の奇妙な行動を「何故するんだ?そんなこと」と思っていたことを段々と自分がしていくフラグが立ってきている
あるいはもう既にしているんだろうなあ
ああ、こわい