はてなキーワード: 元増田とは
「ハッタショ系のアミューズメント」じゃなくて
ハッタショがかかるのは”オタク”
アミューズメントパークオタクがイコールでハッタショだなんて俺は主張してない
「俺の経験上、ディズニーオタクの女はハッタショ率が100%だった」と言ってるだけ
身だしなみや会話から「なんかこの子おかしいな」ってレベルなのよ
元増田のその話をしてんだと思うよ
俺しか気付いてないなんてわけないもんこれ
元増田だけど別にパークの話に限定してないし、年何回通う層だとか想定してないんだよな
カップルで遊びに行く層から地方で映画観る層、サブスク勢、オンラインでぽちぽちグッズ買う層まで幅広く想定してる
そりゃ365日通うレベルの話はしてないけど、ディズニー好きアンチ増田が勝手に吹き上がって「カップルでディズニー行くのはノーカン!!気軽に楽しんでる層はノーカン!!」と勝手にディズニー好き定義し始めてこちらも困ってる
別にどうもしないし困らんだろ。じゃ、各々行きたいところへどうぞーって解散すりゃいい話
元増田は、肉か魚かから始めないといけないくらい皆飯どこでもいい感じの集まりで、皆知恵振り絞ってんのに自分だけ他人のコストに乗っかってるアホにキレてるだけ。ピンポイントの提案あったらじゃあそれに行きましょうになるやろ
そういうのも論点ずらしだゾ
あと少し強い風が吹いただけで立ち消えそうな「プロコスプレイヤー」という肩書で、愛想や態度が悪かったら今まで生き残ってないってはっきりわかんだね
• 「死とは、まったくの無であるか、魂が他所へ移ることか、そのどちらかである」
出典:プラトン『クリトン』48b
• 「魂が不死であるというこれらの議論が真であるかどうかは、神のみぞ知る」
• 「このように信じることは、賭けとしては悪くない」
• 「正義とは、魂の各部分がそれぞれ本来の役割を果たすことである」
• 「死後に存在するか、存在しないかという問いに、私は答えない」
• 「それらは苦の滅尽にも、涅槃にも導かない」
出典:『ダンマパダ』277
• 「あるがままに知る者は、取着しない」
出典:『無我相経』(相応部 SN 22.59)
ではなく
だという点である
という事を伝える内容になる
すごいなー、書いてあるのは単純な内容なのに、ブクマ数が数百も付いてる。オラなんぞ最近はついても数個。ほとんどは反応すらしてもらえないのに。
さてこのタイトルだが、「全て無にはならない」としているのは、全部が全部という意味であって、全部のうち一部という意味ではない。例えば死んで肉体を焼かれても骨くらいは残るという意味で言っているのではなく、肉体を焼かれようとも焼かれて消えたように見えるかもしれなくても、一切のものは形を変えても保存則によりにこの世に全て残っているという意味だ。
仏教には般若経とか、あるいは論理書であるとされる中論なんてのがある。読んでも何言ってんだかさっぱり理解不能に思えるが、そこには
あらゆるものは滅することもなく生ずることもない、
みたいなことが書いてある。Wikipediaからコピペすると、
と書いてある通りである。その前にはお馴染みの「色即是空空即是色」なんて書いてあったりする。
おそらくこれを文字通りに理解している人は皆無に近いと思う。しかし、これは文字通りの理解が正しい。意味がわからないだろう。
いずれにしても、この世には無になるものもなければ、有になるものもないのである。
仏教的に問答すると、
「無から何かが生ずるとするのであれば、それは一体何ものから生じたのか?」という問いを立てることができる。
つまり、無から何かが生ずるという言明自身が、言明自身によって誤りであると結論されるのである。
もし、無から何から生ずるのであれば、それは無ではないからである。
このことは簡単な理屈であり、例えば地面から何か植物の芽が出てきたとする。無から生えてきたのであろうか?即座に否と結論されることを私たちは知っているであろう。種があって養分があって水分があって、みたいな話だからである。
このことは逆も然りである。
「何かが滅するというのであれば、それは一体どこに滅したのか?」という問いでも良いだろう。
りんごを放置していたらいずれ腐って、テーブルの上から消え去ってしまうだろう。しかしすでに述べたように、実際には保存則により無になったわけではない。バクテリアが処理したのであれば、バクテリアがりんごを養分にしたのであって、そのバクテリアも他の菌か何かの餌になって……という具合だ。
ところが、人は自分自身が死ぬことを「無になる」と思い込むことがある。
自分自身(中の人?)だけが自然法則から外れている、とするのである。
「いや認識が完全に消失するではないか?」と問い返すかもしれないが、認識を失った状態は寝ている状態と何が異なるのだろうか? 我々は死を永遠の眠りと表現することもある。
もしかすると、科学技術が思いっきり発達して、あなたの認識を永久にとまでは言わないものの、寿命をめちゃくちゃ長くすることができるようになるかもしれない。
いずれ死ぬ? いやそれすら不可能になる時代が来るかもしれないのである。
実際現代人の平均寿命は100年前に比べて何十年も長くなっている。
そんなとんでもない遠い未来の話はしてないって?
現に今の科学技術ではたかが100年程度生き延びることがせいぜいで、誰もがいずれ死ぬではないかって?
しかしよく考えてもらいたい。
私たち生き物の誰一人、一匹たりとて、死んだ後のことを認識することはないのである。
これは無ではない。認識主体も被認識対象もないのだから、無が認識されることはないからである。
認識されるから全てのものは存在しているのであって、認識されないものは存在しない。
謎の物質?とも言われるダークマターでさえ、科学的に認識されるから存在すると仮説されるのである。
ものすごく般若心経は当たり前のことを言っているに過ぎないのである。
いかなる方法でも認識されないものがどうして存在し得ようか?などとも。
なのに、人は死ぬことを無になると思い込んだりするのだ。いいか? 死んで無になることなどないのだ。繰り返すが、そんな無は認識できないからである。
なんか偉そうになんか語ってるけど、根本を誤読してるから文盲の自覚持って砂利とかしゃぶって生きてるとええで。
これはお前が話を歪めてるだけやね。
効いてる薬が成分変えて効かなくなったら当然不満だろ。
もともと効いてる実績のある薬を小銭のために切り替えたくない。
まず「期待値がプラスだったことも、合理的な投資だったこと」はお前しか論じてないの
合理的云々ならオルカン、S&P、インテックスファンドで終わる話だから
俺は元増田ではないんだけど、元増田のようなうっすい優待たのしみ~。って投稿に命題だの期待値だの合理的だの出すお前みたいなのがきもいって話だよ