はてなキーワード: 石毛とは
これは本当に9歳までに習う算数。
2820万人÷6カ月=470万人、
よくいわれる目標1日15万人、30日ならば30×15万人=450万人、簡単な割り算で、ちゃんと近い数字がでた。
1日10万人なら30日で300万人、
チケット代最低6000円として
150万人×6000円=90億円
つまり1カ月当たり90億円の予定との差額がうまれる。(15万×6万円と書き直せる)
90億円×6カ月=540億円、これがほぼ全部赤字になる。
桁さえまちがえなければあとで修正できるのでもう一度計算したが、やっぱり桁を間違えてない。しかもこれは最低の数字だ。実際はもっと大きい数字になるはず。
しかも、3カ月から6カ月以内に払わないと建設会社その他が倒産する可能性がある。払わなかったら、トランプ関税問題と同じで、注文主としての大阪府の信用が吹き飛ぶだろう。これまで2度の建設費増額などで大阪府財政も違法性が問われるレベルでそうとう無理をしているはず。簡単に出せる額ではない。
万博協会は、開幕30日目にしてもう2820万人達成をあきらめている。ということは、黒字化も70パーセント以上諦めていると判断していい。
【万博】「満足度が重要。単に数字だけを追求するものでもない」博覧会協会事務総長 「2820万人」には届かない来場者ペース “想定であり、目標ではない” 従来の姿勢堅持 | MBSニュース
こうした現状をめぐり、博覧会協会の石毛博行事務総長は、12日の会見で次のように答えました。
Q. 現在の来場者数の状況についてですが、会期中に想定している2820万人の達成については、1日あたり15万人の来場が必要かと思いますが、現状はそれを下回っています。今後の2820万人の達成見通しと、現在の来場数への評価について教えてください。
(博覧会協会 石毛博行事務総長)「万博は前半は、後半と比べて(来場者が)少ない。万博によって多少の違いはあるが、よく言われるのは前半期の1.5倍が後半期に入ると言われています。そういうことから言っても、今の数字は、愛知万博の時の数字などを見ても、それなりのレベルになっているので、これからゲートの運営の仕方なども、改善を図ってきていますし、これからも改善をしていくつもりですので、もっと高い数字になってくるのではないかと思っています」
「で、2820万人というのは、事業を準備していく中で、そういう想定の数字ということで置いているのであるわけでありまして、それを目標になんとかということではないので、そういう数字としてお考えいただければと思っています。万博の目指すところとして、来場された方ができるだけ高い満足度で、万博に参加した方ができるだけ高い満足度で終えていくことも非常に重要な要素であるので、ただ単に数字だけを追求するというものでもないとも考えています」
これぞ典型的なへりくつといっていい。
あまりにも簡単に、黒字化をあきらめたとわかってわたしも衝撃をうけている。
まあ、法的な債務者どもに財産ださせて弁済させたうえで、大阪府の有権者と企業に負担させるのがまともな案なんだが、うまくいくかどうか。
ソース : 「GIGAZINE」2024/9/8投稿記事「2024年秋開始の新作アニメ一覧」
https://gigazine.net/news/20240908-anime-2024autumn/
・声優総数:704名(延べ人数)(7~9月期:484名 約45%増)
・ここには2024年10~12月期の出演作品数が3作品以上の63名を出演回数で降順記載
| キャスト名 | 2024年10~12月 | 7~9月 | 4~6月 | 1~3月 | 10~12月 | 7~9月 | 4~6月 | 1~3月 | 10~12月 | 7~9月 | 4~6月 | 1~3月 | 10~12月 |
| ファイルーズあい | 8 | 2 | 6 | 2 | 5 | 1 | 3 | 2 | 2 | 1 | 2 | 1 | 2 |
| 杉田智和 | 7 | 3 | 5 | 3 | 5 | 3 | 4 | 9 | 7 | 2 | 1 | 2 | 4 |
| 悠木碧 | 7 | 2 | 3 | 3 | 3 | 1 | 2 | 6 | 4 | 2 | 1 | 4 | 3 |
| 津田健次郎 | 7 | 5 | 2 | 3 | 3 | 1 | 2 | 2 | 6 | 1 | 5 | 2 | 2 |
| 日笠陽子 | 6 | 3 | 2 | 3 | 8 | 3 | 2 | 5 | 2 | 5 | 3 | 4 | 1 |
| 内田雄馬 | 6 | 4 | 2 | 2 | 3 | 2 | 6 | 1 | 4 | 3 | 2 | 4 | 1 |
| 石川界人 | 6 | 2 | 3 | 1 | 5 | 3 | 1 | 6 | 2 | 0 | 2 | 4 | 2 |
| 中村悠一 | 6 | 2 | 4 | 1 | 5 | 1 | 4 | 3 | 3 | 1 | 0 | 2 | 2 |
| 日野聡 | 6 | 1 | 2 | 0 | 2 | 1 | 3 | 1 | 1 | 4 | 2 | 3 | 3 |
| 東山奈央 | 5 | 4 | 4 | 3 | 3 | 2 | 2 | 3 | 3 | 6 | 2 | 3 | 2 |
| 村瀬歩 | 5 | 1 | 3 | 1 | 6 | 2 | 3 | 3 | 3 | 2 | 0 | 5 | 3 |
| 内山昂輝 | 5 | 3 | 2 | 1 | 3 | 1 | 3 | 5 | 5 | 3 | 2 | 1 | 3 |
| 逢坂良太 | 5 | 1 | 5 | 2 | 4 | 1 | 2 | 2 | 3 | 3 | 1 | 1 | 1 |
| 武内駿輔 | 5 | 0 | 4 | 3 | 3 | 1 | 2 | 6 | 2 | 0 | 1 | 0 | 2 |
| 河西健吾 | 5 | 2 | 5 | 1 | 5 | 0 | 3 | 2 | 0 | 1 | 0 | 1 | 1 |
| 神谷浩史 | 5 | 1 | 1 | 3 | 2 | 2 | 0 | 1 | 2 | 1 | 0 | 1 | 2 |
| 梅原裕一郎 | 4 | 2 | 2 | 3 | 7 | 3 | 3 | 8 | 6 | 3 | 2 | 3 | 1 |
| 松岡禎丞 | 4 | 1 | 3 | 0 | 9 | 4 | 4 | 6 | 6 | 3 | 3 | 2 | 1 |
| 島﨑信長 | 4 | 0 | 4 | 7 | 2 | 2 | 2 | 4 | 4 | 0 | 3 | 0 | 5 |
| 八代拓 | 4 | 1 | 1 | 4 | 4 | 3 | 5 | 2 | 5 | 2 | 3 | 1 | 1 |
| 佐倉綾音 | 4 | 3 | 2 | 3 | 7 | 2 | 0 | 2 | 3 | 2 | 4 | 1 | 1 |
| 花守ゆみり | 4 | 1 | 3 | 2 | 1 | 3 | 2 | 7 | 1 | 1 | 2 | 2 | 2 |
| 大塚明夫 | 4 | 0 | 4 | 3 | 3 | 3 | 1 | 3 | 2 | 0 | 2 | 2 | 3 |
| 鈴木崚汰 | 4 | 1 | 1 | 4 | 1 | 0 | 2 | 1 | 3 | 2 | 1 | 2 | 2 |
| 小林千晃 | 4 | 0 | 2 | 4 | 3 | 0 | 3 | 2 | 1 | 3 | 2 | 0 | 0 |
| 天﨑滉平 | 4 | 4 | 1 | 1 | 2 | 0 | 1 | 2 | 1 | 1 | 0 | 2 | 1 |
| 関智一 | 4 | 3 | 1 | 1 | 2 | 2 | 0 | 3 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 |
| 石谷春貴 | 4 | 0 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 |
| 赤﨑千夏 | 4 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 |
| 戸谷菊之介 | 4 | 1 | 1 | 0 | 2 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 高橋李依 | 3 | 3 | 5 | 6 | 3 | 3 | 5 | 4 | 3 | 4 | 3 | 3 | 2 |
| 福山潤 | 3 | 4 | 1 | 7 | 3 | 5 | 3 | 5 | 6 | 2 | 2 | 0 | 2 |
| 鬼頭明里 | 3 | 1 | 7 | 5 | 2 | 0 | 7 | 5 | 1 | 3 | 4 | 3 | 1 |
| 斉藤壮馬 | 3 | 4 | 3 | 4 | 3 | 2 | 1 | 3 | 5 | 3 | 1 | 5 | 3 |
| 榎木淳弥 | 3 | 3 | 2 | 0 | 7 | 4 | 3 | 3 | 1 | 1 | 3 | 3 | 2 |
| 諏訪部順一 | 3 | 1 | 2 | 3 | 4 | 0 | 4 | 2 | 4 | 2 | 3 | 3 | 3 |
| 小野賢章 | 3 | 2 | 3 | 1 | 5 | 1 | 3 | 4 | 2 | 2 | 4 | 1 | 2 |
| 花澤香菜 | 3 | 3 | 5 | 2 | 2 | 4 | 4 | 4 | 4 | 2 | 4 | 1 | 4 |
| 岡本信彦 | 3 | 3 | 2 | 5 | 2 | 3 | 6 | 1 | 2 | 2 | 2 | 2 | 0 |
| 興津和幸 | 3 | 0 | 5 | 1 | 4 | 3 | 1 | 3 | 3 | 4 | 2 | 2 | 1 |
| 山下大輝 | 3 | 1 | 6 | 2 | 3 | 2 | 4 | 1 | 3 | 2 | 1 | 0 | 2 |
| 小野大輔 | 3 | 5 | 1 | 1 | 5 | 2 | 1 | 6 | 1 | 1 | 0 | 2 | 2 |
| 楠木ともり | 3 | 0 | 1 | 1 | 5 | 2 | 1 | 6 | 3 | 2 | 2 | 0 | 2 |
| 小松未可子 | 3 | 0 | 2 | 2 | 0 | 3 | 1 | 4 | 2 | 5 | 2 | 2 | 2 |
| 白石晴香 | 3 | 1 | 2 | 2 | 0 | 2 | 3 | 3 | 5 | 0 | 0 | 3 | 1 |
| 千葉翔也 | 3 | 1 | 1 | 1 | 4 | 3 | 1 | 2 | 3 | 1 | 1 | 1 | 3 |
| 安元洋貴 | 3 | 3 | 1 | 0 | 2 | 2 | 1 | 2 | 3 | 2 | 2 | 2 | 2 |
| 子安武人 | 3 | 2 | 0 | 1 | 3 | 3 | 1 | 2 | 4 | 3 | 1 | 1 | 0 |
| 三木眞一郎 | 3 | 3 | 2 | 2 | 2 | 0 | 3 | 1 | 3 | 1 | 1 | 2 | 0 |
| 石田彰 | 3 | 0 | 0 | 1 | 1 | 2 | 3 | 4 | 2 | 1 | 0 | 3 | 3 |
| 堀江瞬 | 3 | 0 | 0 | 3 | 3 | 1 | 1 | 3 | 2 | 2 | 1 | 1 | 2 |
| 土岐隼一 | 3 | 1 | 1 | 3 | 2 | 0 | 3 | 3 | 0 | 3 | 1 | 0 | 2 |
| 千本木彩花 | 3 | 1 | 2 | 2 | 0 | 0 | 2 | 3 | 1 | 2 | 1 | 1 | 0 |
| 東地宏樹 | 3 | 1 | 3 | 1 | 2 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 2 |
| 梅田修一朗 | 3 | 3 | 2 | 2 | 0 | 0 | 1 | 2 | 1 | 0 | 2 | 0 | 0 |
| 安済知佳 | 3 | 3 | 2 | 0 | 3 | 1 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 2 |
| 田村ゆかり | 3 | 0 | 2 | 1 | 0 | 0 | 4 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1 |
| 橘龍丸 | 3 | 0 | 3 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 0 | 0 |
| 水樹奈々 | 3 | 0 | 2 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 |
| 梶原岳人 | 3 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | 0 | 1 | 1 | 2 | 0 | 0 | 1 |
| 石毛翔弥 | 3 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 |
| 菱川花菜 | 3 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 植田佳奈 | 3 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
監事として「小原 正敏 きっかわ法律事務所 代表弁護士」の名前が書かれてるんだけど
調べると、大阪弁護士会会長、日本弁護士連合会の副会長の経歴があり、
https://www.kikkawalaw.com/professionals/p-4497/
こういう弁護士会のトップに居る方が監事を務めているのに、なぜ
「時間外労働の上限規制を建設業界に適用しないよう政府に求めた」
という事案が起きたのだろうか?
弁護士という立場で監事として名を連ねてるなら、何かしら声明を出してほしいんだが。
鳥井 信吾 関西商工会議所連合会 会長・大阪商工会議所 会頭
福本 ともみ サントリーホールディングス株式会社 顧問 CSRアンバサダー
芳野 友子 日本労働組合総連合会 会長
監事
(多数の暴言あり)
なんかもう各所で言われてる気がするけど、やっぱり最近の9mm Parabellum Bulletおかしいです。そろそろ限界です。
当方9mmは小学生から聞いていて、高校生で初めてライブに行き、そこで音楽への道に開かれました。9mmが自分の音楽にまみれた人生を開いてくれた訳です。要は開祖です。それくらい好き。今でもTermination聞いたら良すぎてゲロ吐きます。音が細胞に染み付いてる。
ライブ自体はそんなに数多く行っている訳ではありません正直。メンバー四人が揃っているライブは2、3回しか見たことないんじゃないかなと思います。
初めて滝がいないライブを見たのは確か太陽が欲しいだけツアーのアンコールです。サポードギターの武田さんを迎えた四人でTerminationをやったんですね。一音目が鳴った瞬間の、あの衝撃。後ろから膝カックンされたみたいな拍子抜け感。嘘だろと思いました、まさか滝がいないだけでこんなにうっすい音になるのかと。それが初めでした。
それからというものの、もうそのRevolutionary(薄口)がトラウマのようになってしまって、しばらく9mmのライブに行きませんでした。ツアーでも近場でも行かなかった。あんなのはもう聞きたくないと、すごく申し訳ないんですけど思ってしまったんです。コピーバンド聞きに行ってるんじゃねえんだぞと。思ってしまったんです。
で、時は流れ、BABELが発売されました。私は好きなバンドにお金を落とすの大好きマンなので買いましたが、多分一回も通して全部聞けてないんじゃないでしょうか。すごいメタルなところは最高だと思うんですけど、歌詞と音に味がない感じがするというか、歌詞に至ってはJPOP聞いてる気分になって何回も途中で耐えきれなくなって飛ばしてます。まあこの辺の話は好みの問題だと思うんで割愛しますけど。で、ライブやりますとなるわけです。そうしたら追加公演、東京、滝が出ますという情報が出ました。これは行こうと思って、即チケットを買いました(これがまた後から普通に買えちゃったのもショックでした。余ってたってことですからね)。あの日から結構な間9mmのライブ見てないけど、もしかしたら今のサポートありの9mm、別に悪くないんじゃないか、なんやかんやでうまくやってるんじゃないか、自分は食わず嫌いしてるだけなんじゃないか、という淡い期待を抱きながら夜行バスに飛び乗りました。
弁明しておきますが、サポートの方を叩く意図は一切ありません。9mmのピンチをスケジュールの合間を縫いながら助けてくれたことは確かにありがたいと思います。でもそういう話じゃないんですね、サポートの技術が高いとか低いとか、そういう話じゃないと思うんです。多分このサポートが超有名ギタリストだったとしても同じ感想が出たと思います。滝の代わりは誰にも務まらないんですよね。あの四人が揃って初めて9mmが9mmの音を出せるんだと思うんです。そこに足したり引いたりしたらもうそれは9mmじゃないんです。7mmとか1cmとかなんです。
BABEL東京公演、確かに良かったです。まず曲が良かったですよね、古参ファン垂涎もののセトリでしたからね。光の雨とか会場しばらくざわついてたもん。あとギター増やしてやたら爆音にしたり、石毛呼んだりね。石毛のサポートは本当に良かったです、だって電話の曲やっちゃったんだもん。もうそれで全部持ってっちゃったんで、代わりにならねえよとか言えないです。あれはずるい。
良かったんですけど、アンコール、滝が出たほんの数分を見た後は、本当に何も見えなくなりました。本編が全部まるごと前座でアンコールが本編だったんじゃないかと思いました。本編とかもうあれ学芸会?みたいな。それくらいの衝撃をもって吹っ飛ばされました。ギター3本?なにそれ?みたいな。明らかに滝一人入った時の音圧のほうが上なんですよね。音圧っていうか、なんでしょう、音の飛び?みたいなのが良すぎる。なんだあれ。私だけかなと思って同行者に聞いてみたら、「アンコールが本編だった」って言ってました。私の耳に滝フィルターかかってるわけじゃなかった。
そこで確信してしまったわけです、やっぱり滝のいない9mmのライブは観れたもんじゃないと。
そこからはずっと、な〜〜〜〜んでライブ活動休止しないのかと散々愚痴をいろんな知人に言って回りました。マキシマムザホルモンがナオ姉妊活の時活動全面休止したみたいにさあ全部休止でいいじゃんと。音沙汰のないところから滝復活・新譜発表・ツアー決定の三連攻撃を突然出してくれる方がよっぽどかっこいいと思うんですけど。なんで無理矢理にでもライブやろうとしてるのか本当にわからない。なんか、風邪ひいてるのに無理に出勤してくる奴を見てる気分。帰れよ。お前が来たら全員に感染の危険があるから。全員に迷惑かかるから。優しさとかじゃないから、帰って寝てろよと。そういう気持ちになる。
新しいレーベルを設立したばかりなのでお金がいるんだろうな、っていうのもなんとなく予想しました。分かる、分かるけど、でもやっぱりやめてほしい。これ以上惨めな姿をさらして欲しくないというのが正直なところです。メンバー全員リスペクトしてる海外バンドとの対バンとかなんで受けちゃうの?それこそ万全の体制で受けないと失礼なんじゃないの?と思ってしまうわけです。CDでもDVDでも出してくれたらなんでも買いますし、他のところで金策してほしいんですよ。
この金策の為説、日に日に信憑性が増していってて。もう段々アイドル商法みたいになっていってますもんね。BABELの時も、メンバーとの撮影会つきチケットを高額で販売したり。今やってるPOP UP SHOPでは、メンバーの秘密が聞けるボイスが流れたり。なんかもう、ハァ???という感じなんですね。アイドルかお前らは。撮影会ってなに?地下アイドルなの?ボイスってなに?声優なの?
そう、これなんです。9mm Parabellum Bullet、アイドル化してる。これに尽きると思います。もう音楽誰も聞いてないんじゃないかってくらい。サポート入りの9mmの音を聞いて「最高!」とか言ってるやつがいる。しかも昔からずっと9mm好きです!みたいな人。本当にちゃんと聞いてますか?顔ばっか見てるんじゃないですか?ちなみに私の周りの9mmを知っている人は全員「滝のいない9mmはじゃがいものないポテトサラダみたいなもんだ」って言ってました。
昔の9mmってこんなんでしたっけ?確かにラーメン作ったりろくろ回したりゲーセン行ったりしてましたけど、でもなんというか、もっとちゃんとバンドしてたような気がするんですけど。もっと音楽してた気がするんです。どうでしょうか。いい加減彼らをアイドルばりに持て囃すのやめませんか?ファンも、レーベルも。
私には今のところ9mm解散の未来しか見えていません。義務感でツアーを続けているのは本当によくない兆候だと思います、解散の兆候だと。メンバー四人が揃ってるところ、ライブ以外でいつから見てませんか?このままだと貴重なモンスターバンドがまた一つ消えてしまう気がしてならないんです。本当に。
清原和博が覚醒剤容疑で逮捕された。1990年頃に彼がここまでひどい人生になるとは、一体誰が想像しただろう。
今の若い人で「球界のアイドル清原」の時代を知る人は少ないだろう。入団の経緯もあり、計算高そうで表情の起伏に乏しい桑田との対称で、清原は喜怒哀楽が素直で純朴、というイメージが一般には持たれていた。また球界を代表する投手のウィニングショット(例えば山田久志のシンカー)を簡単に流し打ちでスタンドに運ぶ打撃など、野球ファンに抱かせる将来への期待という点でも計り知れないものがあった。日本球界で、最もバッティングの能力が高かった選手は誰かと言われれば少し迷いつつ「落合博満」と答えるが、素質や潜在能力については迷わずに「清原和博」と答える。
1990年代前半まで、当時は日曜日の午後に、テレビ朝日で必ず西武戦の中継が行われていて、私は(アタック25と一緒に 笑)毎週ほとんど観ていたと思う。だから清原和博の全盛時代は目に焼き付いている。
かといって私は清原の大ファンだったわけではない。むしろ西武では石毛宏典や秋山幸二などに比べて、プレースタイルが野暮ったいという印象があり、話すことも面白みのない優等生発言ばかりで(ヤクザキャラの現在でもこれが器用にできたりするのが悲しい)、正直それほど好きではなかった。しかし、これからどのくらい凄い成績を残すのだろう、というワクワク感を抱かせる選手であったことも確かである。好きな選手は石毛や秋山ではあったが、毎日の成績が気になったり、テレビで是非打ってほしいと願いながら見ていた選手は、明らかに清原であった。
清原はいつから悪くなりはじめたのか。個人的な印象で言えば1993年である。多くの人は1997年の巨人入団から急激に悪化したような印象を持っているだろうが、それはあくまで「キャラ」の部分である。私は西武時代後半の不調を、そのまま巨人入団後も引きずってしまったと考えている。年度別成績を見ればはっきりするが、西武時代最後の2年と巨人入団後の2年はほとんど成績が変わらない。
それまでの清原は、PL学園時代に叩きこまれた技術をそのまま生かして、自然体の構えから、そのまま軽く素直にバットを出している感じだった。それが1993年頃から、力感のある構えから打席内で大きな(さらに言えば無駄な)動作をするようにな った。体つきは、かつてよりガッチリするようになり、野茂や伊良部の剛速球を豪快なホームランで弾き返すことがあった一方で、明らかに雑な三振が増えるようになった。それまでも調子の起伏が激しく、意外に精神的に不安定な選手であるという認識はあったが、この頃から徐々に打撃そのものが劣化している印象があった。
特に1995年は失望の年だった。春のキャンプで清原は肉体改造をして相当に絞り込んでいるという姿が伝えられ、今までとは違う精悍な顔つきの清原に、私も「これは期待できるぞ」と思っていた。しかし、シーズンに入ると成績はさっぱりで、相変わらず動作の大きな打撃フォームから、雑な三振を繰り返していた。シーズン半ばに走塁中の肉離れで一月弱ほど戦線を離脱をしたが、それまで故障知らずだった清原が、通常のプレー中に大きな怪我をするというのが俄かに信じられなかった。
この「劣化」の背景には色々考えられる。一つにはよく言われていたことだが、清原自身の打者としての理想や上昇志向が高すぎて、欠点を直そうとするばかりに利点を失わせてしまったこと、二つには秋山、石毛、辻といった黄金期を支えたベテランメンバーが次々と西武を去り、清原の自己満足的な打撃に歯止めをかける存在がいなくなってしまったこと、そして三つ目には、この時期パリーグの球場が新しくかつ広いものとなり、本塁打数も全般的に減少傾向にあったのだが、それに力で対処しようとしてしまったことである。
それでも清原が成長する過程なのかもしれない、と当時はまだ若干の期待を残していたが、巨人入団後に完全に露呈した打たれ弱さ、精神の不安定さと、週刊誌の「番長キャラ」に自らも乗っかるようになったことで、清原の将来に期待することは完全になくなった。選手としての能力以前に、人格的に国民的スターの器ではない(ある種純粋な人間ではあるけど)ことは余りに明らかだった。週刊誌の清原ネタを、自分も笑って楽しむようになってしまった。
2000年以降に(清原によるとホームから離れて打席に立つことで)若干の復活の気配も見せたが、明らに無理なトレーニングで野球選手とは言えないような体型となり、毎年のように大きな故障で長期離脱を繰り返した。番長キャラにも年々拍車がかかった。オリックスにトレードされた頃は、既にかつての天性のしなやかさは完全に失われ、最後はまともに走ることすらできなくなっていた。若い頃の清原は頑健というだけではなく、無駄に全力プレーをすることがない、身体に負担の少ないプレースタイルだったので、晩年ここまで怪我に悩まされるとは想像もできなかった。
誰しもが思うことだが、18歳の時に既に完成されていた打撃技術をそのまま大事にし、無理なトレーニングをせずに練習で自然についた筋肉だけで勝負し、私生活でももう少し節制すれば・・・もし1990年の頃の自分に会うことができたら一体何をアドバイスするか、と清原に一度尋ねてみたい。
最近清原和博をめぐるニュースが、薬物疑惑、DV、劇太り、後輩の離反、仕事の激減、離婚などなど、あまりにひどいものばかりだ。1990年頃に彼がここまでひどい人生になるとは、一体誰が想像しただろう。
1990年代前半まで、当時は日曜日の午後に、テレビ朝日で必ず西武戦の中継が行われていて、私は(アタック25と一緒に 笑)毎週ほとんど観ていたと思う。だから清原和博の全盛時代は目に焼き付いている。
かといって私は清原の大ファンだったわけではない。むしろ西武では石毛宏典や秋山幸二などに比べて、プレースタイルが野暮ったいという印象があり、話すことも面白みのない優等生発言ばかりで(ヤクザキャラの現在でもこれが器用にできたりするのが悲しい)、正直それほど好きではなかった。しかし、これからどのくらい凄い成績を残すのだろう、というワクワク感を抱かせる選手であったことも確かである。好きな選手は石毛や秋山ではあったが、毎日の成績が気になったり、テレビで是非打ってほしいと願いながら見ていた選手は、明らかに清原であった。
清原はいつから悪くなりはじめたのか。個人的な印象で言えば1993年である。多くの人は1997年の巨人入団から急激に悪化したような印象を持っているだろうが、それはあくまで「キャラ」の部分である。私は西武時代後半の不調を、そのまま巨人入団後も引きずってしまったと考えている。年度別成績を見ればはっきりするが、西武時代最後の2年と巨人入団後の2年はほとんど成績が変わらない。
それまでの清原は、PL学園時代に叩きこまれた技術をそのまま生かして、自然体の構えから、そのまま軽く素直にバットを出している感じだった。それが1993年頃から、力感のある構えから打席内で大きな(さらに言えば無駄な)動作をするようにな った。体つきは、かつてよりガッチリするようになり、野茂や伊良部の剛速球を豪快なホームランで弾き返すことがあった一方で、明らかに雑な三振が増えるようになった。それまでも調子の起伏が激しい選手ではあったが、この頃から徐々に打撃そのものが劣化している印象があった。
特に1995年は失望の年だった。春のキャンプで清原は肉体改造をして相当に絞り込んでいるという姿が伝えられ、今までとは違う精悍な顔つきの清原に、私も「これは期待できるぞ」と思っていた。しかし、シーズンに入ると成績はさっぱりで、相変わらず動作の大きな打撃フォームから、雑な三振を繰り返していた。シーズン後半に走塁中の肉離れで長期離脱をしたが、それまで故障知らずだった清原が、通常のプレー中に大きな怪我をするというのが俄かに信じられなかった。
この「劣化」の背景には色々考えられる。一つにはよく言われていたことだが、清原自身の打者としての理想や上昇志向が高すぎて、欠点を直そうとするばかりに利点を失わせてしまったこと、二つには秋山、石毛、辻といった黄金期を支えたベテランメンバーが次々と西武を去り、清原の自己満足的な打撃に歯止めをかける存在がいなくなってしまったこと、そして三つ目には、この時期パリーグの球場が新しくかつ広いものとなり、本塁打数も全般的に減少傾向にあったのだが、それに力で対処しようとしてしまったことである。
それでも清原が成長する過程なのかもしれない、と当時はまだ若干の期待を残していたが、巨人入団後に完全に露呈した打たれ弱さ、精神の不安定さと、週刊誌の「番長キャラ」に自らも乗っかるようになったことで、清原の将来に期待することは完全になくなった。選手としての能力以前に、人格的に国民的スターの器ではない(ある種純粋な人間ではあるけど)ことは余りに明らかだった。週刊誌の清原ネタを、自分も笑って楽しむようになってしまった。
2000年以降に(清原によるとホームから離れて打席に立つことで)若干の復活の気配も見せたが、明らに無理なトレーニングで野球選手とは言えないような体型となり、毎年のように大きな故障で長期離脱を繰り返した。番長キャラにも年々拍車がかかった。オリックスにトレードされた頃は、既にかつての天性のしなやかさは完全に失われ、最後はまともに走ることすらできなくなっていた。若い頃の清原は頑健というだけではなく、無駄に全力プレーをすることがない、身体に負担の少ないプレースタイルだったので、晩年ここまで怪我に悩まされるとは想像もできなかった。
誰しもが思うことだが、18歳の時に既に完成されていた打撃技術をそのまま大事にし、無理なトレーニングをせずに練習で自然についた筋肉だけで勝負し、私生活でももう少し節制すれば・・・もし1990年の頃の自分に会うことができたら一体何をアドバイスするか、と清原に一度尋ねてみたい。