京都大学霊長類研究所、松沢哲郎元所長らによる研究費5億円不正支出の背景 山極壽一京大総長の虚像と実像(その1)

 2020年6月26日午後、時計台ホールで開かれた京大霊長類研究所の研究不正に関する記者会見は大変な盛況だったらしい。なにしろ40社に近いメディアが詰めかけ、報告に当たった3人の京大関係者(湊・潮見副学長、湯本霊長研所長)は汗だくで釈明に追われたという。話題になるのも当然のこと、不正の規模が5億円と(大学の研究現場としては)桁外れに大きく、そこに登場する人物もニュースの焦点にふさわしい著名な研究者だったからだ。

 

長年にわたって研究不正を繰り返してきた松沢哲郎氏は、チンパンジーの知性を探る霊長類研究の第一人者として知られる。1976年に霊長研助手に採用されて以来、霊長研一筋で研究生活を送り、所長を2006~12年の6年間にわたって務めた生え抜きの人物である。松沢氏は数々の学会賞受賞に加えて、2013年の文化功労者にも選ばれている。この他、友永・平田教授、森村准教授の3人も霊長研の中核メンバーだというから、これはもう「組織ぐるみの不正行為(犯罪)」だと言ってもいい。

 

 4人は、霊長研と野生動物研究センターの大型ケージ整備をめぐり、杜撰(ずさん)な仕様書に基づいて取引業者と契約を結び、後に業者の損失を補てんするなどして支出を過大に膨らませた。このほか、納品偽装や二重支払いなどの架空取引も行われたという。不正行為は、過大支出12件(1498万円)、架空取引14件(4880万円)、目的外使用1件(47万円)、入札妨害7件(4億4242万円)と各分野にわたり、関与した件数は、松沢氏14件、友永氏26件、平田氏1件、森村氏3件の多数に上る。

 

 当然の疑問として、どうしてこんな不祥事が長年にわたって続いてきたのか、また見過ごされてきたのか―といった気持ちを抑えきれないが、それに応えるような記事はほとんどなかった。翌日の各紙を丹念に読んでみたが、いずれも発表通りの内容で肝心なことはいっこうにわからない。唯一、毎日新聞が総合・社会欄で「研究優先し順法意識欠如、特定業者と密接な関係、不正流用 後絶たず」とする大型の解説記事を掲載し、注目すべき事実を明らかしている(毎日2020年6月27日、福富・菅沼記者)。以下、肝の部分を抜粋しよう。

 

 「京都大学霊長類研究所(愛知県犬山市)の設備工事を巡り、5億円を超える不正支出が京大の調査で明らかになった。京大は、閉鎖的な研究環境やコンプライアンス(法令順守)よりも研究を優先させた研究者の姿勢があったと説明。だが、京大は2015年に業者に提訴されて問題を把握しながら、本格調査に乗り出したのは18年以降に外部の指摘を受けてからで、大学としての運営管理も問われそうだ」

 

 「この問題を巡っては業者側が『工事費の残額を支払うと約束したのに支払ってもらえなかった』などと訴え、京都大と松沢氏らに約5億円の損害賠償を求めて15年7月に東京地裁に提訴。17年5月の判決で棄却され、控訴も同年11月に東京高裁で棄却された。だが、京大の調査は18年12月にこの業者からの公益通報を受けて開始。19年5月には会計検査院の検査も受けていた。業者は毎日新聞の取材に『こちらとしては(工事の)赤字の一部を埋めてもらっただけ。裁判で問題を把握しながら、調査もせずに放置していた大学にも襟を正してほしい』と話した」

 

 取引業者が京大と松沢氏らを訴えたのは2015年7月、山極氏が2014年10月に京大総長に就任してから間もない頃のことだ。山極氏は、研究開始期の10年近くを霊長研助手(1988年7月~1997年12月)として過ごしており、松沢氏とは寝食を共にする関係だった。松沢氏は1987年9月に助手から助教授に昇任、1993年9月からは教授として研究指導に当たっている。しかし、それほど大きくない研究所のスタッフは同じ釜の飯を食う仲間意識が強く、交友関係も密だった。加えて、松沢氏と山極氏は年齢差もほとんどなく(1年余り松沢氏が年長)、山極氏が理学部に移ってからも「盟友」といわれる関係が続いていた。

 

 注目されるのは、松沢氏が研究費の損害賠償を巡って提訴され、まだ判決も出ていない段階で、山極総長から「高等研究院」の特別教授に任命されていることだ。高等研究院は、京大が「世界の最先端研究のハブとなる組織」として2016年4月に設置したもので、最初の特別教授(2人)にはフィールズ賞受賞者で京大数理解析研究所所長を務めた森重文氏が院長に、松沢氏が副院長に任命されている。特別教授は「国際的に極めて顕著な功績などがあり、京大の研究教育の発展に貢献すると認められる者」であり、定年後も有給(年俸360万円~2640万円)で研究指導にあたることになっている。特別教授にはその後、ノーベル賞を受賞した本庶氏と高分子科学者の北川氏の2人が加わって現在は4人となっている。

 

 毎日新聞が指摘するように、山極総長は松沢氏らが研究費不支払い問題を巡って取引業者から提訴されていたにもかかわらず、この間調査を一切行わず、学内の公益通報規程(公益通報者保護法の2016年4月施行にともない、京大が学内規程として2016年3月に制定)に基づき、取引業者が2018年12月に通報するまでは何の措置も取らなかった。しかし、学内規程第17条には「本学の職員以外の者からの通報については、第3章及び前章に規定する公益通報の例に準じて取り扱うものとする」との条文があり、かつ第3条には「本学における公益通報の処理に関しては、法務・コンプライアンス担当の副学長が総括する」との条文があるので、山極総長の意向とはかかわりなく、取引業者は「本学以外の者」として通報し、調査は担当副学長の手で行われることになったのである。

 

だが、いざ調査を始めてみると、事態は複雑かつ大掛かりなものであることが判明し、学内調査のレベルでは手に負えないことがわかった。このため、2019年5月にはその道のプロである会計検査院の手で調査が行われることになり、当該問題はもはや京大の学内問題から文科省補助金の不正支出に関する国の問題へと移行することになった。それから約1年、事態の全容がほぼ解明されて今回の記者会見に至ったわけだが、調査結果は、(1)チンパンジーの飼育・実験という分野の特殊性と、飼育施設を扱う特定の業者との長期にわたる密接な関係、(2)研究優先で順法意識の欠如や会計制度の軽視、(3)著名な研究者に対して事務職員が強く意見を言えない現状――があったと報告されている。

 

問題は、山極総長の当該問題の検証に関する態度だろう。霊長研で10年近く研究生活を送った経験を持つ山極氏からすれば、松沢氏らの研究不正支出は一目でわかったはずだ。それでいて取引業者からの度重なる訴えを無視して、問題の究明を(意図的に)怠ってきた運営責任は計り知れないほど重いものがある。また、松沢氏は文化功労者であり、かつ学内に4人しかいない特別教授でありながら、長年研究不正支出を繰り返してきた責任は限りなく大きい。学内で山際氏と松沢氏は、京大の看板に泥を塗った「盟友!」といわれているのはそのためだ。松沢氏は目下当該問題について一切のコメントを避けているが、文化功労者や特別教授の返上はもとより、今回の研究不正支出に関する責任あるメッセージを表明しなければならない。山極総長もまた、自らの責任について公開の席上で声明を発表する必要があるだろう。

 

私たち「京大に満洲731部隊隊員の学位論文の検証を求める会」は、偶然にも6月26日の前日に記者会見を開き、この間の山極総長の態度について強い批判を投げかける声明を発表した。次回はその声明文を中心に語りたい。(つづく)