橋下大阪市長の「引退」表明は、大阪府市政7年半の悪行を“リセット”(ご破産)するための大芝居だった、テレビ局仕立ての復活作戦が着々と進んでいる、大阪都構想住民投票の意義と課題について(4)、橋下維新の策略と手法を考える(その32)

 橋下市長の「引退」表明以来、マスメディア各紙からは橋下氏の動向や都構想住民投票に関する記事がぱったりと消えた。朝日新聞の論壇委員会では議論が行われたらしいが、論壇時評としては皆無で紙面には空虚感が漂う。担当者は、「今月発売の各誌は、住民投票前につくられたものが多く、反対多数となった投票結果を踏まえた論考を取り上げ、多角的に議論することができませんでした。都構想や政治家としえの橋下徹大阪市長について、来月以降、論壇ではどのように評価されるのでしょうか。注目です」(2015年5月28日)などと言い訳しているものの、なぜ朝日が率先して論じないのか、およそその見識が問われるというものだ。

 この間の空白を埋めているのが週刊誌だろう。それも新聞社系週刊誌の健闘が光っている。週刊朝日2015年6月5日増大号は、「橋下市長引退で躓いた安倍官邸」特集号になっていて、この間の都構想住民投票をめぐる首相官邸の策動が図らずも住民投票の否決で封じられ、維新を取り込むはずの改憲戦略に大きな齟齬が生じたことを鮮明に伝えている。

 だがしかし、より私の関心を引いたのは、サンデー毎日6月7日増大号の「引退宣言を吹き飛ばす『橋下復活』全シナリオ」(ジャーナリスト・鈴木哲夫執筆)の方だった。週刊朝日の方は政界の「表面」を分析したものであるのに対して、サンデー毎日はその「裏面」を鋭くえぐった内容になっていて、今後の政局動向を見通す上でより参考になったからだ。

 同誌のリードはいささか扇動的表現とはいえ、「政界からの引退宣言――。橋下徹・大阪市長は大阪都構想の住民投票の敗北後、そう明言した。しかし、である。その水面下では、本人の意思とはかかわりなく、与野党間で『橋下氏の復活シナリオ』が進んでいるのだ。政界のウラで蠢く『橋下政局』の全貌をスッパ抜く」との指摘は、私も基本的に同じ考えを共有している。また、目次を兼ねた見出しの「安倍官邸が救出作戦『内閣参与』で厚遇か」「与野党が争奪戦『橋下』の政治的利用価値」「民主党と維新合流の確率」「維新幹部とブレーンが諦めない『橋下・関西州知事』構想」の内容も的を射ている。

 要するに、「多くのメディアが『7年以上に及んだ橋下劇場がこれで終わった』とノスタルジックに報じているが、むしろ『復活への始まり』だと言うのが、冒頭の首相周辺や官邸の反応だ」というのがサンデー毎日の情勢分析なのであり、「橋下劇場は、『引退』どころかまさに第2幕が始まっている――。参院選や憲法改正への動きが本格化する来年にかけて、『橋下復活シナリオ』は蠢き続けるのは間違いない」と言うのが結論なのである。

 私がこの点に関して注目するのは、毎日新聞「月刊持論フォーラム」(5月28日)の森健氏(ジャーナリスト)の切れのいい時評だ。「橋下大阪市長、政治は自身のために」と題するこの論考は、(1)都構想住民投票後の橋下市長の記者会見は「強い違和感の残る記者会見」であり、(2)自分の思いに終始した発言は「政治活動は住民のためではなく、彼自身のためだった」ことを暴露し、(3)府知事当選からの7年、彼が大阪で掲げた政策の中で府民や市民の恩恵になった政策を挙げるのが難しく、(4)思い出されるのは「公人にあるまじきずさんな発言」「独裁すらにおわす権力への執着」「自身の正当性を公費で確認させる出直し選挙」など人間性の馬脚を現す局面ばかりなど、橋下府市政の本質をズバリ解明している。

 そのうえで、森氏が結びとして強調するのが次の一節である。「彼が政界から消えれば、政治の混乱も減るだろう。だが、油断できないのがテレビだ。先の会見でも、厳しい質問など一切せず、戻ってくる同志へのねぎらいのような発言をしているテレビ記者が複数いた。橋下徹というキャラクターをいびつに増幅させ、政治を混乱させたのはテレビである。その反省がまったくないばかりか、第2幕まで期待する様子が会見で明かされていた」と、橋下復活を懇願(狂奔)するテレビ記者(局)の言動を厳しく批判している。

 実は、先週末に開かれた「京都ジャーナリスト9条の会」でもこの点が議論の中心になった。テレビ記者が見苦しいまでの追従と懇願の発言を繰り返したのは、もちろん彼ら自身の個人的資質とは無関係ではないものの、実体は「局命令」で行われている場合が少なくないというのである。いわば、テレビ局が橋下徹というキャラクターをつくり、大阪府市政を舞台にした「橋下劇場」を設けて大阪都構想を祭りあげ、住民投票にまで持ち込んで政治を混乱させた張本人だとの指摘である。テレビ局の元ディレクターなども参加したこの会での議論は、今後の「橋下政局」の動向を論じるうえで大いに参考になるだろう。

 加えてもうひとつ、私が指摘したいのは、あの「引退」表明記者会見は、7年有余の大阪府市政において橋下氏が悪行の限りを尽くした忌まわしい記憶を忘却させ、橋下氏を「禊」にかけて政界に復帰させるための大芝居だったという点である。次回に詳しく説明しよう。(つづく)