“合併批判”の世論に後押しされて当選しながら、“合併後遺症”を克服しようとしなかった亀山市長、平成大合併がもたらした石巻市の悲劇(5)、(震災1周年の東北地方を訪ねて、その39)

河北新報のデータベースを検索していると、興味深い記事が幾つも浮かび上がってくる。なかでも『回顧‘09』シリーズの記事には、合併後の2度目の石巻市長選に関する鋭い総括が掲載されていて大いに参考になる。石巻総局記者の署名入り記事「不満噴出、刷新を選択」(2009年12月23日)はそれほど大きくない紙面でありながら、市政批判の内容は痛烈にしてかつ的確、東日本大震災後の亀山市政の混迷と失態を予告するものだった。少し長くなるが、要点部分を抜き書きしてみよう。

 「「現状を変えたい」。有権者のそんな思いが結果にあらわれた。4月の石巻市長選は、元石巻専修大教授で新人の亀山紘氏(67)が、2期目を目指した現職の土井喜美夫氏(66)に大差をつけて初当選した。(略)一般的に、2期目を目指す現職は「強み」があると言われる。だが、2005年に1市6町が合併後、2度目の市長選で、土井氏が窮地に追い込まれたのはタクシー券問題だけが要因ではなかった。」

 「合併後も若者が流出し減り続ける人口。町役場は市総合支所になり機能が縮小され、サービスの低下や地域格差の拡大がさらに進んだ。「合併しても良いことがなかった」という住民の不満が地域に潜在していた。明確な新市の将来像を描けず、市議会との対立で混迷する市政に有権者は失望。(略)合併自治体の首長が2期目で落選するケースは、石巻市に限らず全国的にも起きている。「平成の大合併」が手探りのまま進められ、膨らむ住民の不満の矛先は、真っ先に現職首長に集中する。」

 「初当選した亀山市長にも、新市の将来像をどう具体的に描くかが引き続き求められている。(略)JR石巻駅前の旧さくら野ビルへいよいよ新庁舎が移転する。器ができても中身が大切で、6総合支所の機能や地域活性化の仕組みを同時に整備しなければ、役所の機能は不十分だ。」

つまりこの回顧記事は、石巻地域の合併推進の牽引車として中心的役割を果たした土井前市長が、合併前は美辞麗句に彩られた「新市まちづくり計画」を策定しながらも、合併後はそれを空文化させて市民の期待を裏切ったこと。また、それに代わる新しい将来像も提起できなかったこと。そして、合併による市民生活の日常的な不利益をカバーする施策を講じなかったことなど、数々の問題点をを率直に指摘しているのである。

そして、それは取りも直さず亀山市政の喫緊の課題だと指摘し、亀山市長は、若者の流出、町役場の市総合支所化による機能縮小、その結果としての行政サービスの低下や地域格差の拡大など、各種の“合併後遺症”に対して果敢な施策を打つべきだと提起している。「合併しても良いことがなかった」という住民の不満を解消し、「市政の刷新」を選択した有権者の期待に応えることが亀山市長に求められた課題だというのである。

実は、この回顧記事には伏線があった。2009年8月、9月に河北新報が今井照福島大教授の協力を得て実施した「平成の大合併に関する(市町村)議員アンケート調査」(宮城県内35市町村の現議員および合併議決に参加した9市町元議員計1277人対象、回答者数644人、回収率50.4%)において、浅野県政が主導した市町村合併が、石巻市をはじめとして各市町村議員から手酷く批判されていることがすでに判明していたからである。

『検証・平政の大合併、議員アンケート』と題する連載記事(2009年10月12日、14日、16日)の内容は、その見出しを列挙するだけでもおよその結果がわかる。「成果、期待外れ7割、住民生活、乏しい利点」(第1回)、「誤解に基づいた推進、公平な検証不可欠」(第2回)、「距離感、「支所」管内の声届かず」(第3回)、「効果「周辺部」不満より強く」(第4回)との見出しを掲げた各記事は、調査結果の紹介とともに住民不在の市町村合併の内実を鋭く抉り出している。

この議員アンケート結果についての全体的な分析はいずれ浅野県政総括の一環として行いたいと考えているが、今回は石巻市合併に直接関係する部分だけを要約的に紹介したい。なお今井教授は、その他の調査も含めてこの議員アンケート調査の分析結果を「市町村合併に伴う自治体政治動向について(2009)―政治的視点からの合併検証―」(『自治総研通巻375号』、2010年1月号)という論文で発表している。

まず合併9市町議員に対する質問であるが、合併に関する評価は「合併してよかったと思う」20.4%、「どちらかといえばそう思う」24.9%、「どちらかといえばそう思わない」16.4%、「そう思わない」33.1%となって、全体としては意見がわかれているが、肯定度と否定度の関係から見ればやや否定側に傾いていることが見て取れる。

しかし、「現在、合併前に期待していた以上の成果が上がっていると思うか」という質問に対しては、「そう思う」2.9%、「どちらかといえばそう思う」15.9%、「どちらかといえばそう思わない」20.1%、「そう思わない」53.4%となって、圧倒的多数が「期待外れ」だと見なしている。実は、この合併に対する強い失望感こそが宮城県下の市町村合併の最大の特徴であり、それが合併を主導した浅野県政や合併自治体首長に対する厳しい批判として湧き上がっているのである。

具体的には、県が合併推進要綱などで強調していた合併のメリットが、市町村議員によって悉く「期待外れ」となった評価の数字が並んでいる。以下、「効果があった」「どちらかといえば効果があった」「どちらかといえば効果がなかった」「効果がなかった」「どちらともいえない」と順で結果を表記しよう。なおこの数字は、河北新報のデータベースから検索したものである。

(1)地方分権の推進:4.9%、20.4%、19.1%、37.9%、17.7%
(2)住民の利便性向上:0.8%、11.8%、23.5%、52.7%、11.2%
(3)住民サービスの高度化・多様化:1.6%、16.4%、27.5%、43.1%、11.3%
(4)重点的な投資による基盤整備の推進:9.1%、25.7%、20.4%、29.8%、15.0%
(5)広域的視点に立ったまちづくり:8.1%、32.5%、19.6%、26.6%、13.2%
(6)市町村の行財政の効率化:11.0%、38.2%、15.5%、25.7%、9.6%
(7)国の行財政の効率化:8.6%、23.2%、19.4%、31.3%、17.5%

つまり、県の推奨した合併メリットのなかでも相対的に評価されているのは(肯定側2回答の計)、「市町村の行財政効率化」49.2%、「重点投資による基盤整備」41.6%、「広域的まちづくり」40.6%など国の意向に沿った施策ばかりで、基礎自治体の役割である「住民の利便性向上」12.6%、「住民サービスの高度化・多様化」18.0%、「地方分権」25.3%などは影も形もない。

その代わり“合併の負の効果”として挙げられた項目には、「問題あり」の評価がズラリと並んでいる。以下、「問題がある」「どちらかといえば問題がある」「どちらかといえば問題はない」「問題はない」「どちらともいえない」と順で結果を表記しよう。

(1)役場が遠くなり不便になる:28.7%、29.8%、16.4%、20.9%、4.3%
(2)中心部と周辺部の格差が増大する:46.4%、28.4%、12.7%、5.6%、6.9%
(3)住民の声が届きにくくなる:46.5%、31.4%、9.0%、7.4%、5.6%
(4)各地域の歴史・文化・伝統が失われる:23.2%、29.6%、25.6%、15.7%、5.9%
(5)広域化に伴い住民サービスが低下する:34.7%、36.8%、15.9%、5.0%、7.7%
(6)先行的な政策や条例等を新市町村に引き継げない:23.7%、35.9%、18.9%、12.2%、9.3%

以上の合併の問題評価を上位から並べてみると、「住民の声が届かない」77.9%、「地域間格差の拡大」74.8%、「住民サービスの低下」71.5%、「先行的政策の断絶」59.6%、「役場が遠くて不便」58.5%、「歴史・文化・伝統の喪失」52.8など、いずれもが過半数を占める。平成の大合併が惹き起こした問題は余りにも大きく深刻だと言わなければならない。亀山石巻市長はこれらの諸問題に如何に向き合ったのだろうか。(つづく)