やるべきことを「やらなかった」、「やれなかった」菅首相の退陣(2)、(私たちは東日本大震災にいかに向き合うか、その32)

「やっぱりそうだったのか」、「実は本当のことだったのか」というのが事の真相だろう。それは、福島第一原発事故の発生から1か月余り経った4月13日、松本健一内閣官房参与が菅首相と会った後に記者団に語った会談の内容のことだ。(時事通信4月13日)

松本参与が「(福島第1原発から)放射能が漏れ続け、土地が汚染され続けると、復興をあそこで考えることはできない。そこの人々は当面戻ることができないので、新しい都市を内陸部につくって、5万人とか10万人とかの規模のエコタウンをつくるという復興の方向があるだろう」と提案したところ、菅首相は、「原発の周囲30キロあたり、場合によっては飯舘村のように30キロ以上のところもあるが、そこには当面住めないだろう。10年住めないのか、20年住めないのか、ということになってくる。そういう人々を住まわせる都市を、エコタウンを考えなければならない」と応じたという。(1度目の説明)

ところが、この話が地元の原発周辺地域はもとより与野党のなかでも大きな反発を呼ぶや否や、松本参与は一転して、「20年住めないとの発言は私の発言だ。首相は私と同じように臆測(認識)しているかもしれないが、首相は言っていないということだ。首相から「俺はそういうことは言ってないよ」と電話があった」(2度目の説明)として前言を翻した。 

あれから4カ月余り、菅首相が退陣表明した翌日の8月27日、政府は福島市で開かれた「福島復興再生協議会」において、東京電力福島第1原発事故で放射性物質に汚染された地域のうち、年間の被ばく線量が200ミリシーベルトと推定される場所では、住民の帰宅の目安となる年20ミリシーベルト以下に線量が下がるまでに20年以上かかる可能性があるとの試算結果を示した。現在の推定線量が100ミリシーベルトの場所は20ミリシーベルトに下がるまで10年程度、50ミリシーベルトの場所では4年程度になるという。

細野豪志原発事故担当相は、協議会の終了後、記者団に「除染でどれぐらい前倒しできるかに挑戦する。やり切らなければならないが、かなり長期間、帰宅が難しい人が出る現実も直視しなければならない」と述べた。(共同通信8月27日)

 菅首相も同日、福島県庁を訪れて佐藤雄平知事と会談し、東京電力福島第一原発周辺で長期間住めない地域が生じるとの見解を伝えた。また、放射能に汚染された土壌やがれきを保管する中間貯蔵施設を福島県内につくるよう要請した。居住禁止期間が長期化するのは、原発から半径20キロ圏内の「警戒区域」のなかの高い放射線量が観測される一部の地域で、首相は「長期にわたって住民の居住が困難な地域が生じる可能性は否定できない」と述べ、「大変申しわけない」と陳謝したが、どの地区が対象になるかは示さなかった。(各紙8月28日)

松本参与の発言があった4月13日(原発事故から1か月余り)といえば、スピーディの計算結果などによってすでに放射能の拡散分布や線量が明らかになっていた時期であり、首相官邸には逐一状況が報告されていたはずだ。菅首相の発言もそれに相応するもので、その段階において原発周辺地域はすでに「10年、20年は住めない」と予測されていたのである。ところが、その発言を「俺はそういうことは言ってない」と松本参与に責任転嫁し、「ないこと」にしたのはいったいなぜか。

考えられる理由の一つは、菅首相自身の不用意な行動(事故直後の現場見学等)も含めて、この時期は政府の原発事故に対する初動対応の不手際に世論の非難が集中しており、そのうえ原発周辺地域が「10年も20年も住めない」事態が明らかになると、菅政権がとうてい「もたない」と思ったからではないか。菅首相にとっては「政権延命」が至上命題である以上、それに抵触するものは、たとえ被災住民の人命や財産の保護にかかわる課題であっても先延ばしすることに躊躇はなかったのであろう。

くわえてより本質的な理由としては、原発周辺地域の居住禁止区域が広がり、禁止期間が長期化すれば莫大な補償費用が発生するため、そのことを恐れた財務当局から「性急な対応」に対して強力なブレーキが掛かったとも伝えられている。住民の過酷な避難状況を横目で見ながら、どうすれば補償範囲を縮小し、補償コストを最小限に抑えるかという「冷静な判断」が当局に求められたためである。今日現在に至るまで、旧住禁止区域や期間を明らかにすることが伏せられてきたのはこのゆえだ。

だが、事態の転換はまったく別の思惑から提起された。それは、民主党の原発事故影響対策チーム(荒井聡座長)がまとめた提言案のなかに盛られている。原発周辺問題を住民の立場から考えるのではなく、「1万本以上の使用済み燃料を放置したうえで、近隣に人の居住を認めることなどあり得ない」とする、原発推進の立場からする提案である。具体的な内容としては、国が正確な放射線量測定を実施し、基準を作ったうえで、「土地収用を行い、住民には移住を促し、支援策を講じることを推奨する」というものだ。また、原発内にとどまったままの使用済み核燃料の中長期的な保管場所についても、「早急な再検討をすべきだ」としている。(日経8月3日)

いわば、住民の緊急事態を逆用(悪用)した極めつきの「火事場泥棒」的なやり方だが、しかしこの提言を契機に、菅政権は原発周辺地域で放射線量の高い区域では「警戒区域」を解除せず、住民の居住を長期間禁止するとともに、その地域の土地を買い上げるか、借り上げるかの方針を大々的に打ち出す(各紙8月22日)。つまり、被災住民の生命と財産を守ることを第一義に掲げるのではなく、この危機的状況を利用してあわよくば使用済み核燃料の保管場所を確保しようというのである。さすがに「土地収用」といった強権的手法は反発を招くので、被災住民の生活再建費用をまかなう資金づくりとして土地の「買い上げ」あるいは「借り上げ」といった形を打診しているが、目的とするところは変わらない。

この方針の集大成が8月27日の「福島復興再生協議会」における政府方針の提起であり、福島県知事に対する菅首相の要請だった。そこでは、原発周辺地域で長期間住めない地域が生じるとの見解を伝えるとともに、放射能に汚染された土壌やがれきを保管する「中間貯蔵施設」を福島県内に作るとの要請事項が含まれていた。「中間貯蔵施設は最終処理施設ではない」と断っているものの、無人地帯の「中間貯蔵施設」が20年以上も経てば「最終処理施設」に実質化していかないとも限らない。(つづく)