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採用側の事情から攻略する『採用の思考法』

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大型書店に行くと、就職活動のコーナーがある。

エントリーシートの書き方や、面接のイロハ、オンライン面接の作法といった対策本が並んでいる。

そこで物色している人を見るたびに思う「就活棚じゃなく、右斜め後ろの棚を探せばいいのに」とね。なぜなら、就活コーナーの近くにある「人事・労務」の棚に並んでいる本の方が、役に立つから。

そこでは、採用が上手くいかない人事担当の苦労話や、せっかく登用しても長くは続かず、止めていってしまうミスマッチが語られている。そうした状況で、どうすれば望んだ人材が集まってくるのか、あるいは集まった人たちから、自社に最も合った人をどうやって選べばよいのかが解説されている。

「こうすればいい人材を採用できる」というノウハウが書いてあるのだから、そのノウハウに合った形で自分をプレゼンできたら、「いい人材」として認められる。誰を採用し、誰を落とすかの評価基準のつくり方が書いてあるのだから、その基準をクリアしていることを認めてもらえば、評価されるだろう。そうした「いい人材」の答えの部分が、人事・労務の棚に並んでいる。

就活コーナーに並んでいるものが「教科書」なら、人事・労務棚には、いわば「教科書ガイド」や「教師用指導書」が並んでいるといっていい。

「いい人材」とは何か

中でも、『採用の思考法』は、いい人材を集めて見抜いて離さないノウハウが語られている。中小企業向けの採用コンサルタントが、自らの経験を元に赤裸々に語っている。

これを「採用される側」から読み解くならば、ここで語られる「いい人材」であることをアピールすればいい。もちろん就活コーナーに並んでいる本にも、似たようなことが書かれている。だが、「なぜそれがいい人材なのか」とか、「そもそもその『いい人材』とは何か」まで書いてある。

本書によると、「いい人材」の「いい」とは、採用基準に合致すること。そして、この採用基準は、絶対に妥協せず、一緒に働きたい人の特性や条件を徹底的に言語化しろとアドバイスする(ここを妥協すると、最悪の展開である「間違った人を採用してしまう」ことになるという)。

採用基準の言語化は、人事担当や経営層の仕事になる。「結局のところ、どういう人間がこの会社に必要なのか?」という問いに答えられる人は、経営層だからだ。

そして、いったん言語化した採用基準は簡単には下げるなと釘を刺しつつ、「完璧な人材なんていないから、採用基準となるスキルは絞り込め」と説く。

では、何を取捨選択すればよいのか?

まず、後から伸ばしやすいか、伸ばしにくいかで判断せよという。採用後のトレーニングで、比較的短期間に伸ばせるスキルと、時間をかけて育成するスキルがある。そして、いつまでにどの程度活躍する人材を採用するのかといった時間軸を持って基準となるスキルを選べという。

以下に、比較的簡単に伸ばせる能力と、伸ばすのに時間がかかる能力、さらには伸ばすのがとても難しい能力の例を挙げる。

比較的簡単に
伸ばせる能力

時間を要するが
伸ばせる能力

伸ばすのが
とても難しい能力

口頭/文章でコミュニケーションをする

自律的である

困難や挫折に対して粘り強く立ち向かう

リスクを取る

判断力がある

答えのない問いの答えを探し続ける

業績管理をする

戦略的能力がある

複雑な情報や問題を分析する

コーチング/トレーニングする

傾聴する

新しいアイデアや概念を生み出す

計画を立て、目標設定する

多様性を尊重し、順応性がある

概念を構造化する

自己認識する

機転を利かせる

誠実で正直な態度や行動をする

ミーティングを進行する

あらゆる行動に高い基準を持つ

自信に満ちた態度や行動をする

第一印象をよくする

チームをまとめ、変革を推進する

リーダーの右腕となる

顧客志向で考える

ストレスを管理し、バランスのとれた生活をする

活動的でエネルギッシュである

社内外の調整をする

交渉/説得し、対立を建設的に解消する

情熱的で野心がある

 

コミュ力よりも重要なもの

ちょっと面白いのは、「コミュニケーション能力」の位置づけだ。

このスキルは、面接対策でも重要なポイントとされている。実際、経団連の新卒採用のアンケート調査で、「採用にあたって特に重視したスキル」で、16年連続で1位なのが、コミュニケーション能力だ。

しかし、著者によると、入社時に必要となる能力ではないという。確かに、受け答えがしっかりしており、自分の言葉で話ができる人の評価は高くなるだろうが、「コミュ力がある」というだけで選ぶのは危うい。ソツなく喋って書けるけれど、単なるその場限りの口だけで、粘り強く問題に取り組むのは不得手かもしれない。

これが、コンサルティング・ファームだと逆で、その場の即興で言い逃れたり、言いつくろったりする能力が求められる。「言い逃れる」とかいうのはあまり良い言い方ではないが、コンサルタントには必須かつ超重要なスキルだ。「とっさの一言」が瞬発的に出てくる人が求められる。

本書によると、「コミュニケーション能力が必須」ということは、「我が社ではコミュニケーション能力を育てるつもりはありません」と公言していることと一緒だという。コンサル会社の人が書いたものを眺めていると、確かにその通りだと思う。

もちろんあるに越したことはない。だが、コミュニケーション能力は後から伸ばすことができる。だから、コミュ力だけを重視するなと説く。

では、「伸ばすのがとても難しい能力」をどうやって見極めるか?第5章に大量に紹介されているが、ここでは「困難や挫折に粘り強く立ち向かう能力」に絞って説明する。

面接に応募する人たちは、質問されることを予想して準備してくる。まずは答えやすい質問から入り、それを受けた回答から掘り下げていけという。

例えば、過去のエピソード(全国大会に出たとか、大きなプロジェクトに携わったとか)を色々と聞いてみる。そして、そのときの行動について、こう掘り下げよという。

「その結果を得るために、どんな行動をしたのですか?」

「そのとき、そんな行動をしたのは、なぜですか?」

この質問のキモは、「過去の結果」を問うていない点にある。県大会出場よりも全国大会出場の方が結果としては優れている。しかし、その結果までのプロセスがどうだったかを掘り下げていく必要がある。

なぜプロセスが重要か?

それは、「再現性が求められるから」になる。

成果を出し続けるためには、自ら考え、行動する必要がある。壁にぶつかったら粘り強く行動し、諦めずに結果を出すことが求められる。その再現性があるかどうかの見極めが、「なぜその行動を採ったのか」の返答に隠されている。

面接者はその行動の中に、「あきらめず粘り強く取り組む」「周りを巻き込んで問題解決する」「様々な角度から解決の糸口を探す」といった姿勢を、具体的に見ようとする。

もちろん、志望者が入社後に全国大会をもう一度目指すことはない。けれども、全国大会と同じくらい困難なことは、仕事の上でぶつかるはずだ。そのとき、同じように粘り強く立ち向かえるかどうかが再現性のキモなのだ。

では、志望する側は、どのように表現すればよいか?

自分にとっての「粘り強さ」「あきらめの悪さ」「周りを巻き込む力」をこの会社で再現してやろうじゃないか、と語ればいい。具体的には、「困難をどう工夫して乗り越えたか」を伝えた後で、「だからこそ御社では、この粘り強さと巻き込み力を再現することで、目標達成に尽力していきます」云々とまとめる(再現性という言葉は、面接者が最も聞きたいワードなので、最後に入れよう)。

レバテックLABで掘り下げる

レバテックLABで、ITエンジニア向けの記事を連載しているのだが、「人事評価において役立つ本」が少ないことに気づいた。面接のマニュアルみたいなものではなく、採用側の事情や人事制度といった内側から見た対策本だ。

「間違った人」を採用したり昇格させることが続くと、大ダメージを受ける。だから、人事担当は間違えるリスクを避けようと非常にセンシティブになる。前例を踏襲し続けることにより、新陳代謝が衰え、ゆっくりと死に近づいてゆく。

そうならないために、制度として守るべきものは守り、新しい人材として取り込むべきものを取り込む。優れた人事制度というものは存在するし、人を活かす人材マネジメントというものも存在する。評価される側からは見えにくいけれど、人事を大切にする企業は、いつ、どのように評価するかのメソドロジーは、確かにあるのだ。

これらを可視化することで、採用側や評価側の事情を炙り出そうとする試みだ。そうすることで、自分がいつ、どのように評価されるかを特定し、そのタイミングにおいて、適切に応対したり、準備を整えておくことができる。

いわば、人事ハッキングのようなものだ。人事制度やヒューマン・リソース・マネジメントをリバースエンジニアリングすることで、「自分のポジションで評価されやすいものは何か」を見つけだす。評価されやすい答えの全てを書き出すことはできないけれど、こうした場合に、このように取り組めば、「正解」に近づくことができると、例を挙げることはできる。

いま「正解」をカッコ書きで括ったのは、私には分からないから。あなたの勤める企業の人事評価基準は、私にはわからない。だけど、その評価基準がどのように出来上がっており、どのようにあなたに当てはめているかの制度運用は、予想することができる。もちろん、教科書通りに運用されていないだろうし、現場の恣意性やエコヒイキに左右されていることもある。それでも、うまくいっている(と思われている)人事制度の裏をかくことで、ちょっとでも有利になるのなら、そのやり方はどんどん可視化していきたい。

予告:第1回は、7月末~8月頭にレバテックLABで公開される。『採用の思考法』はその1冊目になる。評価される側だけでなく、評価する側も悩みが多いみたいなので、両側から人事ハッキングしてみるつもり。お楽しみに!

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