「ローマ人の物語」の種本?「ローマの歴史」
ベストセラー「ローマ人の物語」のタネ本だという噂だが、それはウソ。もし本当なら、塩野七生はもっと面白い本を書いただろうから。
モンタネッリの「ローマの歴史」はそれくらい抜群の面白さで、文字どおりページ・ターナーやね。一方、これをネタにした類書は、水で割ったワインのように薄い。そういう意味で、本書は、ムダを削ぎ落としたモルツ100%の極上のウィスキーになる。
著者はローマ在住のジャーナリスト。歴史学者の「解釈」を鵜呑みにせず、一次資料にあたるところは、"小説家"塩野七生と同じ。自分の判断を信じ、迷ったらより面白いほうに倒す。「人物」に焦点をあて、キャラ化することで人間くさい感情の動きを再現し、判断の理由を生々しく描写する。すべての歴史は(それぞれの時代にとっての)現代史なのだから、過去の行動は原因と結果によって律せられているはず。歴史とは一連のストーリー付けされた因果なのだ。その真偽はともかく、研究成果を「物語」の形で知らしめてくれるのは、ありがたい。これは塩野ローマも同様だね。
さらに、古代ローマと現代社会を対照的に扱うことで、「たいして変わってないじゃないか」と皮肉ることを忘れない……そんなスタンスが共通しており、かつ、モンタネッリの方が古いため(初版1976)、塩野ローマの種本だと揶揄されるのだろう。
しかし、モンタネッリがローマに注ぐまなざしは、非情に透徹している。惚れたキャラには大甘ベッタベタの塩野とは偉い違う。ローマの歴史の本質は、簒奪と内乱と搾取と蜂起であり、後世の歴史の典型であり規範となっている。ローマの繁栄は周辺地域からの収奪の上に成り立っており、ローマの文化は周辺文明からの上手なコピーと上手な運用にすぎないというのだ。
たとえば、ローマ人はエトルリアから技術と制度を十分に吸収した後、時至ると知るや立って滅ぼし、あまつさえ文明の跡まで抹消したという。エトルリア文明は病毒、腐敗菌と見なされたが、その利点はそっくり模倣されたのだと。ローマの文明は、周辺の文明の運用・応用に秀でており、徹底的にプラクティカルだったらしい。
あるいは、だれもが金もうけに熱中したという。官職を買う資本さえあれば簡単にぼろもうけができたのだ。税金の着服、略奪、住民を奴隷に売ること、もうけ口はいくらでもあったそうな。カエサルはスペイン属州に赴任して、五億円の借金を一年で完済した。キケロはキリキアで六千万円しか着服しなかったので廉潔の士と呼ばれ、自分でも自慢したという。当時と現代と感覚が違うのかというとそうでもない。元老院議員は高利貸を禁じられていたから。ただ名義借用という抜け道があった。親族や秘書の名義を使った土地ころがしや金貸業は、いつの時代でも珍しいことではないね。
また、ローマ紳士の富の源泉は、主として官庁ロビーでの利権の取引と属州の収奪だったそうな。巨額の金を投じて猟官に奔走し、いったん高級官職口にありつくと、莫大な利益をむさぼってすぐ元手を返し、あまった金は投資する。著者は、それを俗悪だとか断罪しない。反対にそれを美点だと錯覚することもない。ただ、「それがローマだ」と淡々と語るのだ。周辺からの搾取の歴史がローマからヨーロッパ、そして現代に至るまで(カタチは変われども)連綿と続いているのだ。
「書かれていない」ことについての批判も辛らつだ。鉱山では奴隷が強制的に働かされており、賃金も支払われず、災害事故を防ぐ安全設備も施されていなかった。この時代の鉱山の状態では毎週のように大事故が起こって死者を出していたはずだが、ローマの歴史家たちには「ニュースにならない」らしく、何も記録されていないという。要するに、「ローマ人」の定義から外れる人間は、基本的に人扱いされないのだ。金品でやりとりされる貴重な家畜といったところか。家畜が歴史に残らないように、彼・彼女らも記録されない。この視線はジャーナリストならでは。
あまりのミもフタもなさに、塩野七生は「反論」のつもりであんな萌えローマを書いたのでは、と思えてくる。ともあれ、併読すると面白さ倍増するぞ。特に、塩野ローマ本「だけ」で、脳があたたかになっている団塊に、目覚ましのつもりでオススメしたい。
いそいで付け加えておくと、塩野ローマは格下だということではない。面白いところはスゴいぞ。「ハンニバル戦記」と、「カエサル(ルビコン以前)」、「カエサル(ルビコン以後)」は、素晴らしくハマれる。想像力(創造力?)と描写筆力がダントツに優れており、戦場の駆引きから権謀術数まで、見てきたように書いている。この三作は夢中本・徹夜本であることを請合う。反対に、他の章との落差が激しく、中の人が違うのだろうと勝手に憶測している。ともあれ、全体を押さえるなら「ローマの歴史」、手に汗握るところは、上述の三作をオススメする。
モンタネッリと塩野七生、あわせて読むと、より立体的に浮かんでくる。搾り取られる側から目を背け、歴史の残る一般民や貴族階級をもてはやす裏心には、読み手(書き手)の本心が透け見える。つまりこうだ。ローマ人だけに着目し、その生活や風俗や文化をヨイショする裏側には、自分の既得権益を是とする心理が働いているのではないか。なぜなら、ローマ人とは、ローマ人でない周辺地域からの搾取と略奪からなる既得権益で生かされた民なのだから。「ローマ人の物語」が団塊世代に大ウケだったのは、このためだろうと邪推する。無邪気にローマ(の搾取する側)に心酔する延長に、ヨーロッパひいてはアメリカ合衆国の帝国主義が控えているといったら、妄念の行き過ぎだなw頭冷やすために、サイード「オリエンタリズム」再読のいい機会かも。
関連 : 「ローマ人の物語」の読みどころ【まとめ】
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コメント
面白そうですね。読んでみます。
>全体を押さえるなら「ローマの物語」、手に汗握るところは、上述の三作をオススメする
↓
全体を押さえるなら「ローマの歴史」
でしょうか?
投稿: よよ | 2010.03.22 10:14
塩野は学習院出の保守派ですから。
ちなみに彼女、寡頭制のベネチア共和国の歴史も書いてますが、そちらの著作でもベネチアの負の面には触れず寡頭制を称揚する態度なのは同じです。
日本人はローマやベネチアの歴史にうといので、それを悪用して山本七平メソッドを使っているんじゃないかと勘ぐってしまいますね。
投稿: | 2010.03.22 13:36
>>よよさん
おおっ間違えていました、ご指摘ありがとうございます、訂正しておきます。
>>名無し@2010.03.22 13:36 さん
そういや、「海の都の物語」もそうだったような……彼女はホンキで、無自覚に賞賛しているのだと割り引いています。
投稿: Dain | 2010.03.22 17:21
ヨーロッパって、自分にとってはどこか遠い存在なのですが、記事を読んでみて、『ローマの歴史』と塩野七生氏の著作を読めば、自分でも多少理解できるかもと思いました。早速、図書館のHPで予約してみます。
余談ですが、「親族や秘書の名義を使った土地ころがしや金貸業は、いつの時代でも珍しいことではないね。」という記述に、何かグッときました。
投稿: nodbood-k | 2010.03.23 19:18
>>nodbood-kさん
モンタネッリも塩野も、ローマの時代をジャーナリスティックに描いています。同じ調理道具を使っているのですが、スタンスがまるで違うので別の国の料理みたいです。素材を生(き)のままなのがモンタネッリ、ドロドロに煮込んで惚れ込んでるのが塩野です。
ただ、ヨーロッパ理解という目的で、かつ図書館を利用できるのであれば、ずばり以下がよさそうです。わたしは未読ですが、尊敬するくるぶしさん(読書猿の中の人)がプッシュしています。パラ見したところ、かなり面白そうです(全四巻ですが)。
読書猿くるぶしさんの「ヨーロッパ」のレビューはここです
http://www.amazon.co.jp/review/R1TQXLOU5EXI3O
投稿: Dain | 2010.03.24 00:33
うわわ、情報提供ありがとうございます。読書猿さんのサイトは自分にはハードルが高く、チェックできてないので助かります。早速、予約します。
投稿: nodbood-k | 2010.03.26 00:23
>>nodbood-kさん
読書猿さんのamazonレビューは参考になりますよー
投稿: Dain | 2010.03.26 01:02