ローマ人の物語II 「ハンニバル戦記」の読みどころ
スゴ本。「ローマ人の物語II ハンニバル戦記」は凄まじく面白かった。これから「ローマ人」に手をつけようとするなら、ぜひとも「ハンニバル戦記」から始めることを強くオススメする。文庫本では第3巻からの上中下が相当する。律儀に最初から読むよりも、まず美味しいところからを喰らってみてはいかが?
高校世界史で何やってたんだろうと思うが、教科書では次の5行に収まる。
教科書で駆け抜ける歴史が、物語で読むと寝食を忘れるぐらい面白いのは三国志などで実証済み。吉川英治や司馬遼太郎と同様、教科書そっちのけで読んでおけという本だね。
本書は「ローマvsカルタゴ」という国家対国家の話よりもむしろ、ローマ相手に10年間暴れまわったハンニバルの物語というべきだろう。地形・気候・民族を考慮するだけでなく、地政学を知悉した戦争処理や、ローマの防衛システムそのものを切り崩していくやり方に唸るべし。この名将が考える奇想天外(だが後知恵では合理的)な打ち手は、読んでいるこっちが応援したくなる。
特筆すべきは戦場の描写、見てきたように書いている。両陣がどのように激突→混戦→決戦してきたのか、将は何を見、どう判断したのか(←そして、その判断の根拠はどんなフレームワークに則っている/逸脱しているのか)が、これでもかと書いてある。カンネーの戦いのくだりでトリハダ全開になったのは、車内の冷房が効き過ぎたせいではないだろう。
ハンニバルだけが主役ではない。絶体絶命に追い詰められたローマが命運を託した若者、スキピオの物語でもある。文庫本第5巻で活躍するのだが、これがまた惚れ惚れするほどいい男なんだ。容姿端麗、頭脳明晰なスキピオが、頭脳戦、外交戦を駆使し、ハンニバルを追い詰めてゆく。この丁丁発止の権謀術数がスゴい。
両雄の対決クライマックス。名将どうしがぶつかり合うなんて歴史はほとんどないが、ここではあった。ハンニバルvsスキピオの直接対決(これはスゴい)。――ザマの戦いは瞠目・刮目して読んだ。
ひょっとすると三国志でいうと"正史"ではなく"演義"かもしれない。つまり、史実を淡々と伝えるよりもストーリーテラーに徹した「物語」なのかもしれない。ならばよし!臆面もなくスキピオが好きと宣言する塩野氏だから許されるのだと考えて読み進める。
戦後処理に見るローマの強さ
「戦争は、人間のあらゆる所行を際立たせる」とあるが、本作を読むと勝者と敗者をどう扱うか――戦後処理こそがキーポイントだと納得した。戦闘準備や戦闘そのものの勝敗も重要だが、その後何をしたかが、趨勢を決定していたということは(後知恵ながら)まぎれもない事実だ。例えばこんなの――
- 負け戦で捕虜になり、その後の捕虜交換で戻ってきた執政官
- 周囲の忠告を聴きいれず、大部隊をほぼ全損させた海難事故の責任者
わたしの思考だと、「責任者は責任をとるためにいる」のだから、財産なり命なり名誉なり、応じたやり方で果たしてもらうのが普通だと考える。ところがローマは違った風に責任を果たす。そこにローマの強さをうかがい知ることができる。
失敗から学ぶことができる(もしくは学ぶことを強いる)ローマって、スゴい。これと対照的なのは、ローマと争っていたカルタゴ。ローマに敗れ逃げ帰ってきた将軍は、本国に召還されて死刑に処せられる。
戦争の結果うまれる勝者と敗者の関係も、非常に興味深い。カルタゴに対して行った「ローマ風」の戦後処理の詳細は読んでいただくとして、ここでは、返す刀で二千年後を斬っている塩野氏の想いを引用しておく(←これこそ塩野節)
太字はわたし。恣意的に連想を止めようとするのだが、ローマの合理的な強さはアメリカ合衆国とオーバーラップする。これを書き手が意図して誘導したのかは分からないが、筆者自身もそう感じているからこそ、こんな"想い"が飛び出しているのだろう。
Wikipedia:カンネーの戦い[参照]
Wikipedia:ザマの戦い[参照]
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コメント
こんにちは。
ローマ人の物語IIの3冊を手に汗握りながら、「ハンニバルがんばれ!」と思いながら読んでいた時のことを思い出しました。そして、読んだあとは、稀代の名将ハンニバルをして、倒すことの出来なかったローマ帝国の政治・軍事システムに感心しました。
ローマ人の物語の次のエントリを楽しみにしています。
投稿: Gaku | 2006.09.05 04:53
なんだか今日は誤字が目に付きました。
そんな勢いでエントリを書いてしまうほど面白かったということでしょうか。
投稿: ham | 2006.09.05 13:18
> Gaku さん
はい、わたしも「ハンニバル頑張れ!」と応援しながら読んでました。しかしゲンキンなことに、スピキオが登場するとスピキオを応援しちゃってました。「ローマ人の物語」は確かに大著ですが、この機会にローマ関連の書籍を漁っています。併読書というやつですね。良いのがあったら紹介しますので、お楽しみに~
> ham さん
あうう、面目ない。飲酒更新は誤字脱字の元というやつです。ご指摘ありがとうございます。
投稿: Dain | 2006.09.06 00:48
塩野さんの「ローマ人の物語」は、各巻ハードカバーで買っているのですが、この第二巻を心待ちにしてた日々は忘れられませんねぇ。
あ、あと老婆心ながら「スキピオ(Scipio)」ですね。
投稿: ^JJ^ | 2006.09.07 03:05
> ^JJ^ さん
おおっ ご指摘ありがとうございます。全然気づきませんでした
投稿: Dain | 2006.09.08 00:06
はう〜。スキピオに萌えました〜(*^^*)ポッ
やっぱり面白かったです。
1巻を「教科書みたい」だと一蹴しちゃってごめんなさい>塩婆。
投稿: まめっち | 2007.09.14 10:15
>> まめっち さん
おっ
萌えましたかそうですか、良かったですね~
次は飛ばして、「ユリウス・カエサル」に行きましょう。日本最高齢の腐女子、塩婆の強烈な「萌え」にあてられますから。
そして、「ユリウス・カエサル」を楽しく読むには、↓の順番をオススメします
https://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2006/11/10_0f59.html
投稿: Dain | 2007.09.14 22:35
私もハンニバル戦記楽しく読みました。
しかし「情報収集能力」という言葉がまるでニュータイプみたいに使われていて、
「何で情報収集能力が凄かったのか知りたいなぁ…」と思いながら読んだものです
確か明言されていませんでしたよね?
まあ、その辺は自分で調べろよという事なんですが
投稿: チュニジアの夜 | 2010.02.04 20:45
>>チュニジアの夜さん
コメントありがとうございます。これは司馬遼太郎のソレと一緒で、書き手の筆に任せた形容詞に過ぎません。歴史書でもなんでもない「物語」なのですから、あまり深入りせずに楽しめればよいかと思います。
投稿: Dain | 2010.02.05 00:41