「本を読む人は高収入」「読書は学力と人格を高める」そして「読書家は早死にする」は本当か?『読書効果の科学』
読書は素晴らしい!なぜなら……
・本を読む人は高収入
・読書する子ほど成績が良い
・優れた小説は人格を涵養する
なんてことを耳にする。読書のメリットは、世界各国における横断的・継続的な調査において有意な相関が見出され、「科学的に証明された」なんて聞かされる。その後のセリフは「だから本を読め」と続く。
本当?
このブログを読む人は、多かれ少なかれ、読書に興味を持っている方だろう。そんな皆さんが、自分がしていることの「効用」を高らかに謳われると、くすぐったいような反面、疑わしく思われるかもしれない。あるいは「収入や教養のために読んでるわけじゃない」なんて反発するかもしれぬ。
そして、カンのいい方なら、「疑似相関」とか「因果の逆転」といったキーワードを思い浮かべるかもしれぬ。
正解。
なので、思い浮かべた方は以下を読まなくてもいい。
本書は、世の中にはびこる「読書有用論」の根拠となっている統計調査を片っ端から掘り起こし、その「科学的」なところをバッサリ斬り落とした上で、統計から読み取れることを解説し、そこから得られる提言を紹介する。
本を読む人は高収入
まずこれ、「読書と年収」について。
「1ヶ月に本を何冊読みますか」という質問の答えと、その人の年収を比べる調査だ。ここで言う「読書」とは、物理的な「本」に限らず、Kindleなどの電子書籍や、オーディオブックも含めたものになる。
「読書と年収」については、日本と米国で調査されており、共通した結果が得られた。これによると、年収が低い人ほど「本を読まない」と答える傾向があったという。そして、高所得世帯ほど、読書量が多いという結果だった。
Who doesn’t read books in America? (Pewresearch、2021)
では、本を読めば高収入になるのか?
「本を読んでお金持ちになろう」という意識高い系の主張に、著者はクギを刺しにくる。「読書」という活動が「年収」に影響を与えるという仮説を立証するならば、一時的なアンケートによる横断調査ではなく、過去を振り返った縦断調査が必要だと説く。
その結果がこれ。
子どもの頃の読書が成人の意識・意欲・行動に与える影響(濵田秀行ら、2016)
結論から言うと、子どもの頃の読書行動と、大人になってからの年収との相関は限定的だったという。本を読むとお金持ちになるという仮説は立証されず、年収に最も大きな影響があったのは、「親の収入」というミもフタもない結果だった。
では、なぜ「本を読む人は高所得」なのか?
これは、因果が逆で、「読書量→年収」ではなく、「年収→読書量」なのではないかと説明する。収入が低いと本を買ったり読んだりするゆとりはなく、ある程度以上になると、そうした余裕が生まれてくるのではないかという。
読書という行動は、本を買う金銭的な余裕だけでなく、その本を読むための時間的・精神的なゆとりを必要とする。もちろん、収入をやりくりして本を買う人もいるだろうが、少数派なのだろう。
本を読む子は成績が良い
次にこれ、「読書と学力」について。
さすがにこれはYESだろうと思ってたら、面白い結果を見せられた。小学校6年生と中学校3年生を対象とした全国学力テストの成績と、「親の蔵書数」「子の読書時間」の調査だ。
予想通りなのが、「読書は好き」と答えた子どもの成績が良かった点だ。そして、親の蔵書数が多いほど、子の成績も良いという傾向が見られた。これは、国語だけでなく、理科や数学においても同じ傾向があったという。
「読書が好き」なら国語の成績も自然に良くなるように思えるし、国語の成績が良いということは、数学や理科の出題文を読み解く力もあり、結果的に理数の成績も良いということは想像に難くない。
そして、「親の蔵書数が多い」ことからは、(相対的に見て)知的活動に盛んで、子の教育に力を入れる親像が見えてくる。もちろん、全員が全員そうだとは言えないが、そういう傾向がありそうだという予想はつく。
予想を裏切ってくるのが、「1日に何時間、本を読みますか?」への回答だ。
もちろん、「ほとんど読まない」子の成績は芳しくないが、「30分から1時間」と答えた子の成績が良かったという。しかし、驚いたことに、「2時間以上」と答えた子の成績は低くなってくる。この傾向は、小学生、中学生、国語、数学、理科の全てにおいて見られたという。つまり、本を読む子ほど成績は良くなるが、1日に2時間も3時間も読むような子は、逆に成績が悪くなる。
でもこれ、冷静に考えて見るとその通りかもしれぬ。
いまどきの子は忙しい。やれ予習だ復習だ、塾だ習いごとだとスケジュールが埋まって、自分の時間というものがほとんどない。さらに隙間の時間を埋めてくるスマホがいる。そんな中で1日に2時間も3時間も本を読んでいるということは、それだけ何かが犠牲になっているはずだ。
それは学校の勉強であり、睡眠時間になる(案の定、何時間も読む子の睡眠時間はダントツで低かった)。
でもこれ、思い出してみると、想像がつく。私の場合、授業そっちのけで本を読んでたし、定期試験前は特に捗った(現実逃避ともいう)。キングやクーンツの「厚さ」は完徹に丁度よかった。そりゃ勉強もせずに本ばかり読んでたら、成績悪くなるわな。
こうしたデータを受けて、著者は「読書は学力を向上させるかもしれないが、読みすぎは良くない」と至極まっとうな指摘をする。
読書は人格を高める
さらにこれ、「読書と人格」について。
「古典や名著を読むことで人格を高めることができ、読書は豊かな人間性をもたらす」なんて言う人がいる。あるいは、「小説を読むことで他人の考えに共感し、相手を理解する力が育つ」なんて言う人がいる。
本を読むと人格や共感力が養われるのだろうか?読書を高尚な何かと勘違いしている人だけが、そういうことを口走っているだけのように思える。本を読んでも下劣なことが大好きな人はいるし(私だ)、本は読めても空気が読めない人がいる(私だ)。
ところが、本が読める人は顔が読めるという論文がある。
「顔が読める」すなわち「相手の表情からその人の気分を推察する」能力を測るテストがある。これだ
The "Reading the Mind in the Eyes" Test (Baron-Cohen, S. Wheelwright,2001)
アジア版 Reading the Mind in the Eyes Test の感情価による刺激分類(坂田浩之、2020)
“Reading the Mind in the Eyes” ずばり「目から心を読み取る」テストで、RMETとも略されている。
「目は心の窓」や「目は口ほどにものを言う」という諺があるように、昔からまなざしを通じて相手の感情を読み取ろうとしてきた。その心理テスト版がこれ。
具体的には目の部分だけの画像を見せて、その画像の周囲には、「イライラしてる/嫌味ったらしい/不安で心配/友好的」の選択肢がある。被験者は画像の人がどんな感情を抱いているかを、4つの中から1つ選ぶ。
画像と感情の組み合わせは色々で、「ふざけてる/真剣になってる/楽しんでる/リラックスしてる」という気分的なものや、「押しの強い/消極的でためらいがち/真面目で本気/慎重で注意深い」といった感情というより性格的なものがある。
様々な被験者でテストしてみたところ、「相手の気持ちを読む」スコアと読書との相関性が見出せたという研究がある。
Leisure reading and social cognition: A meta-analysis.(Mumper, Micah L.、2016)
これによると、特にフィクションを読む人は、RMITのスコアが良いという結果が得られている。
では、小説を読むと、相手の気持ちを推し測る人になれるのかというと、結論を急ぎ過ぎだろう。
確かに、小説の魅力の一つに、登場人物の心の動きに共感したり反発するといった感情移入がある。だから小説を読むほど共感力が増し、相手の気持ちを思いやる人間になる―――なんて、学校の先生なら言いそうだ。その後のセリフは「だから本を読め」と続く。
でも、こう考えられやしないか?もともと、他者の感情や心の動きに興味があり、共感したがっている性格の人が、物語に楽しみを見出しているのではないかと。小説は、登場人物の感情を深掘りするメディアでもある。だから、共感力が高い人ほど、面白さを強く感じるだろう。
先の研究では、ノンフィクションを好む人は、RMITのスコアが悪かったという。つまり、相手の感情に興味が薄いからこそ、フィクションを敬遠し、ノンフィクションに惹かれているといえる。そういう人に「共感力を高めるためにフィクションを読め」と強要するのは無理筋だろう。
読書家は早死にする
本を読むと死亡リスクが増すという研究論文がある。
ここまでくると、眉に唾する準備はできているだろう。
読書と健康の関係についての研究は、真っ二つに分かれている。
一つは、読書をするとストレスが軽減され、知能が向上し、ひいては身体の健康に寄与するという内容だ。
A chapter a day: Association of book reading with longevity(Avni Bavishi 、2016)
米国の研究報告で、50歳以上を対象とし、読書を習慣的に行っているかを12年間に渡り追跡調査した結果になる。
これによると、「本を読む人は、全く読まない人と比べて約2年長く生きる可能性が高い」といった結果が得られている。本を読むと共感力が増して、社会的なつながりが深まり、孤独感が軽減される―――その後のセリフは「だから本を読め」と続く。
一方、日本の研究では真逆の結果になる。65歳以上を対象とした大規模なもので、日本老年学的評価研究という財団法人まで作られて行われた研究だ。
こちらは、余暇活動をアンケートしている。ゴルフやゲートボールやハイキングといったアクティブなものから、手芸や読書といった体を動かさない活動が、その人の健康や寿命に、どのような影響を与えているかを調査したものだ。
6年間に渡る追跡調査の結果、読書を趣味と答えた人の死亡率は高かったという。
では、読書が死亡リスクを引き上げているのだろうか?
これも因果の逆転だろう。65歳を超えてゴルフやハイキングに勤しむ高齢者なら、心身ともに充実したエネルギッシュと言える人だろう。一方で、心身ともに衰えて、身体を動かすようなことができなくなり、「趣味と言えば本を読むくらい」の人もいる。
さて、同じ高齢者であっても、エネルギッシュな人と、趣味は読書くらいしか選べない人と、どちらが6年以内に死んでいる可能性が高いかというと、言わずもがな。読書が死亡リスクを引き上げているのではなく、体調不良で死に近い人でもできる趣味が読書であるに過ぎない。
新しい読書のありかた
本書は、小中学生の先生や、教育行政に携わる人に向けて書かれている。「本を読む効用は確かにあるけれど、それは緩やかなものだから、向いてない子に無理強いせず、長い目で見守ってほしい」というメッセージが込められている。
そして、読書にまつわる様々な神話をメッタ斬りにして、「科学的に証明された」エビデンスがいかに歪んでいるかを暴き出す。
ちょっと笑ったのが、フィンランドの読書事情。国を挙げて読書に力を入れており、アンケート調査で「読書を習慣的にしている」と回答する子どもが圧倒的に多く、学習到達度がOECD上位である理由はそのおかげだとされている。
しかし、そのアンケートで「読書」とされるものは幅広く、マンガや雑誌のみならず、電子メールやネットフォーラム、twitterやfacebookのフィードも「読書」に含まれる(ネットフォーラムはYahoo!知恵袋みたいなものだという)。その「回数」をカウントしている。
一方で、日本の読書アンケートでは、「1ヶ月に〇冊読みますか」という質問になる。「冊数」という質問の仕方から、「読書とは本を読むこと」が前提となっている。
「読書」が電子やオーディオブックといった様々な媒体になっている昨今、この問い方は時代遅れだといっていいだろう(そして、その結果から「日本人は本を読まなくなった」と推論することも時代遅れだといっていだろう)。
では、統計情報から得られた、科学的に正しいと推定できる読書家の像はどのようなものだろうか。本書では読書のあり方を提言の形でまとめている。統計調査から浮かび上がる読書家の像は、しごくまっとうで、ある意味、面白みのないものになる。
- 効果は緩やか:読解力や語彙力の向上など、確かに効果はあるものの、それは緩やかなもので、万能でもなければ即効性もない
- 個人差が大きい:合わない子に無理強いするものではない。動画その他のメディアで代替可能
- 読み過ぎ注意:読書が好きだとしても、時間は有限であるため、読書もしつつ他の活動にも目を向けたい(特に子ども)
本が好きな人は、本が好きな人であるにすぎぬ。教養があるとか、人格者だとかとは関係ない。そういうものを求めて読書する人はいるにはいるが、そんな動機だといずれ本を手にしなくなる。
貴族の嗜みであった平安時代、立身出世の手段として奨励された明治時代、人格を陶冶する教養のための読書は昭和かせいぜい平成まで。知識でも教養でも人格でも、その気になれば全部youtubeで賄える。読書に高尚な何かを求め、それを「科学的に立証された」と言おうものなら、その舌を引っこ抜くのが本書になる。
「読書の効用」を生温かい目で見守りつつ、気楽に読もうぜ、という気分にさせてくれる一冊。
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コメント
勉強もせずに本ばかり読んでたら、成績悪くなりますね!
投稿: 美崎薫 | 2024.12.15 17:53
他のメディアで代替可能とか結局全ての事柄に当て嵌まるどうでもいい結論
全然中身も意味も無い
投稿: | 2024.12.16 13:31
>>美崎薫さん
はい、まさに同じセリフを親から言われたことがありますw
投稿: Dain | 2024.12.17 08:50