野党の正論と与党の横暴
2兆円の定額給付金を含む2008年度第二次補正予算案は衆議院で可決されたが、1月26日、参議院本会議で修正案が可決された。参議院は国民の6-8割が賛成していないと見られる定額給付金を削除した補正予算案を可決した。参院での予算修正案の可決は現行憲法下では初めてである。
補正予算修正案は衆議院に回付されたが、衆議院で不同意とされたため、日本国憲法第60条の規定にしたがい、両院協議会が設置された。両院協議会は、参院側が議事録の全面公開を要求して衆院側との調整が難航し、予定より5時間近く遅れ、午後9時過ぎに開会された。
議長には、国会法90条に基づき「くじ引き」で民主党の北沢俊美参院議員が選ばれた。協議が順調に進展しないため、北沢氏は午後11時前に「27日午後に再開する」と散会を宣言し、両院協議会は27日に再開されることになった。
与党は27日に衆議院本会議での麻生首相の施政方針演説など政府4演説を実施することを決めたが、野党は両院協議会開会中の政府演説実施に反対しており、与党が政府演説実施を強行する場合には、衆議院本会議を欠席する可能性を示している。
日経新聞は「民主、異例の引き伸ばし」の見出しを付け、また、産経新聞は「主張」で「2次補正予算、審議拒否は経済悪化招く」の表題を付けて野党の行動を批判している。
予算審議については日本国憲法で衆議院の優越が定められているため、野党がいたずらに審議を長引かせる可能性は低い。与党が政府演説を28日に延期すれば事態は収束すると予想される。
自公政権に迎合するマスメディアは思慮なく政治権力に擦り寄る論評を示すが、ものごとを考えるに際しては、日本国憲法が国会を国権の最高機関と定めている基本を見つめ直す必要がある。
日本国憲法は国会について以下のように定めている。
第41条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。
第42条 国会は、衆議院及び参議院の両議院でこれを構成する。
国会は衆議院と参議院の二院で構成されている。内閣総理大臣の指名も衆議院の優越が定められているため、一般的には衆議院の多数派勢力から内閣総理大臣が指名され、内閣を組織する。この多数派勢力が与党になる。
2005年9月の郵政民営化選挙で自民党が大勝したため衆議院では自民、公明の両党が多数を占めている。しかし、直近の国政選挙である2007年の参議院選挙では民主党が参議院第一党の地位を確保し、野党が参議院の過半数を占めている。
福田政権が政権運営に行き詰まったのは、衆議院と参議院の多数勢力が異なる状況下で、与党の主張を国会でゴリ押ししようとしたからだ。日銀幹部人事では、民主党が財務省からの天下りに反対する意向を明確に示していたにもかかわらず、福田首相は繰り返し財務省からの天下り人事案を提示し、人事のたな晒し状態を続けた。
二院制が採用され、参議院で野党が過半数を占めている以上、政権は野党の主張に真摯(しんし)に耳を傾けて、謙虚な姿勢で政権を運営することを求められる。しかも、直近の国民の意思は参議院の議席構成に示されている。
衆議院の議席構成は2005年9月の総選挙の結果としてもたらされたものだが、その後に自民党は郵政民営化に反対した議員を自民党に復党させるなど、2005年9月の選挙公約に反する行動を示している。
内閣総理大臣も政権放り出しとたらい回しのあげくの4人目であり、国民に信認された政権の正当性を保持していない。
麻生首相が独断専行で政策運営を強行しようとするなら、その前に総選挙を実施して国民の審判を受けることが不可欠だ。そもそも麻生首相は首相就任時点での総選挙実施を月刊誌で高らかに宣言していたのだ。
民主党の石井一議員の「月刊誌で宣言したからには総選挙を実施しろ、実施しないなら月刊誌の宣言を撤回しろ」の指摘は正論そのものである。
麻生首相は10月30日の記者会見で、「景気対策の最大のポイントはスピード、迅速に」と発言しながら、補正予算案の国会提出を2ヵ月間も先送りした。また、その中心政策である定額給付金については、国民の6-8割が明確に反対している。
自分たちが払った税金を財源に定額給付金が支払われるのだから、実施される場合に受け取るのは当然だ。「実施されたら受け取る」ことを、定額給付金を国民が肯定的に捉えていると解釈する麻生首相の唯我独尊(ゆいがどくそん)の解釈には唖然(あぜん)とする。
国民の6-8割が反対する定額給付金を補正予算から削除して、その該当分について、国民生活に直結する優先順位の高い対象に集中的に振り向けるべきとの野党の主張は、国民の声を代弁するものである。
麻生首相は定額給付金が支払われれば内閣支持率が上昇すると考えていると伝えられているが、国民感情をまったく理解できないとしか思えない。麻生首相が私財を投じて定額給付金が支払われるならありがたいと思う人はいると思うが、財源は国民が支払った税金なのだ。
小泉元首相が次期総選挙に向けて、議員定数削減および二院制廃止=一院制への制度変更を提言し始めた。国民の目先の支持を集めることだけを考えた理念も哲学もない提言だ。この問題については改めて論じるが、現状は二院制が採用されているのであり、この制度を踏まえた対応がとられるべきことは当然だ。
有権者は2007年7月の参議院選挙、世論調査、山形県知事選挙などを通じて、国民の意思についての情報を明確に発信している。麻生政権が国民の声に謙虚に耳を傾けなければ、次期総選挙では厳しい審判を受けることになる。民の声を離れて政治の安定はありえない。