ISテロでのロシア機撃墜認定がもたらす激震
10月31日に乗員乗客224人を乗せたエジプト東部シナイ半島でロシアのコガリムアビア社の旅客機が墜落したことについて、イギリスのハモンド外相は11月4日、機内に持ち込まれた爆発物による墜落の可能性が高いとの見方を示した。
また、米国CNNも11月4日、米情報機関が過激派組織「イスラム国」(ISIS)または関連組織が機内に爆弾を仕掛けたとの見方を強めている、と報じた。
乗員乗客224人のうち、221人がロシア人、3人がウクライナ人で、全員が死亡したと伝えられている。
ISあるいはその関係者による「テロ」だとすれば、巨大事件である。
当初、エジプト政府などがテロの可能性がないとしていたため、ニュースの扱いは小さかった。
一方で、ISは事案発生直後から犯行声明を発表していたが、主要メディアはエジプト政府発表の情報を軸に報道を展開していた。
ロシアはシリアで空爆を実施している。
ISを攻撃対象にしているとするが、実際には、シリアの反政府勢力に対する攻撃であるとの見方が強い。
シリアのアサド政権は欧米陣営と対立している。
他方、ロシアはアサド政権を支持するスタンスを保持している。
シリア、イスラム国(ISIS)を取り巻く情勢は複雑で、遠く離れた日本では、その実情が分かりにくいが、ネット上に公開されている情報などをもとに、簡単に整理すると次のようなことになる。
http://barbarossa.red/syriancivilwar/
などを参照。
ISの活動が拡大し、欧米勢力がIS制圧を目的に行動を展開している一方、シリアのアサド政権もIS制圧を掲げていることから、欧米勢力はシリアのアサド政権に対する敵対姿勢を抑制する状況が続いてきた。
しかし、アサド政権は反政府勢力に対する非人道的な攻撃を展開しているとされ、これが欧米勢力の反アサド政権姿勢を生み出す背景になってきた。
宗派的な側面に注目すると、現在のイラク政権、イラン政権、アサド政権は、いずれもイスラム教シーア派に属する。
アサド政権はシーア派のなかのアラウィー派という少数派である。
ただし、シリア政府を支配しているのはバアス党であり、バアス党は、「アラビア語を話す者は宗教・宗派にかかわらず一つの民族である」というアラブ民族主義の考え方を取っており、バアス党はスンニ派もキリスト教徒も排除していない。
実際に、スンニ派などのアラウィー派以外の人材も議会、政党、軍、公務員などのポストについている。
2011年にチュニジア、エジプトで「アラブの春」と呼ばれる革命運動が勃発した延長上に、シリアでも反政府運動が発生し、「自由シリア軍」と呼ばれる反政府組織が形成された。
これに対してアサド政権は反政府勢力鎮圧に動いた。
「自由シリア軍」は統率力を失い、市民の支持を失っていった。
代わって登場したのが「ヌスラ戦線」というイスラム過激組織であったが、この組織がアル・カイーダ系統の組織であることが判明して支持を失った。
そのなかで2013年央にシーア派のイスラム組織であるレバノンのヒズボラが参戦した。
これに対して、アラブのスンニ派国家が反発を強め、シリア内の反体制派を支援したため、内乱が宗派対立の様相を強めた。
さらに、2014年入り後、イスラム国(ISIS)とシリア反政府勢力との衝突が激化した。
シリアの反政府勢力は、当初、イスラム国の台頭を容認していたが、ISISが反政府勢力を支配下に置こうとして内紛が広がったと見られる。
シリアのアサド政権はIS制圧の姿勢を強調するが、直接の標的としているのはシリア内の反政府勢力である。
米国はシリアのアサド政権を打倒するために、自由シリア軍などを支援し、同時に、ISの制圧を試みてきたとされるが、この計画はまったく効果を上げてこなかった。
ロシアはISを制圧するとの名目でシリアにおける空爆に踏み切ったが、その狙いはシリア内部の反政府勢力であると見られている。
このような図式のなかで今回のロシア機撃墜事件が発生した。
ロシアはIS制裁のための空爆を激化させる大義名分を確保したことになる。
イラクではフセイン政権が打倒されて、歴史上、初めてスンニ派支配がシーア派支配に転換した。
メソポタミア文明以来の大転換が生じたのである。
シーア派国家の中核はイランであり、サダト大統領のシリアが、分類上、シーア派支配ということになるから、ペルシャ湾から地中海にかけて、シーア派勢力による支配地域が確立される状況が生まれている。
これに対して、スンニ派国家の盟主がサウジアラビアである。
ISISはイラクのフセイン政権が打倒されて、その勢力が北部に逃げ延びて創設されたものであるとされる。
その最大の資金源はサウジアラビアであると言われている。
シーア派とスンニ派の宗派争いの側面を見落とせない。
他方、ISはイスラエルに対する攻撃をほとんど示していない。
イスラエルにとっては、イスラム勢力が一枚岩になってイスラエルに対峙する構図よりは、イスラム勢力が二分されて、闘争を展開することの方が、はるかに有利である。
さらに、米国の軍産複合体の最大関心事は、軍事紛争の火種が絶えないことである。
また、ロシアにとっては、原油価格の下落が国家経済の根幹を揺さぶるため、有事に伴う資源価格上昇はメリットが大きい。
複雑に絡み合う要因を洞察し抜かなければ、中東情勢を読み抜くことはできない。
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