近況報告”畑と番猫”
8月24日未明に起きたイタリア中部の大地震、
凄まじい傷跡を残しましたね。
耐震工事のなされていない古い建物ばかりだったとはいえ、
町が丸ごとごっそりと崩れ落ちている光景は、
津波のあのときの映像の衝撃には劣るにしても息をのみました。
1日に100幾つもの余震があったと聞き、やはりと頷きました、
大揺れに叫びながら家から飛び出してくる家族の姿をニュースで見て、
人ごとではなく心臓が縮み上がる思いでした。
熊本は今も依然揺れが続いています。
8月20日の段階で震度1以上の地震の回数が
前震の起きた4月14日以降2000回に達した・・そうで、
ギネスものです。
良くないことですけれどもだんだん慣れてきて、
多少の揺れには動じなくなりました。
大地震から4ヶ月半経ったのだから
もうあれだけ大きいものは来ないんじゃないかと、
甘いかも・・・ですが思い始めて、
先日、念のために梱包していた
割れやすい器やグラス類の紐を解いて食器棚に戻しました。
倒れた花瓶の水や仏壇から落ちた線香立ての飛び散った灰で
床が大変なことになったのに懲りて、
夜寝るときはそれらを箱に収め床に置くのが習慣になっていたのですが、
花瓶も線香立ても箱を出て、
いつものあるべき場所にあるようになりました。
ゆっくりと日常に戻りつつあります。
なんて言うと、
まだ避難所で生活されている方々や
暮らしを立て直すことが困難な方々に申しわけなく、気がふさぎます。
被災ペットの収容が限界を超えたとか、
動物園は再開のめども立たないなどと
気がかりなことの解決もほど遠く、
復旧復興はまだまだ道半ばで怒りのようなものが湧き上がります。
しかし取り敢えずここでは脳天気に、
そういう6月から8月の近況を報告させてください。
地震後はほとんどやる気の起こらなかった畑作業でした。
けれど、畑の助手である編集女史にお尻を叩かれ、
渋々ながら5月半ばに耕して、
ぎりぎりでしたが下旬には苗をひと揃い植えつけました。
下の写真はそれからひと月ほど経った6月半ばの畑です。
梅雨に入り土は黒々、
枝葉はにょきにょき育っているけれど、
まだすっきりした様子です。
去年初めて挑戦した“夏の畑”は初心者が陥りやすい失敗
─植え過ぎたため風通しが悪くなり虫が付き実が喰われる─を
見事に踏襲し、ひどいことになったのでした。
同じ轍は二度と踏まない決意で
今年の苗は種類も数もぐううんと絞った。
だからすっきり風通しの良い畑となったと思います。
今年は大好きな水前寺菜も植えてみました!
熊本特産の水前寺菜は、
新芽は生でサラダに、
育ったものは湯がいてお浸し、酢の物にしていただいています。
独特の青臭い匂いと味は時間の経過と共に薄らいでいくので、
毎日少しづつ採り立てを食べられたら幸せだと
探し回って見つけた苗でした。
なのに店の人は「水前寺菜は葉っぱを水に差すとすぐに根が出ますよ。
それを植えたら簡単に育つし」という意外な、
というか水を差すようなアドバイスをする。
わざわざここまで来ることはなかったということなのか。
香菜だけは雨除け風除け虫除け猫除けにネットを被せました。
ネットのトンネルは見た目が悪いけれど、
種蒔きなのでしばらくはひ弱な幼葉状態が続き、
その間ネットは必要になります。
東京ではネットなしのベランダ栽培を試みましたが
見事に風にやられました。
香菜は私の食卓には需要度の高いハーブ。
残念ながら熊本には常時扱っている店が少なく、
マイ畑での収穫に賭けに出たというわけなのです。
早くも実が付き色づき始めているこのトマト、
実は去年育てたトマトのこぼれ種から自力で育った頑張り屋です。
連作になるので味は落ちるかも知れませんが、
自力でここまで育っているのをそう邪険には出来ませんものね。
それで少しでも健やかに育つようにと、
この古株と今年購入のミニトマトの苗との間に
トマトのコンパニオンプランツであるバジルを育てています。
コンパニオンプランツというのは
近くに植えることで互いに虫除け効果が出る(といわれる)
植物同士のことです。
去年の虫喰いはひどかったので神頼み的に植えてみました。
6月半ばから7月半ばまで熊本には雨が降り続きました。
梅雨だから仕方ないとはいえ
毎日毎日ザーザーザーザー・・・呆れるほどに降りました。
庭やテラスのあちこちに茸が生え、
部屋のあちこちにも黴が生えました。
その間、もちろん畑仕事なんぞできません。
プロの農家さんなら
たとえ雨でも畑に出て作業されるのだろうけれど、
こちとら素人、それも超軟弱なオバサンであり、
雨の中の農作業など夢にも思わぬことなのです。
後に激甚災害に指定されたその豪雨は7月15日まで続き、
翌日パタッと梅雨明けを迎え、
それからいきなり
35度にもなろうかという猛暑の毎日が始まりました。
雨の日も畑作業は嫌でしたが、
猛暑日も負けず劣らず嫌に決まっています。
様々な理由を探して畑の手入れをグズグズ延ばします。
8月になると気温はさらに上がって36〜38度の連チャンとなり、
それはもう、暑いから嫌なんて段階でなく、
日中外で作業をすると死ぬかも知れないことになり、
これまた当然、
畑作業は放っぽらかしのままってことになったのです。
毎朝毎夕、部屋の中から、
雑草で混み合っていくマイ畑の混乱を眺めるだけでした。
これが8月20日の畑のボーボーたる様子です。
黄色いパプリカが見え隠れします。
よくよく見れば虫に喰われまくっていた。哀しい。
畑入口すぐ右の去年のこぼれ種から育ったトマトにも
たくさん実が付いているけれど、ほとんど虫に喰われている。
バジル効果まったくなし・・・というか、
バジル自体が原型を留めないまでに虫に喰われているんだもの、
・・・ったく、用をなさないとはこのことです。
この“マイ畑の崩壊”については
9月下旬発売の季刊誌『九州の食卓』秋号にも詳しく書きました。
よろしかったら読んで下さい。
さて、うちの玄関前で置物のようになっているこの黒猫は誰でしょう。
地震から10日ほど過ぎた頃、
見慣れぬ黒猫が庭に頻繁に現れるようになりました。
庭猫まみ一家のご飯を狙ってしつこいヤーサンのように
何度も何度も“黒い稲妻”的に襲撃して来ます。
そのたび激しいバトルとなりわあわあぎゃあぎゃあ大変な騒ぎ。
今にご近所から苦情が来るのではないかと
毎晩ハラハラさせられて体に悪いし、
もうこれ以上猫の世話は増やさないつもりでしたが仕方ありません、
黒猫にもきちんとしたねぐらと食事を与えようと決めました。
庭のまみ一家からなるべく離していたいので、
表の玄関脇の車庫の中を使うことにして、
テラスをうろつくヤツにお皿とドライフードの袋を見せ
「こっちだよ」と表のほうへ誘導すると、
たちの悪い無法者かと思っていましたが、
意外やものわかり良い表情(そう見えた)になり、
犬のように脇に付いて来るのです。
トットットッと、
嬉しいときのいわゆるトロットで私に添うように歩いている。
そのとき初めて全身を見ましたが、
まだまだ小ぶりで、若いようでした。
車庫の中に皿を置きカリカリを入れると、
小さな黒い頭を左右に揺すりながら一生懸命食べるのです。
いつもは盗み食いだからガツガツと焦って、
たぶん食べた心地はしなかったのではないでしょうか。
食べ終わると私を見上げ、
正気に戻ったようにサッと後ろに身を引きます。
そのとき右目から血のような液体が流れているのがわかりました。
涎も出ているので口の中にも傷があるのかも知れません。
どら、見せてごらん、と、
手を伸ばすと後ずさりするので触れませんが、
でもすぐに近づいて来るのでどこかしら触れ合いを求めている様子。
生粋のノラではないようです。
毛並みも艶やかだし、
飼い猫か地域猫だったのかも知れません。
居場所に異変があったのか、
パニックで外に逃げ出し行方不明になったのか。
目の怪我はその途中に負ったのか。
どうやら地震の被災猫のようで、
すると急にいじらしくなり、
家なき猫の問題が生じたときはいつも協力していただく
猫ボランティアさんに相談しました。
市の動物愛護センターに問い合わせたり
ネットの行方不明猫掲示板のチェックもしましたが、
それらしき「探してます!」は見つからなかった。
では、ということで7月4日捕獲して、
猫ボランティアさんに動物病院へ運んでもらい、
去勢手術と血液検査と目と口の中の怪我の処置を頼みました。
で、今こうして、堂々の車庫の住人として暮らしています。
車庫にいるから“雲助”と呼んでいます。
駕篭担ぎの“雲助”です。
玄関から出たり、外から帰ってきたりすると、
いつも車庫から半分だけ顔を覗かせて「みゃは」と啼きます。
それが「駕篭ですか?」と言っているようで笑えます。
玄関前で番をするのもお気に入り。
こうしたり・・・
こうもしたり・・・して、番猫を勤めています。
但し人が来ると真っ先に姿を消しますが。
いつも玄関前にいるので
表を通る人が「あら、黒ちゃんが」とか声を掛け覗かれていきます。
近くの大学の学生たちも「いるいる」と笑って指差して行く。
目立ち過ぎるのでときどき「ハウス!」と命令することもあります。
するとスゴスゴと車庫に戻る。犬みたいに!!!
うちに来て約4ヶ月。
車庫の住人としてすっかり落ち着いた雲助でござります。
やはり右目は傷ついていました。
きらきらした涙目を毎日ティッシュで拭いてやってます。
歯並びの悪い“ぶおとこ”ですが
そのせいかこざっぱりした顔になりました。
毎日一度は体ぜんたいをマッサージしてやります。
すると仰向けにひっくり返えり
フナムシのように両手両足を上げてわいわいするので
お腹も撫でてやります。
それが嬉しくて仕方ないようで、
私の手を両手で抱いたり甘噛みしたりします。
決して痛くしたり傷つけたりはしないので、
やはり生粋のノラではないと思われます。
とても人懐っこいのです。
車庫を出ようとすると「シャー」と言って足にしがみつく。
寂しがり屋でもあるらしい。
家猫にしてやりたいけれど、
家にはすでに古参猫が3匹いて不可。
かといって庭のまみ一家とは犬猿の仲だからいつも1匹。
戦争孤児の少年のような背中を撫でながら、
この寂しがり屋の黒猫に何とかやすらぎと人の愛を
与えてやれたらいいなあと思います。
流れる雲を眺めながら、
どこかに引き受けてくださる優しい方がいらっしゃったら、
いいなあと思っているのです。
凄まじい傷跡を残しましたね。
耐震工事のなされていない古い建物ばかりだったとはいえ、
町が丸ごとごっそりと崩れ落ちている光景は、
津波のあのときの映像の衝撃には劣るにしても息をのみました。
1日に100幾つもの余震があったと聞き、やはりと頷きました、
大揺れに叫びながら家から飛び出してくる家族の姿をニュースで見て、
人ごとではなく心臓が縮み上がる思いでした。
熊本は今も依然揺れが続いています。
8月20日の段階で震度1以上の地震の回数が
前震の起きた4月14日以降2000回に達した・・そうで、
ギネスものです。
良くないことですけれどもだんだん慣れてきて、
多少の揺れには動じなくなりました。
大地震から4ヶ月半経ったのだから
もうあれだけ大きいものは来ないんじゃないかと、
甘いかも・・・ですが思い始めて、
先日、念のために梱包していた
割れやすい器やグラス類の紐を解いて食器棚に戻しました。
倒れた花瓶の水や仏壇から落ちた線香立ての飛び散った灰で
床が大変なことになったのに懲りて、
夜寝るときはそれらを箱に収め床に置くのが習慣になっていたのですが、
花瓶も線香立ても箱を出て、
いつものあるべき場所にあるようになりました。
ゆっくりと日常に戻りつつあります。
なんて言うと、
まだ避難所で生活されている方々や
暮らしを立て直すことが困難な方々に申しわけなく、気がふさぎます。
被災ペットの収容が限界を超えたとか、
動物園は再開のめども立たないなどと
気がかりなことの解決もほど遠く、
復旧復興はまだまだ道半ばで怒りのようなものが湧き上がります。
しかし取り敢えずここでは脳天気に、
そういう6月から8月の近況を報告させてください。
地震後はほとんどやる気の起こらなかった畑作業でした。
けれど、畑の助手である編集女史にお尻を叩かれ、
渋々ながら5月半ばに耕して、
ぎりぎりでしたが下旬には苗をひと揃い植えつけました。
下の写真はそれからひと月ほど経った6月半ばの畑です。
梅雨に入り土は黒々、
枝葉はにょきにょき育っているけれど、
まだすっきりした様子です。
去年初めて挑戦した“夏の畑”は初心者が陥りやすい失敗
─植え過ぎたため風通しが悪くなり虫が付き実が喰われる─を
見事に踏襲し、ひどいことになったのでした。
同じ轍は二度と踏まない決意で
今年の苗は種類も数もぐううんと絞った。
だからすっきり風通しの良い畑となったと思います。
今年は大好きな水前寺菜も植えてみました!
熊本特産の水前寺菜は、
新芽は生でサラダに、
育ったものは湯がいてお浸し、酢の物にしていただいています。
独特の青臭い匂いと味は時間の経過と共に薄らいでいくので、
毎日少しづつ採り立てを食べられたら幸せだと
探し回って見つけた苗でした。
なのに店の人は「水前寺菜は葉っぱを水に差すとすぐに根が出ますよ。
それを植えたら簡単に育つし」という意外な、
というか水を差すようなアドバイスをする。
わざわざここまで来ることはなかったということなのか。
香菜だけは雨除け風除け虫除け猫除けにネットを被せました。
ネットのトンネルは見た目が悪いけれど、
種蒔きなのでしばらくはひ弱な幼葉状態が続き、
その間ネットは必要になります。
東京ではネットなしのベランダ栽培を試みましたが
見事に風にやられました。
香菜は私の食卓には需要度の高いハーブ。
残念ながら熊本には常時扱っている店が少なく、
マイ畑での収穫に賭けに出たというわけなのです。
早くも実が付き色づき始めているこのトマト、
実は去年育てたトマトのこぼれ種から自力で育った頑張り屋です。
連作になるので味は落ちるかも知れませんが、
自力でここまで育っているのをそう邪険には出来ませんものね。
それで少しでも健やかに育つようにと、
この古株と今年購入のミニトマトの苗との間に
トマトのコンパニオンプランツであるバジルを育てています。
コンパニオンプランツというのは
近くに植えることで互いに虫除け効果が出る(といわれる)
植物同士のことです。
去年の虫喰いはひどかったので神頼み的に植えてみました。
6月半ばから7月半ばまで熊本には雨が降り続きました。
梅雨だから仕方ないとはいえ
毎日毎日ザーザーザーザー・・・呆れるほどに降りました。
庭やテラスのあちこちに茸が生え、
部屋のあちこちにも黴が生えました。
その間、もちろん畑仕事なんぞできません。
プロの農家さんなら
たとえ雨でも畑に出て作業されるのだろうけれど、
こちとら素人、それも超軟弱なオバサンであり、
雨の中の農作業など夢にも思わぬことなのです。
後に激甚災害に指定されたその豪雨は7月15日まで続き、
翌日パタッと梅雨明けを迎え、
それからいきなり
35度にもなろうかという猛暑の毎日が始まりました。
雨の日も畑作業は嫌でしたが、
猛暑日も負けず劣らず嫌に決まっています。
様々な理由を探して畑の手入れをグズグズ延ばします。
8月になると気温はさらに上がって36〜38度の連チャンとなり、
それはもう、暑いから嫌なんて段階でなく、
日中外で作業をすると死ぬかも知れないことになり、
これまた当然、
畑作業は放っぽらかしのままってことになったのです。
毎朝毎夕、部屋の中から、
雑草で混み合っていくマイ畑の混乱を眺めるだけでした。
これが8月20日の畑のボーボーたる様子です。
黄色いパプリカが見え隠れします。
よくよく見れば虫に喰われまくっていた。哀しい。
畑入口すぐ右の去年のこぼれ種から育ったトマトにも
たくさん実が付いているけれど、ほとんど虫に喰われている。
バジル効果まったくなし・・・というか、
バジル自体が原型を留めないまでに虫に喰われているんだもの、
・・・ったく、用をなさないとはこのことです。
この“マイ畑の崩壊”については
9月下旬発売の季刊誌『九州の食卓』秋号にも詳しく書きました。
よろしかったら読んで下さい。
さて、うちの玄関前で置物のようになっているこの黒猫は誰でしょう。
地震から10日ほど過ぎた頃、
見慣れぬ黒猫が庭に頻繁に現れるようになりました。
庭猫まみ一家のご飯を狙ってしつこいヤーサンのように
何度も何度も“黒い稲妻”的に襲撃して来ます。
そのたび激しいバトルとなりわあわあぎゃあぎゃあ大変な騒ぎ。
今にご近所から苦情が来るのではないかと
毎晩ハラハラさせられて体に悪いし、
もうこれ以上猫の世話は増やさないつもりでしたが仕方ありません、
黒猫にもきちんとしたねぐらと食事を与えようと決めました。
庭のまみ一家からなるべく離していたいので、
表の玄関脇の車庫の中を使うことにして、
テラスをうろつくヤツにお皿とドライフードの袋を見せ
「こっちだよ」と表のほうへ誘導すると、
たちの悪い無法者かと思っていましたが、
意外やものわかり良い表情(そう見えた)になり、
犬のように脇に付いて来るのです。
トットットッと、
嬉しいときのいわゆるトロットで私に添うように歩いている。
そのとき初めて全身を見ましたが、
まだまだ小ぶりで、若いようでした。
車庫の中に皿を置きカリカリを入れると、
小さな黒い頭を左右に揺すりながら一生懸命食べるのです。
いつもは盗み食いだからガツガツと焦って、
たぶん食べた心地はしなかったのではないでしょうか。
食べ終わると私を見上げ、
正気に戻ったようにサッと後ろに身を引きます。
そのとき右目から血のような液体が流れているのがわかりました。
涎も出ているので口の中にも傷があるのかも知れません。
どら、見せてごらん、と、
手を伸ばすと後ずさりするので触れませんが、
でもすぐに近づいて来るのでどこかしら触れ合いを求めている様子。
生粋のノラではないようです。
毛並みも艶やかだし、
飼い猫か地域猫だったのかも知れません。
居場所に異変があったのか、
パニックで外に逃げ出し行方不明になったのか。
目の怪我はその途中に負ったのか。
どうやら地震の被災猫のようで、
すると急にいじらしくなり、
家なき猫の問題が生じたときはいつも協力していただく
猫ボランティアさんに相談しました。
市の動物愛護センターに問い合わせたり
ネットの行方不明猫掲示板のチェックもしましたが、
それらしき「探してます!」は見つからなかった。
では、ということで7月4日捕獲して、
猫ボランティアさんに動物病院へ運んでもらい、
去勢手術と血液検査と目と口の中の怪我の処置を頼みました。
で、今こうして、堂々の車庫の住人として暮らしています。
車庫にいるから“雲助”と呼んでいます。
駕篭担ぎの“雲助”です。
玄関から出たり、外から帰ってきたりすると、
いつも車庫から半分だけ顔を覗かせて「みゃは」と啼きます。
それが「駕篭ですか?」と言っているようで笑えます。
玄関前で番をするのもお気に入り。
こうしたり・・・
こうもしたり・・・して、番猫を勤めています。
但し人が来ると真っ先に姿を消しますが。
いつも玄関前にいるので
表を通る人が「あら、黒ちゃんが」とか声を掛け覗かれていきます。
近くの大学の学生たちも「いるいる」と笑って指差して行く。
目立ち過ぎるのでときどき「ハウス!」と命令することもあります。
するとスゴスゴと車庫に戻る。犬みたいに!!!
うちに来て約4ヶ月。
車庫の住人としてすっかり落ち着いた雲助でござります。
やはり右目は傷ついていました。
きらきらした涙目を毎日ティッシュで拭いてやってます。
歯並びの悪い“ぶおとこ”ですが
そのせいかこざっぱりした顔になりました。
毎日一度は体ぜんたいをマッサージしてやります。
すると仰向けにひっくり返えり
フナムシのように両手両足を上げてわいわいするので
お腹も撫でてやります。
それが嬉しくて仕方ないようで、
私の手を両手で抱いたり甘噛みしたりします。
決して痛くしたり傷つけたりはしないので、
やはり生粋のノラではないと思われます。
とても人懐っこいのです。
車庫を出ようとすると「シャー」と言って足にしがみつく。
寂しがり屋でもあるらしい。
家猫にしてやりたいけれど、
家にはすでに古参猫が3匹いて不可。
かといって庭のまみ一家とは犬猿の仲だからいつも1匹。
戦争孤児の少年のような背中を撫でながら、
この寂しがり屋の黒猫に何とかやすらぎと人の愛を
与えてやれたらいいなあと思います。
流れる雲を眺めながら、
どこかに引き受けてくださる優しい方がいらっしゃったら、
いいなあと思っているのです。
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