「老害」と言われない為に、これから意識すべきこと
「老害」と言われない為に、これから意識すべきこと
頭の固い高齢者を揶揄して「老害」というキーワードを耳にする機会は年々増えてきている気がする。
それは、日本社会の少子高齢化が進行し、若い世代の負荷が高まっていることを示しているのかもしれない。
しかし、理由はそれだけではないと思う。
ちょうど先日、コテンラジオで「老いと死」をテーマにしたシリーズが始まった。
その中で、「老人」に対する社会の扱いは、あくまで社会背景によって変化してきた。という歴史的系譜を知った。
簡単にお伝えすると、大きく2つに分けて考えることができる。
・ストック型社会
知識や経験を蓄積することで構成される社会。つまり、狩猟採集を中心とした社会や宗教が権威を持つ社会などが、これに該当し、この社会では「老人」は尊敬・尊重される。(ただ、これもあくまで、知識や経験、実績を持つ老人に限られるという話)
・フロー型社会
新しい文化や技術の発展によって構成される社会。つまり、ルネッサンスなどの新しい文化が花開く時期や、産業革命などの新しい技術革新といった過去の知識や経験とは、異なる性質を持つ社会変化の時期を指す。当然、この社会では、変化に対応しきれない「老人」たちは、迫害の対象になっていたようだ。
さて、この話を聞いて僕が思ったことは、現代は完全に、また過去に類を見ないほどのフロー型社会であると思った。少子高齢化に加え、この目まぐるしい変化対応が求められる時代において、「老人」という立場が不利であることは、間違いない。
また、今後僕らが生きていく直近の未来で、社会がストック型に変わることはほぼないだろう。つまり、ますます「老人」というのは、増えていく一方で歓迎されない立場となっていくことが予想される。
それを踏まえた上で、知力・体力の衰えは仕方ないかもしれない。しかし、これは完全に僕の主観だが、せめて以下のようなマインド面の持ち方が大切なのだと思う。
- 新しいことへの挑戦をやめない
- 年少者から学ぶ
- 自分のもつスキルで実績を出し続ける
人生100年時代、僕らの寿命は延びる一方だが、よりよく生きる為には、より謙虚かつストイックな姿勢が求められるのだと思う。