自分をアップデートしてくれる「買物体験」について考えた。
自分をアップデートしてくれる「買物体験」について考えた。
「知識や教養」
これらを得たいと思った時、どのような方法があるだろうか?
- 本を読んで勉強する
- セミナーを受ける
もちろん、そういった座学のような方法もあるだろう。
だが、僕の場合は「買物体験」によって学ぶというスタイルが、とても効果的かつ効率的だと思っている。
僕は、靴・車・時計・ウィスキーなどが好きだ。
そして、それらを手に入れる為の「買物体験」を通して、そのジャンルやアイテム固有のものに留まらず、幅広い「知識や教養」を獲得することができたと思っているし、これからもそうしていきたいと思っている。
その幅広い「知識や教養」とは、例えば、1つの商品に注目としたとしても、
- 商品が生まれた歴史的背景
- 商品が流通している経済的背景
- 商品を売る為の経営的背景
など様々な側面から示唆を得ることができると思っている。
今回の記事では、自分をアップデートしてくれる「買物体験」というテーマを掘り下げて考えていきたい。
アップデートにつなげる為の3つの条件
「買物体験」が自分にとって価値をもたらしてくれるかどうか?は、その人が持っている資産や財産の額とは。全く関係がないと思っている。
とんでもない額のお金を持っていて、とても高額なモノを買ったとしても、それに対して、何も考えずに、何の関心もなく、買っているのだとしたら、それは何の価値もない浪費に過ぎないと思う。
一方で、それほど高額ではないにしろ、しっかりと考えて、関心を払って購入したものは、その本人にとっては特別な価値のものになると思う。
自分にとって価値をもたらしてくれる「買物体験」に必要な、考えることや関心を持つこととは、どういうことなのか?の具体的なポイントを押さえながら見てきたい。
セルフイメージを高める
買物というのは大前提として、「何かを欲しい」という感情から生まれると思う。
ここで、大切なことは「なぜ、自分が欲しいと思ったのか?」という理由を突き詰めて考えることだ。
最初のきっかけは、芸能人が持っているのを見たとか、友人にすすめられたとか、そのような理由だろう。しかし、その背景には必ず、それを手に入れてこうなりたい!という自分のセルフイメージが存在するはずなのだ。
例えば、友人が持っている大型のSUVに乗せてもらった時、車そのもののカッコよさもさることながら、それが自分の生活にあった時のイメージを膨らませることで、日々のドライブの快適性による心のゆとりや、休日に行ける場所の選択肢が増えることによる経験の広がりを考えることができるだろう。
そのようなセルフイメージを高めることが、買物に対する関心やモチベーションを高めてくれるものになるだろう。
多面的な比較検討を行う
直感的な「欲しい!」という気持ちも非常に大切で、尊いものだ。
しかし、それが本当に自分にとってベストなものか?を検討する必要は必ずある。
- 同じくらいの価格でもっと性能やデザインがよいものはないか?
- 同じくらいの性能やデザインでもっと価格が安いものはないか?
- 少し性能やデザインを上げると価格はどのくらいあがるのか?
- 最上級と中級と下級にはどの程度の差があるのか?
- 商品特性上、どこが価格の決め手になっているのか?
- 自分が譲れないポイントはどこか?
これらの項目を、専門紙を読んだり、店の店員さんから話を聞いたりして多面的な視点でしっかり比較検討するプロセスは、とても大切だ。
このプロセスを経ることの一番の効能は、そのカテゴリや商品全般に渡る「全体像を知ることができる」ということだと思う。
そのような基礎的な知識を体系的に習得することで、自分の中でアンテナをつくることができる。
このアンテナができると、これまで流していたようなTVや雑誌の特集、何気ない周囲での会話などの見え方、聞こえ方がまるで違ってくる。
まず、その情報の有益性が理解できる。(普通のことを言っているのか?価値ある希少な情報について言っているのか?)
そして、もう一つは理解と記憶の定着につながる。(関心があるので理解に努めるし、復習にもなるので記憶に定着する)
身銭を切る
自分で選び抜いたものは、人に買ってもらってはいけない。また、遺産相続やギャンブルなどで偶然転がり込んできたお金で買ってもいけない。そんな風に思っている。
自分がしっかり時間をかけて稼いで貯めてきたお金で買うべきだと思っている。
それは、精神論でもなんでもなく、人はどうしても簡単に手に入れてしまったものは、簡単に手放してしまうからだ。つまり、買うことそのものがゴールになってしまうのだ。
自分をアップデートしてくれる「買物体験」というのは、買ってからがスタートだと思っている。覚悟を持って購入し、真剣に向き合い、使っていく、その中にこそ学びがあるのだと思う。
身銭を切るというのは、表向きには商品を購入代ではあるのだが、本質的にはそれを使っていく中で得られる「知識や教養」の勉強代だと僕は思っている。
また、それは自分のウォレットシェアのどれだけを占めるか?というのも大切なポイントだ。
つまり、全財産が1万円の中学生が買う8千円のスニーカーと、全財産が1000万円のビジネスマンが買う10万円のスニーカーでは、どちらが本人にとってのインパクトが強いかという話である。
それは当然、前者だろう。記憶の残り方や、愛着は全く異なるはずだ。
単純にウォレットシェアに対する金額を吊り上げれば良いという話ではないが、大切なのは、身の丈よりも少し背伸びをすることや、手に汗握るほどの緊張するといった「経験」なのだと僕は思う。この「経験」によって決まる覚悟もあるはずだろう。
まとめ
ここまで、「何かを買う」までのプロセスをメインに綴ってきたが、このプロセスを経ることで得られる最大の副産物は、人間関係だと思う。
興味が重なる人同士はつながりを求めるし、その興味が深いほどつながりも深まり、活動の範囲やステージが広がっていく。
そして、そのつながりからまた新たな興味や関心を得ることができる。
このサイクルの繰り返しこそが、まさに幅広い「知識や教養」なのではないかと感じている。