方程式というパラダイム『世界を変えた17の方程式』
地図の作成からGPSナビゲーション、CDやテレビ、原爆や優生学やデリバティブなど、善し悪しともかく現在の世界を作り上げた「方程式」が主役の話。
著者はイアン・スチュワート。数学の本質が抽象化であることをユニークに示した『分ける・詰め込む・塗り分ける』や、生物学を塗り替えようとする現代数学に迫る『数学で生命の謎を解く』など、少なくともわたしにとっては歯ごたえありまくりの、しかし深い知見と新たな視線が得られる良本を書いている。
著者曰く、「方程式は、数学、科学、工学のいわば血液である」。もちろん数式よりも、「言葉」の方が一般的で強力だろう。だが、科学や工学からすると、言葉はあまりに不正確で限界がある。言葉だけでは、人間レベルの前提が立ちふさがり、ノイズが多すぎる。そのため、根本的な理解や洞察を得ることができないが、方程式ならできる。方程式は何千年ものあいだ、人類文明の一番の推進役だったという。
出てくる方程式は、おなじみのピタゴラスの定理をはじめ、対数、微積分、トポロジーなど純粋数学のもの、正規分布や波動方程式など数学を応用したもの、ニュートンの重力の法則や量子力学のシュレーディンガー方程式など自然科学の法則を表したもの、さらには、経済の新たな趨勢と破局のきっかけとなった強烈な奴まで含まれている。
どの方程式に対しても、下記を共通して解説してくれる。おかげで、わたしの頭ではレベルの高すぎても、大づかみすることができる。
・方程式に出てくる記号のそれぞれの意味
・その方程式が何を表わしているのか
・なぜその方程式が重要なのか
・そこから何が導かれたのか
では、方程式とその説明が延々と続くのかというと、違う。ここからがイアン・スチュワートの真骨頂で、様々なエピソードを繰り出しては、方程式が人々の「考え方」に与えたインパクトや、覆された“常識”をあぶりだす。
例えば、正規分布の章。良いモデルだからといって鐘型曲線を前提とし、IQを人間の能力の正確な測定値とみなす考え方を批判する。「現実の抽象化⇒モデリング」は、物理科学では重要だが、社会科学でモデルと現実と一緒くたにする傾向に警鐘を鳴らす。遺伝や人種と知性との関係という微妙な問題に踏み込み、優生学や移民規制の問題まで拡張する。数学は強力な道具であり、使い方を誤ると恐ろしい結果を招くことがよく分かる(数学は嘘を吐かないが、嘘吐きが数学を使う)。
あるいは、波動方程式の章。わたしの頭では波動方程式を読み解くまでには至らなかったが、「音楽は文化である」一つの証拠を手に入れた。それは、振動数が単純比でないsin波を重ね合わせると、「うなり」と呼ばれる効果が生じる説明にあった。波形が「ギザギザ」なのに、なぜハーモニーをなして聞こえるのか?著者は、「入ってくる音に対し耳自身も振動するから(結果的に調和を為す)」という理由の他に、「耳は最も頻繁に聞こえる音に適応する」という説明をする。
それはこうだ。耳から脳への神経接合よりも、脳から耳への神経接合のほうが多く存在するため、脳のほうが、入ってきた音に対する耳の反応に合わせるというのだ。つまり、どんな音を調和していると考えるかは、どんな音を頻繁に聞いているか、即ち文化的側面によるところが大というわけ。
他にもまだある。アメリカのサブプライムローン問題を発端とし、世界金融危機を招いたブラック=ショールズ方程式や、3.11の福島原発事故に深く関わる対数式など、数式事態はなじみ薄だが、実は極めて今日的な方程式が出てくる。方程式は、見えないどころか、あらゆるところで応用されており、わたしたちの考え方そのものもがっちり規定してしまっていることが、よく分かる。
人類の進歩を17の方程式で語った物語、ご堪能あれ。
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