大人のための数学「変化する世界をとらえる」
やりなおし数学シリーズ。
ガチャピンの名言に、こんなものがある→「すごい!うみには、ふしぎな生き物がたくさんいるね」。うむ、きみのほうがよっぽど不思議だ。同様に、微積分を易しくかみ砕きながら、「sinを追いかけるcos波の高さが、sin波の(接線の)傾きだということは、不思議だよね」という著者に、同じセリフを贈ろう。
数学のプロフェッショナルでありながら、同時に数学へのワンダーを口にする、いわゆる「天然」なのだろうか。あるいは逆で、その「不思議さ」を感じ取れるように人だからこそ、数学の第一人者となったのだろうか。さておき、今回も愉しい数学の復習だった。わたしが高校生だったころ、微積分あたりから授業のペースについていけず、理解ではなく暗記ばかりでテストを乗り切っていた。その復習をしているだけで、なぜこんなにも面白いのか。
まず、分かるまでくりかえす姿勢だろう。単に数式の操作だけで証明するのではなく、メタファーと例えを重ねることで、実感として納得させようとする。さらに、「○○は明らかだから」とサラりと流さず、しつこいくらいにやり直して考えさせようとする。微分・積分、三角関数、指数・対数、導関数……やっていることは数IIA(って今でもあるのかな?)のおさらいなのだが、分かりやすさは半端ない。そして、本質が分かった瞬間の快感は射精感に近いものがある。
たとえば、自然対数の底(てい)をあらわした指数関数の感覚を、次のように想像させる。y=e^x のxに対する近似値をとるのだ。
x が
1,5
10
20
50
となるにつれて、y=e^x の値は、
2.7
148.4
22026
485165000
5100000000000000000000
と、途轍もない値をとる。これは、グラフを見て想像する度合いをはるかに超えている。この「途方もなさ」感覚は、著者の手にかかるとこうなる。
1cm の目盛のグラフ用紙を使った場合、 x=10 のときの y=e^x のグラフの高さは 220m となり、 x=20 になると 5000km に近づく。これは、子午線に沿って赤道から北極までの半分くらいの距離になる。そして、 x=50 になると、地球から銀河系の近くに達するくらいまでの距離になるもちろん実証的に数式を分析する手は抜かないが、その一方でこのような感覚的な把握を促すような「たとえ」を用いてくれる。おかげで、微分と積分の本質がようやく理解できた。微分も積分も、変化する世界を測定する方法だったんだね。微分は瞬間(一点)を、積分は積上げで全体をとらえようとするアプローチの仕方が異なるだけで、やろうとしていることは同じだ。
つぎに、数学は自由だ、というメッセージがビシバシ伝わってくるところ。教科書だと定理を導いたり証明したりして、はい、お終いになる。しかし本書だと、別のアプローチや、異なる概念の結びつきを重視する。例えば、sinを微分するとcosになることについて。ふつうは加法定理で示すらしいが、本書ではもっと直感的に、単位円上にsin(x)とsin(x+h)を記し、相似となる三角形から導き出す(p.70)。hがだんだん小さくなるにつれ、三角形が相似形になる様子が鮮明に浮かんでくる、すばらしい説明だった。
ちなみに、「一般的な加法定理」のほうは、本書にはない(googleって分かったのだが、習ったはずだが忘れてた)。思い出すためには余弦定理(参考 : KIT数学ナビゲーション)まで遡る必要があった……このリンク先のサイトが典型的で、「数学的に正しい」ことを追求するあまり、無味乾燥な数式の羅列となっている。これらは簡潔で美しいともいえるが、追いかけるのは耐えがたい「作業」で、久々に数学の「辛さ」を思い出す。メタファーに満ち溢れた本書とは対照的だな。
つまりこうだ。教科書的なやり方だと、sinの微分を求めるために、加法定理を使う。加法定理を使うためには余弦定理を、余弦定理を使うためにはピタゴラスの定理を理解する必要がある……積上方式なんだ。学校の数学とは巨大なピラミッドで、下のほうの石が不安定だと、崩れてしまう。これを、「教科書に載っているということは、どうせ"正しい"ことなんでしょ」と割り切って、基礎を「覚え」てしまうこともできる。すると、安定はするが、積み上がるものは限られてくる。
いっぽう、本書の方法は違う。もちろんsin、cosの基礎はキチっと説明するが、あとはより図形的で感覚的なアプローチを用いる。本書の目標、つまり「微分と積分の本質を伝える」があるのだから、そこへ到る楽しいルートをたどる。面白くないわけがないのだ。
思い起こすと、数学の授業は、いわゆるペースメーカーだった。質問したり「不思議」を感じる場ではなかった。デキる奴はさっさと大数(大学への数学)を進め、デキない奴は青チャートの暗記、そしてオチコボレは内職に精を出す。分かることよりも、(問題が)できることの方が優先された。理解よりもテクニックが優先され、それがよしとされていた。
「分からなかった」のは、時間が足りなかったから(と弁明したい)。制限時間内で問題を解くのが数学ではない。自分のペースで探索し、すでに解決された定理を自らの手で再解決する「エウレカ!」を味わう。どうしても分からなければ、いったん飛ばして、あとで戻ってこればいいんだ。まわり道も無問題だし、道草上等、そんな数学が欲しかった。
それをかなえてくれるのが、結城浩「数学ガール」と志賀浩二「大人のための数学」シリーズ。期末テストもセンター試験もないのだから、ゆっくり、じっくり、つきあっていこう。これは、暗記暗記で逃げていたわたしへの、ささやかな復讐なのだから。でも、この復讐、楽しすぎるんだけどww
大人のための数学シリーズは、以下の通り。
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コメント
個人的な興味としてDainさんがオイラーの公式を評するとどうなるかが気になってます。
まだ、学生の身分ですがオイラーの公式を理解したとき脳汁があふれ出しました。
この快感をDainさんはなにに例えるか楽しみに待ってます。
投稿: todono | 2010.01.13 16:58
>>todonoさん
「数学ガール」で触れてはいるのですが、理解へは程遠いです。i と π が同じ式に表れることの不思議さはあるのですが、美しさや快楽を感じるには精進が必要なのかも。楽しみにしてゆっくり行きます。
投稿: Dain | 2010.01.14 07:02