諫早湾干拓事業訴訟:佐賀地裁判決(要旨)
有明海沿岸4県の漁業者ら約2500人が国を相手取り国営諫早湾干拓事業(諫干)による潮受け堤防排水門の常時開門などを求めた諫干開門訴訟で佐賀地裁が27日言い渡した判決の要旨は次の通り。
1 漁業権または漁業を営む権利に基づく妨害予防及び妨害排除請求の可否について
(1)現行漁業法のもとにおける漁業権においては、組合員の地位は、いわば社員権的権利にすぎないから、漁業権自体が個々の組合員に帰属すると解することは困難である。
(2)漁業法8条1項の定める漁業行使権は、物権的性格を有し、第三者がその権利の存在を争いまたは権利行使の円満な状態を侵害したときには、組合員はその第三者に対し妨害予防請求権や妨害排除請求権を行使することができる。
2 人格権、環境権及び自然享有権に基づく請求の可否について
略
3 有明海における環境変化と本件事業との因果関係の有無について
(1)本件潮受け堤防の閉め切りの前後で明らかに変化が認められる環境要因としては、諫早湾、有明海湾奥部及び熊本県海域における赤潮の年間発生期間等の増大があるものの、赤潮の増大については、消去法によりその原因を特定できるほどに科学的知見の集成が行われていない。
その余の点についても、結局のところ、全体として潮受け堤防の閉め切り前のデータが不足しており、閉め切りによる環境因子に対する暴露(閉め切り後)群と非暴露(閉め切り前)群の統計的有意差及び相対的危険度・寄与危険割合を確証する方法がなく、量と効果の条件や消去の条件を定量的に示すことはできないから、本件潮受け堤防の閉め切りと有明海の環境変化について因果関係を認めることは困難であり、高度の蓋然(がいぜん)性をもって認定するのは困難といわざるを得ない。
もっとも潮受け堤防の閉め切りと諫早湾内及びその近傍場の環境変化との間の因果関係は、相当程度の蓋然性の立証はされているというべきである。
(2)現状において、中・長期開門調査を除いて、本件潮受け堤防による影響を軽減した状況における観測結果及びこれに基づく科学的知見を得る手段は見いだし難いにもかかわらず、漁民原告らにとって、被告管理にかかわる本件各排水門の操作を行うことができないのは明らかである上、多大な人員費用の負担を必要とする有明海の海況に関する詳細な調査を漁民原告らに要求することも酷に過ぎるから漁民原告らにこれ以上の立証を求めることは、もはや不可能を強いるものといわざるを得ない。
これに対し被告は、本件各排水門を管理している上、信頼性の高い観測を行うための人員や費用を負担し得ることは明らかであり、また中・長期開門調査は、諫早湾内の流動を回復させるなどして本件事業と有明海における環境変化との因果関係に関する知見を得るための調査として有用性が一応認められており、その実施についても不可能を強いるものではない。
加えて、第1次仮処分決定における抗告審や公調委からも、中・長期開門調査等の実施を求められていることに照らせば、とりわけ、原告らにより、相当程度の蓋然性の立証がされている、諫早湾内及びその近傍場の環境変化に関する限りは、被告が中・長期開門調査を実施して上記因果関係の立証に有益な観測結果及びこれに基づく知見を得ることにつき協力しないことは、もはや立証妨害と同視できると言っても過言ではなく、訴訟上の信義則に反するものといわざるを得ない。したがって、被告において、信義則上、中・長期の開門調査を実施して、因果関係がないことについて反証する義務を負担しており、これが行われていない現状においては、諫早湾内及びその近傍場の環境変化と本件事業との間に因果関係を推認することが許されるというべきである。
もっとも、上記推認は、現時点での科学的知見及び被告が中・長期開門調査を実施していない現状を前提とするものであり、上記推認の基礎とした事情が今後変化する可能性があることは当然に予測されるところである。
そして、中・長期開門調査による観測・現地調査については、予備的請求のうち、上記推認の基礎とした事情が継続することが予測される5年間に限り本件各排水門を開放する限度で認容できる。
4 漁業被害と本件事業との間の因果関係の有無について
(1)略
(2)本件事業は、諫早湾内及びその近傍場においては、魚類の漁船漁業並びにアサリ採取または養殖漁業の漁業環境を悪化させていると認められる。
その余の漁業については、本件事業により漁業環境の悪化が生じているとは認められない。
5 本件潮受け堤防の閉め切りの公共性の有無について
潮受け堤防が発揮している防災機能等については新たな工事を施工すれば代替しうる。農業生産についても、漁業行使権の侵害に対して、優越する公共性ないし公益上の必要性があるとは言い難い。
防災機能等を代替するための工事には短くとも3年間の工期を必要とすることも考慮すれば、原告らは本判決確定の日から3年間は本件各排水門の開放を求めることはできない。
6 原告らの中・長期開門調査に対する期待権侵害の有無について
略
7 結論
(1)よって、主文のとおり判決する。
(2)なお、本件訴訟は、中・長期の開門調査自体を求めるものではなく、もとより本判決もこれを直接的に命じるものではないが、当裁判所としては、本判決を契機に、すみやかに中・長期の開門調査が実施されて、その結果に基づき適切な施策が講じられることを願ってやまない。
(出所:毎日新聞 2008年6月28日 東京朝刊)
有明海沿岸4県の漁業者ら約2500人が国を相手取り国営諫早湾干拓事業(諫干)による潮受け堤防排水門の常時開門などを求めた諫干開門訴訟で佐賀地裁が27日言い渡した判決の要旨は次の通り。
1 漁業権または漁業を営む権利に基づく妨害予防及び妨害排除請求の可否について
(1)現行漁業法のもとにおける漁業権においては、組合員の地位は、いわば社員権的権利にすぎないから、漁業権自体が個々の組合員に帰属すると解することは困難である。
(2)漁業法8条1項の定める漁業行使権は、物権的性格を有し、第三者がその権利の存在を争いまたは権利行使の円満な状態を侵害したときには、組合員はその第三者に対し妨害予防請求権や妨害排除請求権を行使することができる。
2 人格権、環境権及び自然享有権に基づく請求の可否について
略
3 有明海における環境変化と本件事業との因果関係の有無について
(1)本件潮受け堤防の閉め切りの前後で明らかに変化が認められる環境要因としては、諫早湾、有明海湾奥部及び熊本県海域における赤潮の年間発生期間等の増大があるものの、赤潮の増大については、消去法によりその原因を特定できるほどに科学的知見の集成が行われていない。
その余の点についても、結局のところ、全体として潮受け堤防の閉め切り前のデータが不足しており、閉め切りによる環境因子に対する暴露(閉め切り後)群と非暴露(閉め切り前)群の統計的有意差及び相対的危険度・寄与危険割合を確証する方法がなく、量と効果の条件や消去の条件を定量的に示すことはできないから、本件潮受け堤防の閉め切りと有明海の環境変化について因果関係を認めることは困難であり、高度の蓋然(がいぜん)性をもって認定するのは困難といわざるを得ない。
もっとも潮受け堤防の閉め切りと諫早湾内及びその近傍場の環境変化との間の因果関係は、相当程度の蓋然性の立証はされているというべきである。
(2)現状において、中・長期開門調査を除いて、本件潮受け堤防による影響を軽減した状況における観測結果及びこれに基づく科学的知見を得る手段は見いだし難いにもかかわらず、漁民原告らにとって、被告管理にかかわる本件各排水門の操作を行うことができないのは明らかである上、多大な人員費用の負担を必要とする有明海の海況に関する詳細な調査を漁民原告らに要求することも酷に過ぎるから漁民原告らにこれ以上の立証を求めることは、もはや不可能を強いるものといわざるを得ない。
これに対し被告は、本件各排水門を管理している上、信頼性の高い観測を行うための人員や費用を負担し得ることは明らかであり、また中・長期開門調査は、諫早湾内の流動を回復させるなどして本件事業と有明海における環境変化との因果関係に関する知見を得るための調査として有用性が一応認められており、その実施についても不可能を強いるものではない。
加えて、第1次仮処分決定における抗告審や公調委からも、中・長期開門調査等の実施を求められていることに照らせば、とりわけ、原告らにより、相当程度の蓋然性の立証がされている、諫早湾内及びその近傍場の環境変化に関する限りは、被告が中・長期開門調査を実施して上記因果関係の立証に有益な観測結果及びこれに基づく知見を得ることにつき協力しないことは、もはや立証妨害と同視できると言っても過言ではなく、訴訟上の信義則に反するものといわざるを得ない。したがって、被告において、信義則上、中・長期の開門調査を実施して、因果関係がないことについて反証する義務を負担しており、これが行われていない現状においては、諫早湾内及びその近傍場の環境変化と本件事業との間に因果関係を推認することが許されるというべきである。
もっとも、上記推認は、現時点での科学的知見及び被告が中・長期開門調査を実施していない現状を前提とするものであり、上記推認の基礎とした事情が今後変化する可能性があることは当然に予測されるところである。
そして、中・長期開門調査による観測・現地調査については、予備的請求のうち、上記推認の基礎とした事情が継続することが予測される5年間に限り本件各排水門を開放する限度で認容できる。
4 漁業被害と本件事業との間の因果関係の有無について
(1)略
(2)本件事業は、諫早湾内及びその近傍場においては、魚類の漁船漁業並びにアサリ採取または養殖漁業の漁業環境を悪化させていると認められる。
その余の漁業については、本件事業により漁業環境の悪化が生じているとは認められない。
5 本件潮受け堤防の閉め切りの公共性の有無について
潮受け堤防が発揮している防災機能等については新たな工事を施工すれば代替しうる。農業生産についても、漁業行使権の侵害に対して、優越する公共性ないし公益上の必要性があるとは言い難い。
防災機能等を代替するための工事には短くとも3年間の工期を必要とすることも考慮すれば、原告らは本判決確定の日から3年間は本件各排水門の開放を求めることはできない。
6 原告らの中・長期開門調査に対する期待権侵害の有無について
略
7 結論
(1)よって、主文のとおり判決する。
(2)なお、本件訴訟は、中・長期の開門調査自体を求めるものではなく、もとより本判決もこれを直接的に命じるものではないが、当裁判所としては、本判決を契機に、すみやかに中・長期の開門調査が実施されて、その結果に基づき適切な施策が講じられることを願ってやまない。
(出所:毎日新聞 2008年6月28日 東京朝刊)
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