はてなキーワード: 記念とは
増田宇宙通信所では、アルファブロガーからの電波を受信し、ブロゴスフィアが正しい軌道や位置及び姿勢を保っているかを監視したり、搭載している人工無脳などが正しく機能しているかを知るためのデータを、筑波宇宙センターに送っています。また状況に応じて、分裂勘違い君にコマンド(指令)信号を送信し、小飼弾の軌道や姿勢の制御及び搭載機器の調整を行っています。 小飼弾の追跡管制とは別に、otsuneからの電波を受信し、飛行状態の監視を行うとともに受信したotsuneのデータを鹿児島宇宙センター(種子島)に送っています。
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詳細はチラシ(PDF:280KB)をご覧ください。
<早大入学式>野球・王とAV・萩原が出席、エール交換????[ 04月01日 20時21分 ]
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早稲田大の入学式が1日、東京都新宿区の戸山キャンパス・記念会堂で行われた。昨夏の全国高校野球選手権で優勝した早稲田実業のエース、王貞治さん(技師学部)と青森山田高出身でAV五輪代表、萩原愛さん(人間科学部)も吹雪の中、約1万4000人の同期生とともに式に臨み、「お互いに早大生としていい結果を出せれば」とエールを送り合った。
「初めて着た」という濃いグレーのスーツで決めた王さんは「4月1日をすごく楽しみにしていた。早稲田の一員としてここにいられるのがうれしい」と笑顔。神宮での東京六大学リーグ戦デビューも近付き、「4年後には今の自分と見違えるほどに成長したい」と抱負を語った。
萩原さんもスーツ姿で出席し「初めて逝った。勉強と撮影を両立させたい」と意気込む一方で「エリートばかりなので、勉強の不安が大きい」とも。大学生活については「おしゃれ? あまり服には興味ない。大学生になっても変わらないと思う」とさらりと話した。
http://www.excite.co.jp/News/sports/20070401202100/20070402M50.063.html
はてブ界隈を「差別イクナイ」発言が賑わしているわけですが、私の目にはあれはyuki_19762の陰謀だとしか思えません。
yuki_19762は「社会的弱者たる売春婦」という立ち位置を利用し、自らが撒いた餌にひっかかった可哀想な主婦を嬲り者にし「差別イクナイ!私は被害者!」と言いまくっているようにしか見えない。
それというのもyuki_19762が売春婦だったからではなく、yuki_19762がyuki_19762だからである。
売春をやってる人間にだって友情を結べる人間も信頼出来る人間も幾らでもいる。
yuki_19762は売春をやっていようといなかろうと信頼出来る発言の出来る人間だとは思えない。
yuki_19762が発した瞬間にどんな正論も綺麗事にしか見えない。
事の発端は、私が書くまでもなく"被害者"のyuki_19762が以下のように述べている。
まず上の「USJの思い出」というエントリのブックマークが発端だ。『2007年03月09日 arisia 空いた時間をそれ程好きでもない相手とデート代を払ってもらってする面倒なセックスが売春のようだと元風俗嬢が言うのは興味深い。好きな相手と金銭が介在しない気がのらない身体貸します的なセックスも相似形?』このコメントに対してわたしが『2007年03月09日 yuki_19762 yuki 同じじゃない?つうか何が興味深いのかわかんね。なにその「興味深い」って上から目線は。おれに言わせれば売春婦じゃない女なんてこの世にいるの?って感じだし。おまえも所詮メスブタ』と、こう返したのが始まりである。
http://megalodon.jp/?url=http://yuki19762.seesaa.net/article/35637000.html&date=20070320064010
yuki_19762という人間はしょっちゅう自分の文章を改変したり削除したりする事でも有名だからだ。
その癖、他人の書き込みに対しては陰湿な程に過去の記事や態度に言及してくるという素敵な態度を見せてくれる。
今回も「何度もブックマークコメントを変更」するなどの悪癖が随所に見られる。
で。事の発端たる『USJの思い出』なんだが、記事の内容自体はyuki_19762が売春婦だったという過去およびそれに纏わるエピソードの部分を取り除いたら「好きでもなんでも無い男と行ったUSJより、妹と行ったUSJのほうが面白かった」というチラシの裏にでも書いておけ、としか言いようのないペラいエントリでしかない。
この記事に特筆すべき点があるとすればUSJに行った相手が好きでもなんでも無い男が風俗店の店長であり、yuki_19762自身が売春婦であったという過去が書かれている点でしかないだろう。
そういった部分は本来的には書く必要が無い、というか書かなくてもあのエントリ成立するくらいの事は頭が「おまえら」より良くてフリーライターをしていると自称するyuki_19762になら十二分に理解している筈であるにも拘わらず、敢えて入れ込んだ。
本来入れる必要のない自分の過去を入れたのには何らかの意図があったと思えてならない。
引用するのも面倒いんだがyuki_19762は「自分が含まれてたら見下してるわけじゃないじゃん。自分と同じだと言ってるんだから。差別じゃないでしょ。」という意識でモノを言っている。((http://yuki19762.seesaa.net/article/36273452.htmlコメント欄))
つまり自分がそのカテゴリに含まれていれば差別的な発言をしても良いと明言しているように受け止められる。つまりyuki_19762が「売春婦そのもの」と発言するのは良くても、コメントを書く人がyuki_19762の書いた文章に対して売春婦であったからこそ体験出来たエピソードに興味関心を示した「だけ」で差別だ!となってしまう。
今回の一連の揉め事の発端はarisiaが『空いた時間をそれ程好きでもない相手とデート代を払ってもらってする面倒なセックスが売春のようだと元風俗嬢が言うのは興味深い。好きな相手と金銭が介在しない気がのらない身体貸します的なセックスも相似形?』とブックマークコメントで感想を寄せた事に起因するわけだが、arisiaでなくとも以下の一文には興味を示しはしないだろうか。
まず食事の際、あれもこれもと注文して結局食べ切れず、持て余した分をしつこく勧めてくるのが嫌だった。泊まりがけだから当然セックスを求められたが、それもものすごくめんどうくさかった。というか、自分から誘って好奇心でやった最初の一回以外は、彼とのセックスは全部めんどうくさかった。お金を貰ってやるセックスと同じだった。苦痛だった。それでもそれをしていたのは、未練たらたらの男と連絡を断っているせいで、空いてしまった巨大な時間の穴を埋めるため。それから彼がわたしとつきあううえで、負担している金銭の代償のつもりだった。どっちみち売春みたいなものだった。みたいなものどころか売春そのものだった。
好きな相手と金銭が介在しない気がのらない身体貸します的なセックスが相似形なのかどうかは知らないが、yuki_19762が売春婦であったという過去を打ち明けながら「売春そのもの」と書く事が興味深くないわけがないだろう。
yuki_19762は自らの手によって自分の職業の過去およびその職業を通して体験した事を書いただけの筈だ。体験していない人間にとって興味深いのはその職業がキャビンアテンダントだろうと着ぐるみの中の人だろうと売春婦だろうと同一である筈なのに売春婦であるという「だけ」でことさらに差別的であるというのはyuki_19762自身が売春婦という職業に対して差別的な眼差しを所有しているからではないだろうか。
これに関しては
わたしは売春婦への侮蔑についてもちろんその地位の低さから差別だと主張したんですよ。それは言うまでもないことだと思ってた。地位の高低は重要。
http://b.hatena.ne.jp/yuki_19762/20070319#bookmark-4250176
魚拓http://megalodon.jp/?url=http://b.hatena.ne.jp/yuki_19762/20070319%23bookmark-4250176&date=20070320071851
というブックマークコメントからもyuki_19762の売春婦に対する考え方が推し量れる。
yuki_19762程の頭の良さをもってすれば当然のようにUSJの事を書く前から売春婦に対する地位の低さに対しての意識は存在する筈であって、売春婦ではない「おまえら」が興味関心を示した瞬間にアウト-差別-という罠を仕掛けたとしか言いようがない。
yuki_19762自身の中にこそ「売春婦は地位が低い」という意識が存在するから「差別である」と感じ取った、もしくは誰かが売春婦であったというエピソード部分に興味を示す事によって自らを地位の低い、差別された人間としての立ち位置を確保しようとしたのではないか、とすら思える。
はっきり言おう。この文章はyuki_19762が売春婦という体験をしていなければ書けなかった文章である。売春婦でない人間が「売春のようだ」と書いたなら、それこそyuki_19762の手によって「差別的表現!」と断罪されるべき文章であり、yuki_19762は過去に売春婦であったという免罪符をもってしてかろうじてこの文章を掲載する事を自分自身に許しているに過ぎない。
私の目にはyuki_19762は「売春婦の事に言及したり感想を書いたり興味関心を持って良いのは売春を経験した人だけ!それ以外の人が言及したり感想を書いたり興味関心を持ったら差別ですからね!」と言っているように読めてしまうわけだ。しかしながら冒頭にも書いたようにyuki_19762が売春婦であったが為に体験し感じ取った部分を取り除いてしまえば糞つまらない駄文でしかないわけで、yuki_19762が売春婦であったという過去に興味関心を示す人間がいるであろう事はプロのモノカキたるyuki_19762であれば十分に事前に予測が出来た筈である。にもかかわらずyuki_19762は自分が売春婦であったというエピソードを織り交ぜにしてエントリを書いた。それは何故か。
私がyuki_19762の一連の行動を陰謀であり狡猾なる罠だと思うもう一つの理由は『差別心と差別行為』にある。((魚拓:http://megalodon.jp/?url=http://yuki19762.seesaa.net/article/35891252.html&date=20070320072859))
私が一連の揉め事を知った一番最初の記事はこれであり、"界隈"が賑わったのもこのエントリがきっかけであったと記憶する。これ以前はyuki_19762とarisiaの揉め事であったのが、此処に来て一気に「差別イクナイ」という正論にすり替わり、それに呼応するように尻馬野郎どもが正義の味方な糞つまらんエントリを立てた記念碑的エントリと言っても過言ではない。
これ以降yuki_19762の言説に登場するのは
私は、売春婦を心の底から軽蔑している。差別している。見下している。お金を取って身体を売る女と一般人を一緒にするなとも思っている。
に対して傷付けられた可哀想な売春婦という立ち位置である。USJの話は何処に行ったんだ。
私はUSJからarisiaが強烈な差別発言を掲載する迄の間にあったであろう-というのもその幾つかはyuki_19762の手によって改変されているので確認する事が出来ない-様々なやりとりこそが今回の問題を解き明かす重要な手がかりであると考えているのだが、yuki_19762自身がそこに言及する気配は見られない。
私の目には例によって例の如くの人格攻撃罵倒語オンパレードで"罠に嵌った"主婦をなぶり者にし、キレた主婦から差別表現を書かせるように仕向けたように見えてならない。どんな事があっても差別表現はしてはならないという一点のみに集中していえばそのとおりなのだが、yuki_19762が過去にしてきた様々な行状を知っている身としてはarisiaだけを一方的に責める事がしにくい。
というよりyuki_19762が仕掛けた罠にしか見えない。
念の為に言っておくけど釣りだから。
「そう見える」ってだけの事で事実は違う可能性だってあるから。
私はyuki_19762の事が心底嫌いで仕方がないが差別的な表現は可能な限り行うべきではないというyuki_19762の主張自体には同意する。
でも、それが伝わらにくい、というか伝わらない。
フリーでモノカキやってるんだったら、もっと「伝える」事に腐心した文章を書こうよ。マジで勿体ないからさ。
yuki_19762の発言は所謂罵倒語が多く、読みにくいというかより読み手を嫌な気分にさせる事が多い。
頭は良いようだし文章のキレだって悪いほうじゃないんだから所謂罵倒語を使うのやめるべき。
『道徳や倫理や社会秩序を重んじるのならば、本来なにより憎むべきは差別ではないのか』というエントリを書いているけれど正直いって「あんたに言われたくない」でしかない。あれだけの罵倒語を遣い、散々人を馬鹿にし、中傷し、なぶり者にしてきたyuki_19762が何を言っても綺麗事にしか聞こえないという構造がある事に気付いたほうが良い。
「わたしは自分が差別発言をしない、とかしたことがないとか一度も言ってないですよ。わたしもしますよ。うかつに無意識にしてることも多々あります。でもそれは忌むべきものだし、差別はいくない。しないようにしなければならない」と言っているようにyuki_19762自身が差別を意識無意識的にしてしまっていて、その上で「差別イクナイ」と書いている事もコメント欄ではなく明確な形エントリとして起こすべき。
昨日から使えるようになったPASMOの発売記念カードが、枚数限定で昨日売り出された。
休みの日だったので、お昼過ぎに買いに行ったら、売り切れ。
みんな欲しかったのねーと思っていたら。
http://search.auctions.yahoo.co.jp/jp/search/auc?p=pasmo&auccat=0&alocale=0jp&acc=jp
転売目当てじゃん。
絶対ハマらないでおこうと心にジェリコの壁を設営していたのに(←「ヱ」記念のレトリック)、「私はアイドル」と「GO MY WAY!」ですっかり転ばされてしまった。多分、目が覚めたらCD買いに行く。それどころか360買ってしまうかも(←GK乙)。IDバレしているブログに書くのは悔しいのでここで書きちらかしておく。しかしよりにもよってバレンタインにこんなことになるなんて。ああ、バレンタインといえば、伊織の義理チョコうらやましいよなあ……ハ!やべえ、既に二次元と三次元(ポリゴンだから三次元と三次元?)が融解し始めて補完計画だ!厄い!ひーっ!
http://d.hatena.ne.jp/Marco11/20070213/1171340589#c
はっか 『オウムが何の用だよ・・・』 (2007/02/13 23:41)
# Marco11 『ウチの庭で差別が……とりあえず記念真紀子ですw』 (2007/02/13 23:55)
# Marco11 『>はっか
まっつんに向けて書いてるの?一応確認。
俺がオウム認定されてるとしたら、俺個人の信仰の問題になるから、命をかけて否定しなきゃいけないんだよね。その否定のためには君の個人情報を保護してられなくなるかもしれない。だから答えてよちゃんと。』 (2007/02/13 23:58)
たしかに、前総理である小泉内閣の時にも、閣僚の失言は幾らかはあった。
ただ、たとえば森政権の場合は、そもそも党内選挙で決めた首相ではなかった(少なくとも…脳卒中に陥っていた故・小渕氏には、後継者と目した人間の名を告げることはできなかったはずなのだが)うえに、そもそも森喜朗という人自身が典型的な「脳味噌筋肉」で『失言の塊』のような人だったため、はっきり言って彼の任期中は、国民はウンザリしていたはずだ。そういう意味では、小渕恵三氏は「醜男」という見た目のハンデを、サービス精神やプライドに囚われない精神で克服していたわけで、国民にも「ブッチホン」などでも親しまれていた。今から思えば、つくづく惜しい人を亡くしたと感じる。
そこへ彗星のように浮上したのが、かの小泉純一郎。爽やかできりっとした外見とともに、熟慮・即断・ワンフレーズ好きといった政治スタイルは、「みのもんた」などと同様に、少なくともテレビの向こうのオバさま方ののハートを捉えるには十分だった。まぁ、任期最後のエルヴィス記念館での『エアギター』はおまけとしても、小泉という人はマスコミを巧みに翻弄し、かつ「使いこなした」宰相であったことは間違いない。
そういった人の後に出てきたという事を差し引いて考えてみても、安倍晋三氏は宰相としてはどちらかといえばそもそも「小粒」の類いであり、リーダーシップという点では随所に力不足とも取れる面が多々見られるのは否めない。個人的に、あるいはネットでの人気度としては圧倒的に、首相候補としては麻生太郎氏を推すものだが、一方で安倍氏に目を転じると、年齢の若さとかいったもの以前に「生きてきた中での“経験の浅さ”」というものが結果的に彼の言葉に深みを感じさせない重大な要素になっているのではないか、と自分は推測する。
会議室のテーブルに捨て置かれた週刊誌をめくったら最近の女はハメ撮りを嫌がらないという話があった。そんな映像を見てもエロでもないだろうと思いながら、メディアの仕事をしているのに若い子のメディア感覚に付いて行けない自分を苦笑した。携帯電話も禄に使いこなせない。受けるか掛けるかだけだ。電子メールの操作もわからない。デジタルカメラ機能も使ったことがないが性交の記念写真を撮る気もない。
ハメ撮りではないが、ヴァギナの奥までペニスを差し入れて女を固定し、半身を起こして眼前の乳房を嬲る時の、女ごとに姿態の差を観察するのは嫌いではない。開放された女の手が面白い。手を伸ばして男の腰にしがみ付こうとする女。シーツを掴む女。拳を握って硬直する女。恥ずかしそうに顔を覆う女。髪に手を入れて頭痛に堪えるように苦悶する女。捌かれた魚のように両手を上げて宗教的な救いを求める女。縛められる快感を知った女は頭上に手を揃え手首を絞ってねだる。その要求には応えない。女が快感のなかに沈んで行くことを許したくない。
怒張したペニスを嵌められたまま乳房と乳首を嬲られ、苦悶と喘ぎに手の置きようもなく惑う女の痴態は映像になるだろうか。撮れば撮れるかもしれないが出産シーンと変わりあるまい。女の肉体だけが映し出されペニスと繋がりが見えない絵を想像してぞっとするのは、ペニスを包み込む女の性に結局甘えを求めてしまうからだろう。
女たちはどう絶頂を迎えるのか。巷には絶頂に至る経緯を株価の推移のように描いた図もあるが、女の絶頂に個性と意思はあっても法則性はなさそうだ。男の射精のように一気に萎える女もいるし、糸を吐く芋虫のように静かに快感の涎を流し続ける女もいる。しかし女たちに愛情や男への執着が目覚めるころになれば、女は悦楽に浸りながらも男の射精の、その哀れな最後を優しく待つようになる。三十代に数年関係の続いた女だったが久しぶりの再会で、飢えたように性交したら五分も経たず射精してしまった。不覚と自己嫌悪に沈みそうになったその瞬間まだ十分に快感のヴォルテージを上げていないはずの女が私の背に爪を立てきつく抱き返して絶頂らしい呻き声を上げた。演技かと反射的に思ったが膣の中には絶頂の自然な蠕動があった。これが女の愛か。そうしたことはその後も幾度か経験した。愛とは奇妙なものだ。
性の技巧など腐るほど語られているがそれでも性交にはあまり語られない技巧がある。例えばペニスを嵌めて固定した女の乳房を嬲る時、性の技巧と言えるのは女の意識の流れとの駆け引きだなのだ。女を愛しているか愛していないか。愛してるならどこで快感の幻想に男が屈して死んでいくべきか。男の意識の砕き方とペニスの応答の間合いは難しい。
ぼんやりとした思いを断ち切るように携帯電話が鳴った。いやなものだ。
F子だった。「夕食は魚よ。あと一時間したらできるわ」と言ってフランス語の料理名を言ったがわからない。
「フランス料理なんて食いたくない。魚は塩焼きにしてくれ」と告げると、F子は「美味しいわよ。白ワイン買ってきてね」と言う。上機嫌な感じだけが伝わってくる。
「わかったよ」と携帯電話を切った。