来るべき世界
シャドーロールというものをご存知だろうか?
競走馬の顔に装着し、視野を制限することで、決まった方向に効率良く走らせるための道具だ。特に足元を見えなくするらしい。
会社や学校が連休になると、商戦という言葉が踊るのを見ると、日本人はシャドーロールを装着された国民であると思うことがある。こんな世界は楽しいだろうか?
理想的な世界とはどんなものだろう?
「来るべき世界」という古い映画がある。原題は“Things to Come”で、原作は「宇宙戦争」や「タイムマシン」で有名な英国の作家H.G.ウェルズの“The Shape of Things to Come”という長編小説だ。
ウェルズ自身が脚本を書いたという貴重な1936年の映画で、2040年位までの世界を描いている。
原作小説は、ウェルズを予言者として有名にしたことで知られ、未来の世界的な出来事を見事言い当てていると言われたものだ。ノストラダムス同様、こじつけの解釈はあったかもしれないが、やはりノストラダムス同様、人間をよく知る者が未来の傾向性を正しく言い当てたことは評価すべきだろうと思う。
「来るべき世界」では、科学技術の進歩を押し進めてきた未来の人類は、「このまま行くか、元に戻るか?」で悩む。1つの結論は「当たり前が一番だ」である。あまりに当たり前のことだろう。
当たり前とは、自然ということだ。
何が人々にとって、あるいは、世界にとって自然なのだろう?
デカルトも言った通り、人の心の中には神のような完璧な何かがある。指針はそこに尋ねると良い。不自然なことをしていると、心は落ち着きを失くし不安になる。何とも分かりやすく素晴らしいナビゲーターではないか?
こんな素晴らしい内蔵器官をなぜもっと活用しないのだろう?その理由は、人々を奴隷状態に置くことで欲望を満たしたい連中が、我々の眼を内側でなく、外側に向けさせたからだろう。
古代の平和な世界では、人々に、「自分のもの」という感覚はあまりなかった。
家族というものはあっても、家の門は開放され、誰でもどこの家にでも自由に出入りできた。
いまの世界では、子供部屋にも鍵がかかり、偉い僧侶達は自分達だけ宮殿に住む。
岡本太郎が言うところでは、西洋で女性のヌード画が発達したのは、暑い夏など、部屋に鍵をかけてしまえば誰かが入ってくる心配がないので、女性は安心して裸になれたかららしい。それで、日本でヌードを描くことの滑稽さを指摘する。「あんたのねーちゃんやかーちゃんが、ふすまで区切られた家の中で裸でコロコロしてるのか?」ってね。
ところが、少し昔の日本ではそんな感じだったのだ。
江戸時代以前には、銭湯は混浴が普通だったし、軒先で若い娘が裸で身体を洗っていても、別段不都合もなかったらしい。本当にそうであったとしても、私は別に驚かない。
庶民の住居である長屋というのは、他の家との区切りは大したものはない。子供たちは自然、集まって仲良くなるし、食事時になるとそのまま、よその家で食べる。親の方も、食卓に現れたら、どこの子供にも普通に食事を与えた。実際は、どれが自分の子か分からないということも珍しいことではなかったという。家も、子供も、旦那、妻も、自分のものというはっきりとした区別がなかったのだろう。
都会の長屋でなく、家が個別化された農村でも、家の中に、父親の違う子供がいてもおかしなことでなく、本物の父親も平気でやって来て「おいせがれ、元気か?」などと言っていた。もちろん、その家の主人とも仲良しである。それで、農繁期になると、妻や娘と親しいよその家の男達が積極的に手伝いに来る。そんな村は平和で活気がある。
しかし、そんなことでは、さぞ風俗が乱れていたかというと、風俗が乱れたのは、明治政府がこういったことを取り締まるようになってからだ。そもそも明治政府の目的は、性風俗店からの税収であった。そして、金が絡むと社会に闇の部分が生まれ、それは人々の欲望を喰って肥大し、不幸な女性が増え、風俗は乱れに乱れることになった。そして、明治政府は豊かになって軍備の拡張を押し進めたのである。
アメリカの禁酒法が密造酒や闇バーを蔓延らせてギャング達の資金源になったように、権力の取締りがロクな結果を生むことはない。近年の日本でも、淫行条例が出来てから援助交際が爆発的に増え、しかも陰湿なものばかりになった。今懸案の2次元ポルノ規制法ができたら、子供たちはより悲惨となることは、まあ、間違いが無い。
金持ちになって、大きな屋敷でも建てたら、人々に解放すれば良い。国家に宮殿を与えられる身分になったら、当然のこととして難民に解放すれば良い。
まずは、そういった「簡単なこと」から始めなければならないし、それが出来てこそリーダーであろう。「レ・ミゼラブル」のミリエル司教のようにね。
「来るべき世界」とは、人間が「自分のもの」という意識をあまり持たない世界であることを願っている。
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