« リアルスポーツマン | Main | トヨタ自動車のトラブル問題に思う »

2010.02.07

我々はなぜ食べるのか?

我々の身体の活動を考えると、いかに大食したところで、食べ物のエネルギーでこれだけの働きをまかなえるはずはないと思う。
もちろん、食物を完全に非物質化しエネルギー化できるなら、1日で米粒1つで十分かもしれないが、いうまでもなく、そんなことをするには核融合を起こさないといけない。
やはり、生き物は、食物とは別のエネルギーが注がれているのであり、全くの不食で生きる者の存在も不思議なことではないと思える。
インドの聖者パラマハンサ・ヨガナンダの自伝「あるヨギの自叙伝」に、テレーゼ・ノイマンという全く食べずに生きる女性が登場するが、ヨガナンダは彼女に、あなたは食べ物とは違うエネルギーを吸収して生きていると言い、彼女も同意する。
尚、テレーゼ・ノイマンに関しては、カトリック司祭であるフィナテリ神父による「聖母マリアはなぜ出現したか」に、より詳しい記述がある。

では、なぜ我々は食べないといけないのだろう?
そもそも、本当に食べる必要などあるのだろうか?
植物を食べると、消化吸収され、植物の細胞から、もっと複雑なたんぱく質の分子が構成される。
動物を食べると、直接たんぱく質を取り込める。
そして、高分子(巨大分子)生体物質であるDNAの設計図通りに身体が構築されるのである。
つまり、食べる理由の大半は身体の維持や成長、発展、あるいは、修復のためであると思う。

一方、本を読んだり、聞いて教わったり、経験をすると情報が収集される。普通には、それらの情報は脳に記録されると考えられている。しかし、脳は単なる受信、発信装置のように思える。
エネルギーは見えないところから送られてきて、情報は脳を経由して見えない世界に送られたり、逆に見えない世界から送られてくるのであると思う。
こうしてみると、食べるということは、身体での存在を維持しながら、見えない世界とのエネルギーや情報を交換するための、やむなき行為ではないかと思えてくる。

優れた閃きや直観、アイディア、そして、活力や状況支配のためのエネルギーは、見えない世界からもたらされる。
しかし、必要以上に食べると、様々な理由から、見えない世界とのエネルギーや情報の交換がやりにくくなる。だから、直観が鈍り、アイディアは出ず、だるくて元気がないし、状況の支配が出来なくなる。

「ぼくたちは誰でも、ほとんど食事をしなければ天国が見えると君は思うの?」
「まちがいないです、ほんとうですよ。ほとんど食事をせず、体と魂を一緒にしておくために、ちょっとだけパンを食べていれば、誰でも見えるでしょうし、もっと幸せにもなれるでしょう」

W.B.イェイツ(20世紀最大の詩人と言われるアイルランドの詩人、劇作家。1923年ノーベル賞受賞)の未完の自伝小説「まだらの鳥」より。
イェイツ自身を投影した主人公の少年マイケルと鋳掛屋(いかけや。鍋や釜といった鋳物の修理をする職人)の老人との会話。


あるヨギの自叙伝
世界に、ヨガの秘法クリア・ヨガを伝えたインドのヨギ(ヨガ行者)パラマハンサ・ヨガナンダの自伝。クリア・ヨガは、数世紀に渡って肉体のまま存在すると言われるババジによって創始されたもので、ババジの弟子がマハサヤ、マハサヤの弟子がユクテスワ、ユクテスワの弟子がこのヨガナンダです。
分厚い本ですが、私は一気に読めてしまいました。それほどの驚きと感動のある本だと思います。

聖母マリアはなぜ「出現」したのか―いま、キリスト教に起きている超奇跡
本文で紹介した通り、インドの不食の聖女テレーゼ・ノイマンに関する詳しい記述があります。
それだけでなく、世界中で起こっていると言われる聖母マリアの出現に、カトリックの司祭である著者が本格的に取り組んだ本書は実に意義深いもので、こんな素晴らしい本が絶版になるとは、なんとも残念と思われてなりません。

ザ・マスター・キー
「ザ・シークレット」の原典となったと言われる本書は、まさに至高の知恵の宝庫と思います。しかも、もともとが通信講座であったものを書籍にしただけあり、簡潔に書かれた読みやすさ、学びやすさは抜群です。
面白いことに、翻訳者は、あとがきで、上記のババジやヨガナンダを取り上げ、本書の教えの基盤にインドの叡智があることを指摘しますが、まさにその通りと思われます。それだけでなく、1917年に書かれた本書には、現在、ようやく本格的に理解されはじめてきた波動性科学が取り入れられており、この点も驚きべきことと思います。

まだらの鳥
本文で取り上げました、W.B.イェイツの神秘的な未完の小説です。イェイツが書き残した原稿を収集し、大変な困難を経てまとめられたもので、結果、大変な価値のあるものとなったと思います。
20世紀最大の詩聖の描く物語はノスタルジックで美しく、また、小説として顕した自己の物語は幻想的です。まるで自分の物語だと感じる読者も多いと思います。
こんな本を絶版にする出版社のセンスに疑問がありますが、感性の衰えた現代人がこんな良い本を読まないということかも知れません。貴重なこともあり、古書は高値になる傾向があります。

↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ

|

« リアルスポーツマン | Main | トヨタ自動車のトラブル問題に思う »

Comments

ヨガナンダ師の名を聞いて、本棚を
見てみましたら、天外しろうさん(後
ソニー、エスパー研究所所属と判明)
の「理想的な死に方」がありました。

ヨガナンダ師は死の一時間前に
肉体を離れる事を宣言し、
様式にのっとり昇天したようですね。

禅の六祖のミイラの話など忘れていたこと
を思い出しました。有難う御座います。

ま、政木さんと個人的にお付き合いのあった
方ですからご存知とは思いますが。

あなたが昔書いてたように
パラメモリーはイマイチでしたね。

S・グロフというトランスパーソナル心理学
の大御所が、LSD25を使ってセラピーを
行っていました。後にLSDが禁止になり
同じ効果のあるメソッドを開発されまして、
(ホロトロニック・セラピー)昔受けましたが
今だにあの意識状態を超えるものに
出逢っていません。
我々の通常の意識がいかに限定された
卑小なるものかを知っている人は多いと
思います。

Posted by: taku | 2010.02.08 01:27 AM

Kayさんこんばんは

いつも面白いエントリーありがとうございます

Kayさんのblogに影響されて、私もちょっとした食の慎みと、寝る前と起床後の「すべての状況はより良くなる」の祈りを始めてみました
今は旅行中なので、食の慎みを解除して、存分に食を堪能しているのですが、食を慎んでいないと、祈りの際にネガティブな雑念がどんどん出てくることを学びました。
やはり、ある程度の欠乏が本能を刺激し、人間の本質である幸福へと導くのだなと実感した次第です
また旅を終えたら、食を慎む生活に戻そうと思います
食の慎みを続けて行く事で、何が起きるかとても楽しみです。

自分語りですみませんが、貴重な気付きを知る機会を与えていただき、ありがとうございました。

Posted by: さるさる | 2010.02.08 08:37 PM

★takuさん
すまぬ!正直言いますが、さっぱり分かりません。
特に凄いことや面白いことを求めているわけではありませんので。
普通の日常の中の、ちょっと嬉しいことで十分だと思っています。


★さるさるさん
食の慎みの価値を理解する人が増えると、世界はどんどん良いものになってくると思います。
当然ながら、食を慎む人は、あらゆる面で良くなってくると思います。
私も、1月は、正月料理、中華料理、イタリア料理と、素晴らしい料理を味わいましたが、普段、食を慎んでいるからこその、胃腸の健康さや、空腹のため、それはそれは美味しく幸福なものでした。ここらは、こだわりなく楽しめば良いと思います。

Posted by: Kay | 2010.02.08 09:45 PM

kayさん
あなたはわかってますよ。
基本的にわからない人には
こんなことは書かないはずなので。

Posted by: taku | 2010.02.09 01:05 AM

★takuさん
あなたとは違う「分かる」のような気がします。

Posted by: Kay | 2010.02.09 09:38 PM

Kayさんこんばんは

今日は東京まで転職の面接を受けに行ってきました。
結果はどうもダメだったみたいなので、半分自己嫌悪に陥りつつ、新幹線に乗って帰ってきたのですが、在来線との乗り継ぎの際にダッシュしたところ、自己嫌悪感が綺麗に消えてしまいました。
久々の東京ということで、色々と食を堪能していたので、エネルギーが有り余っていたのかもしれません。
そして余ったエネルギーは自己を苦しめる方向に向かうのでは?と思った次第です。
とはいえ、あまり食を減らすと私の場合、今度は食欲に全てを支配されやすいので、バランスポイントを探しているところです。
私は新卒で入った会社でパワハラでうつ病になってしまい、短期離職してしまった人間なので、人には根性がないと言われますが、マーフィーと食の慎みを行うことで何とかしぶとく社会に潜り込んでやろうと思います。

Posted by: さるさる | 2010.05.14 11:48 PM

★さるさるさん
普通に食べれば良いと思うのですが、世間の言う「普通」に騙されてしまうことが多いでしょうねえ。
就職に関しては、明日当たりに書こうかなと思っていたところです。私は苦労したことがありませんので。

Posted by: Kay | 2010.05.15 10:04 PM

Kayさん

コメントありがとうございます。
普通の量というのがよくわからないんですよね。
食後にすぐに眠くなるのは食べすぎかと思うのですが、眠くならない量にすると今度は空腹に耐え切れなくなるという状況です。

就職については今日のエントリーを拝読させていただきましたが、自分の中にある考えというか思い込み(短期離職者だから使えないとか、自分はとるに足らない存在であるなど)を捨てることが必要ということでしょうか。
少なくとも今の段階の私にはそのような解釈に思えました。
まだまだ面接官が松井やイチローのように思えてしまうので、あせらず気長にマーフィーを読み返して、自分の中の力を信頼できるようにしていきたいと思います。

ありがとうございました。

Posted by: さるさる | 2010.05.17 01:17 AM

★さるさるさん
私はずっと空腹に耐えてきました。
無欲で挑むことが一番だと思います。

Posted by: Kay | 2010.05.17 09:32 PM

The comments to this entry are closed.

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 我々はなぜ食べるのか?:

« リアルスポーツマン | Main | トヨタ自動車のトラブル問題に思う »