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2009.07.16

至高の言葉「人間、辛抱だ」

初代横綱若乃花の二子山勝治さんの有名な言葉に「人間、辛抱だ」というのがありますが、これは単なる根性論ではなく、論理的な至上の言葉であり、現代の引きこもりやニート対策に実に有効なものであるとの認識を持つべきです。

私は、子供の時、何かの雑誌で、この「人間、辛抱だ」という言葉を見て、印象強く憶えていました。しかし、うかつにも、あまり重視しなかったことで、なかなか成功しませんでした。
最近、この言葉の偉大さを心から認識し、震えるほどに感動しております。

なぜ引きこもりになるかですが、詩人、思想家の吉本隆明(よしもとたかあき、あるいは、よしもとりゅうめい)さんは、子供が母親の胎内に居る時に、母親が精神的に欝状態にあったことの影響が大きく、生まれつきの傾向ではないかと言います。
また、引きこもりは、自己を深く見つめることにもつながり、必ずしも悪いものではないと言います。
これらのことに私も賛成ではありますが、だからといって、ニートになってしまってはいけません。引きこもりの長所は生かしつつも、やりたいことが出来るようにならないといけません。

私自身もそうですが、引きこもりの人を見ていて気付くのは、生命力の弱さです。それは、動物的な本能の力の欠如と思います。
私が、日本最高の教育者と思う、戸塚ヨットスクールの戸塚宏さんは、現代の若者は、脳幹が鍛えられていないので、本能の力が弱いと言われていますが、まさに、これこそが、引きこもりをはじめ、現代日本の子供や若者の大きな問題であると確信しました。
そう確信した背景には、私が長い間、中山正和さんのHBC(ヒューマンブレインコンピュータ)モデルや、苫米地英人さんのホメオスタシスの活用理論に興味を持っていたことがあります。
彼らの理論で、人がより良く生きるためには、是が非でも脳幹の力を高める必要があると思うようになりました。
中山正和さんのHBC理論を考えれば、潜在意識の法則で願望を達成するにも、脳幹の力が必要であることがよく分ります。苫米地英人さんは、ホメオスタシスの力は凄いので、それにまかせることができれば、願望を達成する巨大な力になると言いますが、ホメオスタシスが強力であるためには、脳幹が強くないといけないはずです(そのあたりは、苫米地さんは特に書いてはいませんが)。

そうなれば、問題解決のためには脳幹を鍛えれば良いのであり、どうやれば脳幹を鍛えられるかを知り、実践するのみということになるはずです。

まず、なぜ今の子供や若者は脳幹が弱いかを述べます。
生まれた時から家に車があって、外出にはいつも車で出かける子が実に多いです。食べることに関しては、ひもじい思いをするどころか、美味しい食べ物をいつもふんだんに与えられています。
また、家にもどこにもエアコンが設置され年中快適です。
そして、子供の権利が過剰に保護され、痛い思いや恐い思いをすることがありません。
そして、これらのことは、脳幹を全く鍛えることのない状況なのです。

脳幹はどうすれば鍛えられるのでしょうか?
1つは、戸塚宏さんもよく言われているように、生命の危険を感じることです。人間の脳の中にある、ほとんど唯一の司令は「生きる」ことです。よって、その司令を阻害される状況には強い衝動を感じ、脳幹に刺激を与えます。脳幹は生命の危険を回避するために、脳や身体を活性化します。
もう1つは、我慢することです。二子山勝治さんは、我慢することが人間の本質的な能力(その大きなものが本能です)を向上させることに気付いていたのでしょう。それで、「人間、辛抱だ」と弟子に言ったに違いありません。
我慢というのは、不快感に耐えることです。
中山正和さんは、その状態を「生命のピンチ」と表現しました。脳の中には、理想の状態というものが設定されているのですが、そのズレが不快として感じられるのです。なぜ不快かというと、生命維持のために最適でないからです。これにより、生命の危機を感じて脳幹が刺激され、脳幹は不快を解消し、生命維持に最適な状態になるような意思と力を発動させます。
また、脳には神秘な力もあり、外界すら変化させる可能性があることを、中山正和さんは指摘しています。それは潜在意識の法則として知られているものの根本原理と思います。理想の状態を強く思い描くことにより、その理想状態になるようホメオスタシスが働くのです。これは、苫米地英人さんの理論と同じものだと思います。

よって、我慢することなく、いつも快適な状態が与えれると、脳幹が刺激されないのです。
強い不快状態は生命の危機と同じです。では、より大きな我慢を必要とする状況に置くことで脳幹が鍛えられます。
暑い時には暑さを、寒い時には寒さを味わうべきです。
電車の中でも、今の若者は我慢することなく、席を奪うように座りたがります。これでは絶対に脳幹が鍛えられません。

そして、空腹に耐えることが何よりも脳幹を鍛えます。人間にとって、食べることこそ最大の欲望だからです。
これに関しても、特に若者がそうですが、年配者でも、駅の構内や電車の中など、いつでもどこでも口をモグモグさせて何かを食べているのを見かけますが、彼らは脳幹が弱い、何もできない哀れな弱者であると言わざるを得ません。
ちょっと下品ですが、マスターベーションをすぐにする者も脳幹を鍛えていません。強い性欲は、個人および種族の維持に必要で、禁欲により強くなった性欲は脳幹を刺激し、体力や若さ、魅力を向上させ、理想の相手をたやすく獲得できるようにするでしょう。
ところが、食を厳しく慎むと、簡単に禁欲できるようになります。1つには、我慢の力が付くからですし、さらに、それで強くなった脳幹は、本能の力をみだりに低下させる行いを抑制します。
水野南北が、「食が全て」と言ったのは全く正しいのです。

気を抜くと生命の危機に繋がる状況に身を置くことは良いことです。たとえば、厳しい自然環境に身を置くことです。
本来、若者とは危険を好むものです。脳幹を鍛えたいという自然の衝動があるからでしょう。
もっとも、車やバイクをぶっ飛ばすというのは、ある意味、若者らしくて良い部分も無い訳ではありませんが、慣れてしまえばさして恐くはないですし(実は、私にも経験があります)、車やバイクの本当の恐さを知るのは、取り返しの付かないような事故を起こした時ですので、どう考えても、ロクなことではありません。言ってみれば、ほとんどの場合、テレビゲームのレースみたいなものです。
本当に車やバイクで恐さを味わいたいなら、本格的なレースをやるしかありません。

幼い頃から快適な状態ばかりの中に居る今の若者は脳幹が弱く、危険を伴う冒険を避けます。
文明というものの大きな弊害がこれでしょう。
それならば、是非、我慢しなければならない状態に身を置く必要があります。
冷暖房を使わず、車に乗らずに歩き、欲しいものを我慢し、マスターベーションをせず、そして、何よりも空腹に耐えることです。

これらにより、引きこもりの弱点を克服し、ニートを確実に脱出できます。
それができないのは、上にあげたようなことをやらないので、脳幹が弱いままなのです。
二子山勝治さんの「人間、辛抱だ」を忘れず、それを実践すれば、必ずうまくいきます。
「ローム太霊講和集」にも、「神は自らに課した制限に応じて人に力を与える」と書かれていますが、これは理論的にも確かであるようです。この本には、他にも、「苦に苦をもとめよ」と教え、やせ我慢を薦めていますが、これらは脳幹を鍛える方法を示す素晴らしい言葉であると思います。これらの言葉を時代遅れだとか格好悪いと感じる者は、脳幹が鍛えられていない、弱い人間であることは間違いないと私は思います。

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