はてなキーワード: 居酒屋とは
居酒屋問題って居酒屋本人がSNSにお気持ち拡散して付け火したわけではなく、まわりが雑な解釈で雑な見解を拡散して、それを見た人が雑な解釈して雑な拡散して…ってやってるからどんどん逸れてるし大元の居酒屋普通にかわいそう
ノンアルカクテルとか?
いうてメニュー増やすのにもコストかかるからほいほい増やせんやろ
アルコール入りのカクテルだって置いてないとこは置いてないわけだし
というか店が客を選ぶのも自由だと思うんだけどなんでここまで反発があるんだ?
すべての居酒屋がノンアル勢お断りしてるわけじゃないんだから断られてない店に行って、その上で長居するならできるだけソフドリ多めに頼んで、そんなに飲めないならさっさと出ればいいだけやん。それも義務じゃないからやりたくないならやらなきゃいいだけ
その上でノンアル勢をどうするかは店の自由や
最近居酒屋がどうだとか酒飲まないのはフリーライドだとか、そんな話が目に付くが。
じゃあアルコールが引き起こしているさまざまな害悪を酒飲みだけで解決してくれよ
そこらの麻薬よりはるかにタチが悪いものを社会にぶちまけている自覚はあるのか?
本人が死ぬならまだしも、何人を巻き込んだ?
居酒屋の問題が炎上気味なのは、普通に理解すれば店も客も収まるものを、曲解したり言ってもいないことを読解する人間がややこしくしているように思う。
・店の意図に反した飲食をされると経営が成り立たないので、店が禁止行為等を設定する
これだけなら何の問題もない。
・その店に好意的な客が「こういう客は来るな」とヘイト的に拒否する
・長居は遠慮して欲しいという店の意図を、「ただご飯を食べるだけでも拒否られている」と曲解する
・店が「こういう客は迷惑」と言わなくていいホンネをわざわざいう
・逆に店がいうべきことを言わない、アナウンスしないでSNSで愚痴を流す
・店側の「支えて欲しい」というメッセージを客が「客は店を支えるべきと店が主張している」と曲解する
・逆に店側が「客が店を支えるべき」的雰囲気を漂わす
・客が店のせいにする
・店が客のせいにする
あとはフールプルーフ的に、
望まない客はルールや料金体系で店側がコントロールすれば良いのだろうが、
性善説的(見通しが甘いという見方も成り立つ)な対応をしたり、
ネットリテラシーが低い店側がSNSで迂闊な発信をすることや、
というような考えに疑問を持たない客側の存在なども炎上のポイントだ。
あとはこういう燃料を焚べておけば、
サイゼ飲み
ワインデカンタ定番。生ハムもなくなり、そろそろ飲みに使える店とは言い難くなってきた
日高屋飲み
餃子と、おつまみ盛り合わせで。一品料理が飲みに向いてるわけではないので、そう何度も通えない
バーミヤン飲み
すかいらーくグループはソフトドリンクのドリンクバーがあるので地味に飲みやすく、
その中でも烏龍茶やジャスミン茶を調達できるバーミヤンはありがたい
先日まで生ビールもハイボールもクーポン対象だったのだが、クーポンから外れてしまった
こういうとこで唐揚げを頼むと居酒屋の唐揚げって美味いんだなと再確認できる
ガスト飲み
季節のキャンペーンでエスニックやったりすると、わりと飲みに使えた
当然ながら唐揚げやピザなどは居酒屋や酒前提のレストランのそれと比較できるはずもなく
夢庵飲み
栃尾油揚げの「要素を皿に盛っただけって、ここまでダメかあ」という衝撃はすごい
安い和食レストランには当然ながら最初から期待してたわけではないんだけど、やっぱこうなるよなっていう
スシロー飲み
思ったより安く飲めなかったので、素直に居酒屋に行くべき
原価厨が居酒屋に行くという前提が間違い
あれって飲み放題頼んでもらいつつそこまで飲まれない事想定しての設定だよね?
酒をたくさん飲んで欲しいっていう最近の増田理論と矛盾してない?
全てひっくるめて客数と客単価を設定して損益分岐点以上の売り上げが出るように仕組みを作るんだろ
とはいえソフドリ禁止にしたら発端の居酒屋みたいにSNSに晒されて下戸にボコボコにされるわけだし
料理の値上げや一律でテーブル料追加すればお酒も料理もいっぱい頼んでくれる良客に一番負担がかかって、結局ソフドリ一杯で長時間居座る勢のフリーライド問題は解決せんやん
https://anond.hatelabo.jp/20260511184637
この投稿を受けて、一部、「なぜ客が店に忖度をしなければならないのか」「何分ごとに1杯注文すること等のルールを作ればいい」というような反応がみられる。実際に、「一人○杯以上注文すること」や、「お酒を頼まない方は入店禁止」等のルールを決めている飲食店も少なくはないため、そういった解決を図ること自体はおかしいことではないだろう。しかし、この「ルール化」は、そのように客が上から目線で指示できるような自明の理なのだろうか。
いくら細かくルールを定めたところで、ルールはルールであり、画一的に適用されるものに過ぎない。しかし、実際には、付き合いで連れてこられるお酒を飲めない人だって受け入れたいときはあるだろうし、常連の妊娠中に飲めないなら来るなと言えというのは店に酷というものだろう。細かく例外規定を定めていけば、じゃあ実際誰がどう判断するのかという問題も大きくなっていく。「別に定められた杯数くらい飲んでもいいけどうるさく言われるのであれば行かなくていいか」、という形で忌避される可能性もある。ルールという明文化は、それによって失われるものも決して少なくないわけで、ある程度「空気を読んでくれる」客で十分に回せる店などは、そうしないことが(一部の「フリーライダー」を考慮しても)最適になることは十分にあり得る。これは、ある種、店と客による緩やかな共犯関係によって保たれるものであって、「飲まない客をことさら敵視する」とか「酒を飲む客から不当に搾り取る」とかいうことではない、関係者全員にとって心地のいい空間であると言えるのではないか。
もちろん、それが、飲酒習慣自体の減少であったり、SNS等でのバズで普段利用しない層が大量に流入してきた等の理由で成り立たなくなることはあるだろう。ただ、そうなったときに、改めて、読んでほしい「空気」を知ってもらうことで再度均衡の復活を目指すのか、諦めてルールによる統制を目指すのかは、基本的に店の自由と言う以外ないように思う。そんな空気を読ませることで成り立つような関係は、そもそも現代においてもう成り立たないという意見もあるのだろうが、別に局所的には成り立っても全くおかしくないものであると思うし、そういった空気を読ませること、「忖度」をさせること自体への強い忌避感で、悪しざまに「空気を読んでほしい」というお願い自体を罵るようなコメントが並ぶのを見ると、空気を読めない人間になりたくない、批判をされたくないという一種の強迫観念にも見える。そういった人が「ルールを作れ」と言ったのに従ってルール化した結果としてうまく回らなくなったところで、その人が責任を取ってくれるわけでもないわけで、どうにも、客としての分を超える言い様にも見えるなと感じてしまうところである。
世の中の大半の人は、そんなにお酒が好きなわけじゃない。
そういうシチュエーションだったり誘われたりするから居酒屋に行くだけで、別にお酒を飲みたいと思ってるわけじゃない。
多くの人はお酒が好きな人が楽しく飲めるように付き合ってあげてるだけ。