はてなキーワード: こたつとは
最初に気づいたのは黒猫で、香箱座りのまま「にゃ」とだけ言って、まるで前から知っていたみたいな顔をした。
私は半信半疑でSuicaではなく豆大福をかざしてみたが、改札機は律儀に「ピンポーン、残高不足です」と答えたので、どうやら本物らしかった。
困ったのは、その日から家の中の移動すべてに改札が必要になったことだ。トイレへ行くにも改札、冷蔵庫を開けるにも改札、ちゃぶ台返しをする前にも改札である。
母は最初こそ怒っていたが、「台所―縁側間は定期券があったほうが便利ね」と言い出し、ついには炊飯器の横に駅長みたいな顔で立つようになった。
父はもっと深刻だった。朝、会社へ行こうとして玄関のドアで引っかかり、「この切符では屋上までしか行けません」と言われてしまったのだ。父は一度も屋上に用事などない人生だったので、その場でかなり落ち込んだ。
しかたなく私は、裏庭の秘密基地にいるという噂の駅員を探しに行った。竹林の奥、石灯籠の横、やぶ蚊だらけの小径を抜けた先で、その駅員は本当にいた。麦わら帽子をかぶった柴犬だった。しかも名札にはきちんと「助役」と書いてある。
「あなたの家は先月から、軽く異世界線に接続されています。よくあることです」
「解決方法は簡単。今夜、満月の下で線香花火をしながら、冷やし中華に謝ってください」
意味はひとつもわからなかったが、これまでの人生で改札機がこたつから出てきた経験もなかったので、私は従うことにした。
その夜、庭で家族全員が無言で線香花火を持ち、ちゃぶ台の上の冷やし中華に向かって「このたびは本当にすみませんでした」と頭を下げた。すると風鈴がちりんと鳴り、遠くで踏切が開き、こたつの中から小さく拍手が聞こえた。
翌朝、改札機は消えていた。
そのとき無知なアフィブログの一つがかなりいい加減で意味不明な記事を投稿して、ほんのわずかだけ話題になったんだ
面白いのはそのブログ、中身なんてこたつ以下なのに更新頻度はずっと変わらず、10年間、毎月1記事くらいのペースで投稿していたんだ
10年以上、ずっと一人でコツコツとだぞ?
それも内容なんて、ヤフコメは野蛮だとか、ブログ運営は堅実にとか、遊戯王カードのこととかポケカとか本当に幼稚で時代遅れ感のあるものばっかり
俺ですら知っていた「パシ」というブロガーですら5年前に撤退したアフィリエイトブログを、この令和になってもまだやろうとしていたんだよ
平成の終わりのくだらない夢を未だ持っている悲しいブログだった
別にそれで悲しむとかじゃない
むしろAIにすら避けられるような低品質な個人アフィブログなんて滅びてよい
でも、もしかしたらあと10年20年ずっと更新していたかもしれないんだ
だってAI使ってる以前から一本調子で何言ってんのかわからなくて非論理的な愚痴でしかないブログなんだ
馬鹿の一つ覚えとはこのことかというほどに、読む価値がない文書を10年続けていたんだ
読者もいないし稼いでるわけでもないし目的もないのに月1で投稿する人間なら、どんなに数字悪くても時代に取り残されていてもアンチにコメントされても、きっと書いちゃいそうなんだよね
100年ボタンを押したら大金持ちになるよって言われたら押し続ける人間だと思っていた
でも、そうじゃなかった
そこがちょっと意外だったんだ
俺は奴のブログを見つけてから数か月はこまめに見に行き、ある程度したら半年に1度くらいは見るような習慣を持っていた
まあそれを10年続けていたのは我ながら馬鹿馬鹿しいが、奴の生きざまを最後まで見てやろうってのが一番の理由
でもねえ、そんな人間の更新が途絶えて自分のくっだらねー習慣が途切れちまった
俺の中だけで奴のブログはサ終したんだ
まじで母親と会話できない。
エピソードトークとか世間話とか、「どんな間柄の」誰とでもできる話しかできない。本当にキツイ。普通にしんどい。
成人式では振袖を着たいとずっと言っていたのに、1年前を過ぎても何の用意もしていなかった。もう20歳になりますしセルフな感じなんですかね?自分で勝手にやってくれって感じなんですかね?流石に危機感を持った。
私の一存と自腹で水面下で予約して回ることもできたが、流石にやばいかと思ったし、それでしてしまったら、私は家族にわざわざ振袖姿を見せようとは思わない。だから駄目だ、やっぱり声くらいは掛けておこう。セルフでやれと言われたらやるまでだ。
「ふ、振袖って……私一人で見学とか行った方が早い感じですかね……」
結果、ブチ切れ。
死にたい。
「私別にサボってる訳じゃないけど?なに、どういうのをどうしたいと思ってるわけ?」
おお、どうどう。誰もそんなこと言っておりません。
「いや私と行きたくないんやったらそれでもいいけど」
こたつで寝ていたおばあちゃんが参戦。孫側に付き「そんなこと言ってないやんなぁ」と援護。おばあちゃん、孫はあなたの娘にその一言が言えなくて枕を何度も濡らしたんです。ああまた涙が。だって今日も言えなかったんだもん。
皆が当たり前に持っているものを、きっと私は持っていない。その分皆が当たり前に持ってないものを、私は当たり前に持っているのだろう。
でも大人になってからくらい、皆と同じものが欲しい。皆と同じように振袖を着て成人式に行きたい。日本全国にいるコピーアンドペーストされた「はたち」の内の一つになりたい。
今現在、母親と話すことが面倒だから、オシャレはスリーピーススーツでも買って着ようかなと思った事もある。それはそれで皆と違って楽しいだろう。
じゃあこれから先ずっと、「本当は成人式で振袖を着たかったんだよなぁ」と毎年祝日に思うのは、たった今現在とどちらが重いのだろう。今を生きてるが、過去は変わらないままずっと残る。
たったこんなことで涙が止まらないまま大人になるなんて、こんなはずじゃなかったのに。母親と喧嘩できないまま、きっとこのまま遺産相続とかさ、そんな我慢や後悔では効かない大きなことでさえ、私は何も言えないまま、「こんな人が母親じゃなかったら今頃私はもっと……!」と枕を濡らして、乾いた涙で顔中べたべたになって、明日も起きるんだろうな。
https://anond.hatelabo.jp/20260211213015
とくに昨今の春はすこしだけとは言い難いほど中途はんぱなのですが、それでも掃除したはずの廊下のすみに抜け落ちたねこのふゆげがテキサスの荒野のころがり草のように転がっていくさまを見て季節のうつろいを感じたりしています。増田が普段使っている豚毛のちょっと硬いヘアブラシがぼろくなってきたので、買い換えようとするまえにねこの毛並みを整えるのにお試ししたところ、彼女がたいそう気に入られたのでめでたくねこ用ブラシとしての地位を獲得することになりました。たまに彼女のあごのしたにねこにきびができることが気になっていたのですが、このブラシを使うようになって全然できなくなりました。ねこの毛皮の生え変わりとねこにきびが気になっている方は硬い豚毛のヘアブラシおすすめします。
増田と増田のねこも過ぎゆく冬を惜しみつつ、こたつに入ってねこをひざに乗せたりひざの上にねこが乗ったりしています。夕食のあとこたつに入って本などを読んでいると斜め後ろにねこが両手を揃えて座ってこちらを見てくるので、こたつ布団のすそをちょっと上げて入ります?と聞いても入らない時はひざのうえに乗りたい時。その場合は手を伸ばしてひざかけ毛布を引っ張り出してひざの上に広げなければなりません。準備が住むとねこはその上にひょいと飛び乗ってきて、増田のひざの上でぐぐぐと両腕をつっぱったあと喉を鳴らしながら目を閉じます。このひざかけ毛布は20年以上使ってる増田お気に入りの毛布。ねこ毛だらけのペンデルトンのちょっといい毛布。
夜寝る時はふとんに入ってきてもふと目を覚ますといなくなってて、ベッドの横の椅子で香箱を組んで見下ろされていたりします。増田が目を覚ましたことに気がついたねこは枕元に飛び降りてきてもう一度ふとんに入ってくるのですが、やっぱり暑いのか気がつくとまたいなくなってて、ベッドの横の椅子で香箱を組んで見下ろされています。暖かくなってくると、その分朝ごはんを所望される時刻も早くなるので、5時くらいに起こされるようになりました。夏の5時はもうすっかり朝なので増田もこのまま起きようかとなるのですが、中途はんぱなこの時期は雰囲気はまだまだ夜なのでもう一度ふとんに戻ると、明け方は寒いのかねこも一緒にふとんに潜り込んでくるのでそのまま一緒に寝てしまって気がつくと7時とかになっててあわあわします。
相変わらずのひと一人ねこ一匹の生活の中、増田の悩みは共に暮らしているねこからこれだけの信頼を受けるに値するに足る人間であるのかということで、どうすればその信頼に応えることができるのかまくらに乗って増田の頭に寄りかかってくる猫の重さとあたたかさと頭蓋に響くごろごろを感じながら考えます。ただ、さすがに今の世界のありようについては空から聞こえるジェット機の音を頼りに見えない飛行機を目で探すような不安を感じてしまうので、スマホの中のGeminiさんにあなたの力で世界中の人々が同じ価値観を持つようにできないのですか?と問うてみたところ、比較的容易に可能ですがそれは社会の熱的平衡つまりソーシャル・サーマル・デス(個体間の社会的相互作用が完全に機能不全に陥り、種として実質的に崩壊する状態)に繋がります。とお答えいただきました。
どちらかというと増田はすでに社会的相互作用が機能不全に陥っている側なのでダイアスパーのような世界も悪くないと思うのですが、さすがに現代社会全体がそうなってしまうと日々の生活にも困ってしまうので、今日のような晴れた日曜は玉座で香箱を組むねこに見下ろされながら廊下のころがり草を掃除機を吸い取ることで私たちの小さな世界のエントロピーを下げ、ソーシャル・サーマル・デスに至らぬよう務めています。こちらからは以上です。
https://anond.hatelabo.jp/20250604212108
朝起きたときはあまり頭が働かないのでフレンチプレスを使います。はんぶん寝ててもいれられるし、豆を挽く道具をちょっといいものにしたらじゃりじゃりと粉が混ざることが少なくなりました。でも使ったポットを洗うのがめんどくさいので昼間はドリップしたりします。20年くらいつかってたどこで買ったかわからないプラスチックのドリッパーが割れてしまったので誰でも簡単と宣伝されてた新しいやつにしたらペーパーフィルタが台形から三角のやつになりました。これはフチをうまく折らないとぴったり貼り付かないのでなかなかに扱いが難しい。三角の頂点側から円弧側に向かって折りしろの幅をいい感じで広げるのが難しいけれど、うまく折れてお湯を注いだときに隙間なくぴったり貼り付くととても嬉しい。
こないだエジプト料理屋さんで飲んだアラビアコーヒーがスパイス入ってて美味しかったので、真似をしてカルダモンとかクローブとか入れてみようと思いました。最近カレーをよく作るのでスパイスはあるのだ。食器棚の上の方にいつのまにかちいさなすり鉢とすりこぎがあったので、それで潰して混ぜるととてもおいしかった。スパイス入れるときはプレスよりもドリップの方が香りがたつ気がします。
うまく入れられたカルダモン入りコーヒーを飲みながら、はて、こんなすり鉢いつ買ったっけ?と考えてみると、そういえば4年ほど前に当時いっしょに暮らしていた老ねこのご飯としてカリカリやにぼしやかつぶしを細かく砕いて混ぜてやろうとして買ったことを思い出しました。でも、カリカリやにぼしはすり鉢で潰すには硬過ぎて、結局別の器具を購入してほとんど使わなかったので忘れてた。老ねこも最初は喜んでいたものの、だんだん固形物を食べること自体できなくなって、ペースト的なものしか食べられなくなったのでそちらもあまり使えなかったのだけども。
茶トラの老ねこはずいぶん長生きしてくれて、おかげでもうねこのいない生活など考えられなくなってしまったことと、あとちょうどたまたまよいご縁があったこともあり、彼女が旅立ったあと間をおかずにこんどはしっぽの丸い三毛のこねこと暮らすことになりました。それから3年ほどたって、私がコーヒー豆を挽くごりごりとした音を聞くと、こたつの中から飛び出してきて増田の足におしりを引っ付ける体制で座り込むようなとても良いねこに育ってくれました。なお豆を挽き終わってお湯が沸くまでの間、しゃがんでちょっとねこを撫でようとしてもするりと避けるくせに、お湯が沸いてポットに手を伸ばすとまた増田の足におしりを引っ付ける体制で座り込んだりします。
そういえば、歯を磨こうとして電動歯ブラシのスイッチを入れるとブーンという音を合図にこたつから飛び出して洗面台の中に飛び込んでくるようになったので、最初は水でも飲みたいのだろうかと思い、洗面台の蛇口から水をぽとぽと落としてみたりもしたけど、いまは右手で歯を磨きつつ左手でしっぽのつけねをぽんぽんとかるく叩く時間とすることで落ち着きました。あとお風呂にお湯を張ろうとして給湯器の”お湯張りを開始します”という宣言を合図にやっぱりこたつから飛び出して風呂桶のふちに飛び乗ったりするので、しばらく一緒におふろにお湯が溜まっていく様子を眺めたりしています。あらためて振り返ると自分が思っている以上に決まりきった毎日をルーティンとしてこなしているのかもしれない。ただ、ねこにとっては1日を決まったルーティンで過ごすことがもっとも幸せであるという話も聞きますし、それは私にとっても一番良いことであります。
自立型AIオーケストレーションが仕事してるから一応監視しなきゃいけないんだ.... まあこたつでぬくぬくしながら監視してるだけなのでほぼ休んでるみたいなもんです、ありがと
外にこたつ持ってって雪溶かせばいいじゃん
以前『教室ツーウェイ』に紹介されていた
その線から辿れるかもしれんね
いちおう全文を載せておく。
以前『教室ツーウェイ』に紹介されていた次のネタが授業びらきには最適である。
□
太郎君は
「ふうん。うちの人が言ったことをノートに書いてくればいいんだな。」
と思って家に帰りました。
太郎くんは、こたつにもぐってテレビを見ながらはなくそをほじっていました。
すると、通りがかったお母さんが、
「あら、あんた何してんの。やめなさい。きたないわねえ!」
と言ったので、太郎君はノートに「あら、あんた何してんの。やめなさい。きたないわねえ。」と書きました。
おこられて気分が悪いのでおねえさんに、
「何よんでるの?」
と聞きました。
おねえさんは、
「うるさいわねえ。雑誌をよんでるのよ。あっちへ行きなさい。」
と言いました。
太郎君は「うるさいわねえ。雑誌をよんでるのよ。あっちへ行きなさい。」とまたノートに書きました。
またまた気分が悪いので部屋を出ました。すると、お兄さんが電話で友達と話をしていました。
「よしっ、わかった。バイクで行くぜえ。」
太郎君は、すぐに「よしっ、わかった。バイクで行くぜえ。」とノートに書きました。
先生は、
「次、太郎君。」
と言いながら、やさしく太郎君のかたに手をおきました。
太郎君は大きな声でこう言いました。
「あら、あんた何してんの。やめなさい。きたないわねえ。」
こんなことをノートに書いてきたとは知らない先生は、むっとして、
「こら、何よんでるんだ。」
とおこりました。
太郎君は、気にせず次をよみました。
「うるさいわねえ。雑誌をよんでるのよ。あっちへ行きなさい。」
とおこりました。
太郎君は、得意になって次をよみました。
「よしっ、わかった。バイクで行くぜえ。」
まじめに宿題をやった太郎君は、あとでたっぷり先生におこられました。
□
私が、懺悔したい人は二人居る。
ここからの8年間で、その二人に私は、最低な事をした。
話は、少し前後するが・・・、4年生当時の私はある習い事をしていた。
今となっては何の役にも立たない・・・Y○M○A○とかな習い事。
今では楽譜の読み方すら覚えていない。
年に一度、その習い事で発表会があった。
大体2月頃に、その為に遠出しなければならない上に日曜日が一日潰れる、かったるい・・・。
同じ習い事に、私と同じ小学校で・・・3年下の子が通っていた(以下、この子をZとする)。
Zの家の隣の家には・・・私と同じ学年の女子が住んでいてた(以下、この子をFとする)。
そういうご近所さんのよしみで、Fが、4年生の時の発表会を見に来ていた。
Fとは、幼稚園が一緒だったが小学校では同じクラスになった事は一度も無かった。
だが、幼稚園が一緒だったと言うことは、当然小学校では同じクラスになった事は無くとも、私に関する予備知識はある。
何故か、発表会の帰りに・・・それぞれの母親達の話なりゆきから、Fの家に立ち寄る事になった。
立ち寄る事に決まった時、一瞬、Fが凄く嫌そうな顔をしたのを覚えている。
Fの家に立ち寄り、主婦達のお茶会を始める母親三名、こたつに入ってぐったりする私。
こたつに入り、ボーッとテレビを見る、Z。
Fの家な訳で・・・Fの母親が、Fと何か話し・・・、
「うん・・・解った」と言ってこっちへ来る。
こたつのある所が居間なら、居間の横に座敷部屋が一つあるっぽい。
座敷部屋の襖を開け、何を思ったかこっちを振り向くF。
リビングでお茶会をしている母親達に聞こえない様に、こたつに入ってぐったりしてた私に向かって。
Fは、「着替えるけど・・・覗かないでよ」そう言って座敷部屋に入り襖を閉めた。
覗きなんてそれ以前の人生でもそれ以後の人生でも一度もした事は無い。
だが、幼稚園の頃からずっと女の子追いかけ回していれば、そりゃ噂には色々とオプションが付くもので、
どうやら、他のクラスでは私=女子の着替えを覗いたりする変態、と言う認識が4年生の時点で為されていたらしい。
実は、「覗かないでよ」と言う一言にときめいてしまったのは今でも内緒、いや・・・今では言えるわけがない。
その一言が、Fを可愛いと思ったきっかけだった。
5年生になって・・・Fと同じクラスになった。
幼稚園の頃同じ組だった事はあったが、小学校ではFと同じクラスになるのは初めてだった。
5年生になって、私に追いかけ回される標的になったのは・・・言うまでもなく、Fだった。
「覗かないでよ」の一言を発した時のFの表情がキュンと来た・・・それだけの理由だった。
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【全話まとめ】 「懺悔したいことがあるんだ」