香港の留置房に響く抵抗歌 逮捕の日本人が伝えたかった自由求める熱情
「『HELP香港』を世界に伝えたい。日本の人にも関心を持ち続けてほしい」――。香港の民主化運動で警察当局と学生らの激しい攻防があった香港理工大で逮捕され、一時的に拘束された東京農大3年、井田光さん(21)は、毎日新聞のインタビューにそう答え、緊迫した街の様子や逮捕時の自身の様子などを生々しく語った。【東海林智、南茂芽育】
「自分の目で見て、日本に伝えたい」
井田さんが香港に初めて足を踏み入れたのは10月2日からの3日間。自分と同世代の若者たちが自由を求めている様子をニュースで知り、自分の目で見て、日本に伝えたいとの思いで訪れた。スマートフォンのアプリでデモの場所を探した。
街頭で会った人々から「よく日本から来てくれた」と言われた一方で、「何しに来たのか」など、質問攻めにもあった。スパイではなく、日本の学生だということが分かると人々の表情も和らぎ、同世代の若者たちと親しくなった。
言葉を交わすなかで、「デモ参加者の顔は撮らないで」と繰り返し言われたことが強く印象に残った。デモ参加者の写真がSNSで拡散すると拉致や襲撃される危険があるからだという。中国の垂れ幕を燃やすなど緊迫した空気に包まれていたが、同年代の若者らがカップルで手をつないでデモに参加する姿に驚きを感じた。
「戦争が始まる」言いようのない緊張感
井田さんはいったん帰国したが、その後も若者が撃たれたニュースなどを見るたび、友人らの様子が気になった。11月14日、思い切って再び香港を訪れると、街にはより緊迫した雰囲気が漂っていた。チェックインしたホテルは偶然、香港理工大のそばで、大学の構内には椅子や机でバリケードが築かれつつあった。
大学の中には学生しか入れない。井田さんがチェックポイントで東農大の学生証を見せて「日本人ですが」と言うと、すんなりと中に入れた。「顔を撮らなければ写真もOKだよ。みんなに香港のことを伝えてくれ」と言われた。バリケードや山積みのレンガなどで雑然としたキャンパスで、知り合った学生とタバコを吸っていると「ここは喫煙所ではない」と近寄ってきた教員に注意された。だが、バリケードを作っていることには何のおとがめもなかった。
キャンパスのあちこちに雨傘で隠すように火炎瓶や弓矢があった。「戦争が始まる」。言いようのない緊張感を感じた。
右足に浴びた催涙液の痛み
市街地では、ジョン・レノンの「イマジン」を歌う人がいるなど張り詰めた雰囲気ではなかった。それでもレンガでバリケードを作ったり、中国系の店に石を投げ込んだりする市民もいた。井田さんはそうした行動には加わらなかった。「壊す怒りは分かるが、第三者の自分は暴力行為はしない。集会や声を上げる行動にだけ参加する」と決めていたからだった。
しかし、17日に再び大学を訪れると、いつの間にか、大学の周りは警察車両に囲まれ、放水や催涙弾の雨が降った。誰かがガスマスクとゴーグルを渡してくれた。100メートルぐらい先にいたはずの放水車が次第に近づき、右足に催涙液を含んだ放水をまともに浴びた。足が熱く、ヒリヒリするので、ホテルに戻りシャワーで洗い流した。痛みは消えず、シャンプーをしていると顔が痛くなり、髪にも催涙液が付着していることに気づいた。
帰国の便の時間が近づいており、最後に友人らにお礼を言いたいと思ってもう一度大学に入った。しかし、直後に警察に入り口を塞がれた。
「ふざけるな」と蹴られ、逮捕
マスコミの記者らの後について大学を出ようとしたところ、警察に身分証の提示を求められた。「日本人か。パスポートは」と問われ、「ホテルにある」と答えると、目的を聞かれた。とっさに「観光です」と答えると「fuck(ふざけ…
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