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動物の鳴き声には言語的構造があった『動物たちは何をしゃべっているのか?』

高度なコミュニケーションは、人間だけのものとされていた。

普遍的な文法を元に言葉を組み合わせ、概念や意図を正確に伝える能力は、人間以外の生物には無いものとされていた。

しかし、近年の研究により、この考えは疑わしいと感じている。

ハチのダンス(※1)やクジラの歌(※2)、体色でコミュニケートするイカ(※3)、有機物を揮発して警告するトマト(※4)など、様々な反証が得られている。人がする方法でないだけで、仲間同士、あるいは種族を超えて意思を伝え合っている。

それでも、ノーム・チョムスキーやモーテン・クリスチャンセンといった言語学者は、獣の咆哮や鳥のさえずりは単純な警告やメッセージに限定され、言語の構造や文法が存在しないと考えていた。「高度な」コミュニケートができるのは人間だけだというのである(この傾向は、言語学者に強く現れているように見える)※5。

この固定観念にトドメを指すのが、『動物たちは何をしゃべっているのか?』になる。

本書は、シジュウカラの鳴き声を長年研究してきた鈴木俊貴(としたか)さんと、ゴリラ研究の世界的権威である山極寿一(じゅいち)さんの対談になる。

シジュウカラの鳴き声に単語や文法が存在することや、ゴリラを含む類人猿には、人間の言語の起源を紐解くヒントが隠されていることが分かる。さらに、なぜ「人間だけが言語を持つ」という固定観念が生まれたのかについて、鋭い指摘がなされている。

言葉はどうして生まれたのか?

まず、フィールドワークで培ってきた経験を元に、「言葉がどうして生まれたのか」という疑問について、ずばり「適応」だと答えている。

言葉を扱える個体のほうが、使えない個体よりも、うまく生存し、多くの子孫を残せたということになる。そして、言葉の種類や複雑さは、その種の環境によって左右されるという。

例えば、カラスの鳴き声は6種類しかないと言われている。種によって若干の差はあるけれど、200種類とされるシジュウカラと比べると非常に少ない。

これには理由があり、カラスは基本的に開けた、見通しのいい環境に住んでいる。互いが目視でき、視覚的なディスプレイでコミュニケートできるため、鳴き声はあまり必要とされなかったという。

実際、ワタリガラスはくちばしを使って人間の指のように対象を指し示すことが知られている。言葉(鳴き声)よりも身振りで意思疎通できるような環境にいるため、少ない種類でも問題なかった。

一方、シジュウカラは、鬱蒼とした見通しの悪い森に住んでいるため、視覚でのコミュニケーションでは不十分だった。天敵や食べ物の存在を、音声によって詳細に伝える必要があったため、鳴き声を発達させたのではないかという。

鳥は「高度なコミュニケーション」ができない?

言語学者が主張する「高度なコミュニケーション」とは以下を指している。

  • 文法性(単語を並べて意味を生み出すルールがある)
  • 恣意性(言葉の形とその意味との間に直接的な関係がない)
  • 分離性(音節、単語に分割して無数の言葉や文を形成できる)
  • 生産性(言語の組み合わせによって多様な表現を生み出す)
  • 超越性(「いま・ここ」以外の未来や仮定について表現できる)

そして、こうした特質は人間だけであり、動物の鳴き声はこのような高度なコミュニケーションができないという。

本当だろうか?鈴木俊貴さんのお話を伺ってみよう。

まず、シジュウカラの文法について。

シジュウカラは、「ピーッピ・ヂヂヂヂ」と鳴くことがあるが、これは2つの鳴き声の組み合わせになっているという。「ピーッピ」は「警戒しろ!」とい意味で、天敵が出たときに使う。「ヂヂヂヂ」は「集まれ!」という意味になる。

そして、シジュウカラは必ずこの順番で鳴くという。「警戒」が先で、「集まれ」が後のルールになっている。もしこのルールを破ったときに意味が通じないのであれば、それは文法であることを意味する。

この仮説を確かめるために、録音したシジュウカラの声で「ピーッピ・ヂヂヂヂ」と聞かせると、警戒しながらスピーカーに近寄ってきた。だが、ルールを破って「ヂヂヂヂ・ピーッピ」と聞かせると、適切な反応を示さなかったという。つまり、シジュウカラは「文法」を持っていると言えるのだ。

あるいは、言語の恣意性について。

例えば、「ヘビ」「snake」という音が蛇を示すことについては、人間の約束事にすぎない。これが言語の恣意性になる。

シジュウカラにとっての蛇は、「ジャージャー」だという。

これは、天敵であるヘビやタカ、モズのはく製を巣箱の傍に置いて、それを見たシジュウカラの鳴き声を調べたことにより判明している。録音した「ジャージャー」という声を聞かせると、シジュウカラは地面を見まわしたり茂みを確認したという。

でも、だからといって「ジャージャー」=「ヘビ」とは限らないのではないか?「ジャージャー」=「地面を確認しろ」かもしれない―――このツッコミに対しては、「見間違え」の実験を行っている。

木の枝に紐をつけて動かしながら、「ジャージャー」と聞かせると、シジュウカラは蛇と見間違えて枝を確認しに行く。一方で、枝を動かしながら別の鳴き声を聞かせても反応しない。つまり、「ジャージャー」という音は、シジュウカラにとっては蛇のシンボルだといえる。

このように、シジュウカラの言語における、文法性や恣意性、生産性について、研究成果を紹介してくれる(※6)。これは世界初の研究(※7)であり、シジュウカラは、「高度なコミュニケーション」ができないのではなく、誰も研究していなかったことが分かる。

ゴリラは過去や未来について語れない?

それでも……と言語学者は反論するだろう。

人間以外の生物は、「いま・ここ」に生きているに過ぎないと。過去や未来のことについて語ったり、仮定の話をするといったコミュニケーションは、人間という万物の霊長にのみ与えられた能力だと力説するだろう。

本当だろうか?

これは、山極寿一さんが体験したゴリラの「タイタス」の話がぴったりだ。

山極さんは昔、ルワンダで2年間、ゴリラと暮らしたことがあるという。その時に特に仲良くしていたのが、「タイタス」という6歳の子どものゴリラだったという。

ところがルワンダの内戦が激化して、研究が続けられなくなってしまい、タイタスとも離れ離れになってしまう。

長い年月が流れ、ようやくタイタスと再開したのは、実に24年ぶりだったという。タイタスは、平均寿命に近い、お爺さんになる。群れのリーダーである、シルバーバック(背中が銀色の成熟した雄ゴリラ)になっていたという。

山極さんはタイタスを見て分かったが、タイタスは山極さんのことを覚えていただろうか?

もちろん覚えていた。

山極さんのゴリラ語の挨拶「グッフーム」に応えるばかりか、するすると近寄ってきて、仰向けに寝転がったという。そればかりかゲラゲラ笑いだしてしまったというのだ(仰向けになったりゲラゲラ笑いだすのは子どもがすることで、大人のゴリラはそんなことはしない)。

山極さんはそこで気づく、タイタスは子どもの頃に戻ってしまい、子どものタイタスとしてコミュニケートしようとしていることに。記憶が眠っている身体を呼び覚まし、タイタスは、「昔こうして遊んだよな」と伝えようとしているのだ。

これはつまり、ゴリラは超越性を身につけている証左にならないだろうか。「いま・ここ」以外も語ることができる。にもかかわらず、できないと決めつけていたのは、人間だったのではないか―――そう山極さんは指摘する。

なぜ「人間だけが言語を操れる」とされたのか

二人の対談は面白い方向へ転がっていく。

なぜ、「人間だけが言語を操れる」という固定観念ができたのか?どうして、動物の言語について顧みられることがなかったのか。

そのヒントは、新約聖書にある。

「はじめに、ことばがあった。ことばは、神とともにあった。ことばは神であった」とあるように、人間は言葉を持つが故に他のあらゆる生物と峻別され、この地球の支配権を神から託された―――という偏見が、研究者の間で前提とされていたからだ。

その結果、「下等な」動物たちの鳴き声や吼え声は高度なコミュニケーションには程遠く、研究に値しないとされたため、その豊かな言語表現が見過ごされてきた―――「動物たちは何をしゃべっているのか」を研究してきたお二人の意見が一致するところがここ。

人間の「知性」を基準として、その差分を測定したり、その振る舞いを擬人化して説明するやり方だと、観測範囲を狭めているように見える。青い空も緑の木々も、環境に合わせて人が進化した結果、そう見えているだけであり、紫外線や地磁気を知覚できる鳥からすると、それは人固有の視野狭窄に過ぎないのだから。

シジュウカラとゴリラの研究から、人間の傲慢さまで見えてくる一冊。

 

※1 ミツバチのダンス

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%84%E3%83%90%E3%83%81%E3%81%AE%E3%83%80%E3%83%B3%E3%82%B9

※2 クジラの歌

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%B8%E3%83%A9%E3%81%AE%E6%AD%8C

※3 海の霊長類・イカの心を探る

https://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2019/01/post-f769.html

※4 植物は知性を持っている

https://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2016/01/post-a274.html

※5 言語学とは理系のものか?文系のものか?『言語はこうして生まれる』

https://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2023/02/post-4283ae.html

※6 シジュウカラの言語能力と動物言語学の挑戦

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsaisigtwo/2022/Challenge-061/2022_01/_article/-char/ja/

※7 【世界初】鳥の言葉を証明!シジュウカラの鳴き声が示す単語と文法とは

https://www.nhk.jp/p/zero/ts/XK5VKV7V98/blog/bl/pkOaDjjMay/bp/p0XWGW8MX7/




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