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無制限の想像力が爆発する「やし酒飲み」

やし酒飲み ブッ跳んだ小説。いかにもムラカミハルキが書きそうな。

 ナイジェリアの作家、エイモス・チュツオーラが書いた、奇想天外な大冒険。やし酒を飲むしか能のない男が、鳥になったり神になったり石になったりして、やし酒づくりの名人を探す旅。

 想像力のナナメ上を形容して「荒唐無稽」といわれるが、こいつは次元すら超えている。頭蓋骨だけの生き物。地をはう巨大魚。後ろ向きに歩く死者…そこには人と神と精霊と妖怪の一切に区別がなく、生者と死者も一緒くた。形や大きさ、運動を支配する法則は通用せず、因果も論理もめちゃくちゃだ。

 語りくちすらぶっ壊れている。冒頭はこうだ。

わたしは、十になった子供の頃から、やし酒飲みだった。わたしの生活は、やし酒を飲むこと以外には何もすることのない毎日でした。当時は、タカラ貝だけが貨幣として通用していたので、どんなものでも安く手に入り、おまけに父は町一番の大金持ちでした。

「だ・である」と「です・ます」を混交させたり、地の文だったはずが語り口調につながってたり。読んでいるこっちが奇妙な気分になってくる。このヘンテコな日本語は、原文の壊れた(?)英語の雰囲気を出すために実験的に編み出されたらしい。原文の書き出しはこうだ。
I was a palm-wine drinkard since I was a boy of ten years of age. I had no other work more than to drink palm-wine in my life. In those days we did not know other money, except for COWRIES, so that everything was very cheap, and my father was the richest man in our town.
 やし酒飲みに相当する"palm-wine drinkard"が曲者。"drinker"(飲む人)と"drunkard"(大酒のみ)を掛け合わせたような造語が目を引く。さらに、酒を飲む「ほかは」のつもりで使っている、"more than"は、フツー"other than"だろ常考とツッコミ入れる(この辺りは解説の受け売り。この奇妙な英語にまつわる種明かしは、全読してからチェックしよう)。

 でも、おもしろい。ばつぐんに、おもしろい。

 マンガでいうなら、エノモトや戦車の「不条理マンガ」を初めて読んだときと同じ気分みたいで懐かしい。次から次へと、事件が死が暴力がひっきりなしに現れ出る。そのむちゃぶりに振り落とされないよう、言語レベルで既におかしな文にしがみつく。

 ご都合主義な呪術とか変なしきたりとか狂った問答に驚かされる一方で、妙に細やかな細部とかミエミエの策略とか微妙にお約束どおりの展開に笑わせられる。そもそもそんなチカラがあるのなら、最初に使えよ!と何回ツッコんだことか。

 ナナメ上を超えた想像力が全ページで炸裂しており、印刷された白と文字の黒の二色しかないはずの紙上に極彩色が踊っている。本、特に「小説」というのは書き手と読み手が同じ世界観というか文化に乗っかってはじめて成り立つんだということが、イヤっていうほど知らされる。いったん両者をディスコミュニケートさせると、合理的な世界の脆さや精霊の世界の近さが分かる。この感覚は、ハルキ臭ぷんぷんだね――ああ、逆か、逆だった。彼ならこれを10倍に希釈して大長編に仕立て上げるんだろうね。

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受信: 2008.08.04 16:32

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