彼女が初潮を迎える前に、卵子はすでに冷凍されていた。言っておくが、これはその手の陰謀論や人権派弁護士が好んで噛みつくような話ではない。いや、もっとずっと先の、制度と倫理と技術とビジネスが見事に結託した、光り輝く未来の話なのだ。
彼女は七歳だった。乳歯がまだ二本、ぐらぐらしていた時期だ。自治体と生殖工学企業が提携した「未来母体プログラム」のモデルケースに選ばれ、彼女の卵巣からは未成熟の原始卵胞が摘出され、培養・成熟処理されたのち、液体窒素に沈められた。あのとき医師が彼女に語りかけたという。「おめでとう、これで人生設計の自由が一つ増えたね」と。
それから十数年。彼女は25歳、性格は粗いが有能な企業戦士になっていた。上司のパワハラにも同期のメンタル崩壊にも目もくれず、彼女は成果主義の荒野を突き進む。生理はもう五年以上止めてある。ホルモン制御薬の進化で、排卵も情緒もきれいさっぱりオフにできる。急な海外出張? 喜んで。月経痛もPMSも、妊娠リスクも、何もないからだ。
恋人はいない。いや、必要なかった。なぜなら彼女には、15歳のときに大学の後輩で色狂いだった男の精子が、すでに確保されていたからである。
男は淫乱だった。性に飢えていた。卒業後には梅毒だのクラミジアだの、保健所のデータベースを賑わせるような生活に突入していったが、高校二年のとき、彼もまた、将来の自由のために自らの新鮮な精子を凍結していた。そう、性病に蹂躙されようが、冷凍庫の中の彼は純粋無垢な精子のままだったのだ。けけけけけけけけけけけけけけけけ。
それはコーヒーを淹れるようなテンションだった。彼女はタブレットで「精子バンクNo.4869(当時17歳未感染)」を選び、「卵子ファイル#A-07(7歳時摘出分)」を指定し、マッチング後はAI胚培養技師の確認を経て、都内の出生ファクトリーへ送信。人工子宮ユニット#11での培養が始まった。
出産予定日は230日後。だが彼女にとって、出産とはイベントではなかった。人生計画における「フェーズB-2」にすぎない。赤ん坊は高機能チャイルドケアシステムに預けられ、乳児期からビジネス・ブレークスルー大学付属保育アカデミーで英才教育を受ける。母親は産後休暇も育休も取らずに出社。労働と繁殖がついに完全に分離された瞬間であった。
「自分の身体で産むなんて、原始的すぎて無理だわ」と彼女は言った。誰も反論しない。もはやそれは自由意思ではなく、デフォルトなのだ。
かつて「結婚とは家族を築くための契約」だった。しかしいまや、家族とはプロジェクトの一種である。繰り返し可能で、アップデートも可能。子どもを持ちたくなければ持たない選択肢も、持っても育てない選択肢も、持った子を一時中断して再開する選択肢さえも、全てが「選べる」のである。
男は後に言った。「俺の精子、使われたって知って、ちょっと嬉しかったよ」
それを聞いて彼女は目を細めた。「ああ、あなたね。ありがと。でも別に会う気はないわ」
子どもはすくすく育ち、画面の向こうでにこにこと笑っていた。母子関係はデジタルクラウド上で管理され、週に一度AIが感情フィードバックを送り続けてくれる。
興味ないね