あがの‐がわ〔‐がは〕【阿賀野川】
阿賀野川
阿賀野川は、栃木県藤原町と福島県岩館村の境にある荒海山にその源を発し、山間部から会津盆地に入り、猪苗代湖から流下する日橋川等の支川や阿賀野川水系最大の支川である只見川を合わせて、新潟県に入ります。以後五泉市馬下より新潟平野に出て、新潟市松浜において日本海に注ぐ、流域面積7,710km2、流路延長210kmの河川です。 |
河口から上流を望む |
河川概要 |
| ○拡大図 |
1.阿賀野川の歴史 |
"阿賀野川の流水は、鉄道の未発達な時代には舟運による物資の輸送路として利用されていました。また、江戸時代の松ヶ崎開削により現在の河口が形成され、その後の改修工事により、米どころ新潟の豊かな穀倉地帯を安全にうるおしながら日本海に注いでいます。" |
阿賀野川特有の歴史、先人の知恵の活用 |
今から約270年前(江戸時代中期)までの阿賀野川は、河口部より西に折れて信濃川と合流して日本海に注いでいましたが、新発田藩の水田開発を目的とした分水路の開削により、現在の阿賀野川の河口が形成されました。開削当時は洪水のみを日本海に放流する目的でしたが、翌年の融雪洪水により分水路が本流と化したものです。 明治以降の阿賀野川改修 明治16~18年に小規模の補強工事等が実施されましたが、阿賀野川のその後も幾度となく洪水に見舞われました。特に大正2年の木津切れの大洪水は、亀田郷一帯(新潟市付近の低平地)を水の底に沈める被害を発生しました。その木津切れが本格的な改修の契機となり、第一期改修(大正4年~昭和8年)、戦後の第二期改修(昭和22年~現在)と河道の整正・築堤・護岸など本格的な工事に着手し、現在に至っています。新潟平野は阿賀野川等の河川が氾濫してできた堆積平野であり、現在の美田は、かつて多くの人々が水害とたたかい築き上げてきたものです。 伝統工法の〝粗朶沈床工〟(そだちんしょうこう) |
2.地域の中の阿賀野川 |
"阿賀野川下流部は広大な高水敷を有しており、多くが農地、公園、グラウンドなどに利用されています。また、上流部は山間渓谷部の景勝地として県立公園にも指定され、多くの観光客で賑わうなど、上~下流の各地において住民から利用され地域になくてはならない役割を担っています。" |
地域社会とのつながり 「大河」阿賀野川の恵み 阿賀野川流域は豊富な降水量に恵まれ、水量の豊かな川であるとともに、自然豊かな清流として知られています。 阿賀川と呼ばれる上流の会津地方は、日本の水力発電のさきがけとなった地方であり、下流の新潟県内を流れる阿賀野川は、かんがい用水等に広く利用され日本一の米どころ新潟平野を築いてきました。
阿賀野川は高水敷の農地的利用が大規模に行われている一方で、川岸には自然植生が残されており、豊かな水と広大な河川空間がおりなす景観は、他の河川には見られない特徴があります。 下流部の高水敷は広大な面積を有しており、民有地も含めその66%の面積が農地や公園・運動場等に利用されています。 そのうち公園や運動場として利用されているところは約1割で73haにも及び、休日の河川公園では各種イベントやスポーツ大会、レクレーションなどで賑わう姿が多く見られます。特に、新潟市にある阿賀野川緑地公園は、20haの面積を持つ大規模総合運動公園として市民に利用されています。
阿賀野川及び信濃川の下流域においては「水の都」新潟に相応しい舟運を復活させる市民運動の高まりや水上オートバイ活動等の活発化、プレジャーボートの保有化が進みつつある状況にあります。 今後さらに増大が予想される水面利用者への多様なニーズを把握し、適正な船舶の利用にむけて、安全な水面利用の通航ルール策定を進めています。 |
3.阿賀野川の自然環境 |
"阿賀野川の川辺には、上流部の石礫河原から中流部の蛇行区間や湿地、下流の広いヨシ原や砂州など、川の流れに応じた様々な水辺の自然環境が残されており、それぞれの環境に適応した多様性に富んだ生物が生息しています。" |
多様性に富んだ自然環境
新潟平野を流れる阿賀野川の川幅は下流部では1kmにもおよび河川敷にはヤナギ林やヨシ、ヒメガマなどの水辺の植物群落が広がっています。 このように水辺の自然が多く残されていることから、鳥類や昆虫類、魚類など様々な生物の大切な生息場所となっています。 河口部~下流部 河口の砂浜にはケカモノハシ、コウボウムギ、ハマヒルガオ、ウンランなどの海浜植物群落のほか、ハマヤガ、ハマベウスバカゲロウのような海浜砂地だけに生息する昆虫が分布しています。また河口右岸の池には、全国的にみても珍しいオオモノサシトンボが生息しています。下流部の岸辺にはヒメガマ、マコモ、ヨシなどの抽水植物が大きな群落を形成し、これらに囲まれた流れの緩やかな水域は、コイやギンブナ、イトヨなどの産卵や稚魚の生息場所ともなっています。また、中州のヤナギやエノキなどからなる樹林には、ゴイサギ・アマサギ・チュウサギなどサギ類のコロニー(集団繁殖地)が形成されています。 中流部~上流部
多種多彩な生き物の宝庫 阿賀野川の河辺には、上流の石礫河原から中流の蛇行区間や湿地帯、下流の広いヨシ原や水面や砂州など、広大な流れに応じた様々な水辺の自然環境が残されており、それぞれの環境に適応した多種多彩な生き物が生息しています。 |
4.阿賀野川の主な災害 |
阿賀野川の主な災害
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(注:この情報は2008年2月現在のものです)
阿賀野川
阿賀野川
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/10 08:50 UTC 版)
「只見特定地域総合開発計画」の記事における「阿賀野川」の解説
阿賀野川ではすでに新郷、山郷、豊実、鹿瀬の四発電所・ダムが戦前に建設されていたが、戦後も発電所の建設が進められた。 上野尻ダム・上野尻発電所(出力5万2000キロワット)は山郷発電所と豊実発電所の間、磐越西線上野尻駅付近に建設された。両発電所の間にある未使用の落差を有効に利用するために建設され、1959年6月に完成した。そして只見特定地域総合開発計画で建設されたダムの中で最も下流に建設されたのが揚川ダム・揚川発電所(出力5万3600キロワット)で1963年(昭和38年)に完成する。このダムは上流にある全発電所の水量を調整し、阿賀野川下流の水量を一定に保つための逆調整池として建設されたが、ダムの集水面積が約6,728平方キロメートルと広大であるため、莫大な水量を制御するため横一列に水門が並ぶタイプの重力式コンクリートダムである。こうしたタイプのダムとしては他に船明ダム(天竜川・静岡県)、池田ダム(吉野川・徳島県)、夜明ダム(筑後川。福岡県・大分県)があり、何れも河川に建設されたダム群の中では最下流部に位置している。
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「阿賀野川」の例文・使い方・用例・文例
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