あのさ、「真の弱者は助けたくなる姿をしていない」とかドヤ顔で言ってる人たち、何様?って感じ。結論から言うけどそれ、ただの「面倒くさいから切り捨てても罪悪感持ちたくない」っていう言い訳。しかもそれを“自分は現実をわかってるつもりの聡い人間”みたいに装ってるのが最高にダサいのよ。
そもそも、弱者が「助けたくなる姿をしていない」状態になってる時点で、もうそこまで追い詰められてるってことじゃん。精神的にも生活的にも余裕がゼロの人間に「可愛げを見せろ」「素直になれ」って、そこまで壊れてる人間に社会的パフォーマンス求めるってどういう頭してんの。倒れてる人に「立てよ、立てないなら助ける気にならない」とか言ってるのと同じ。何が“真の弱者”だよ、弱ってる人を弱者と認識すらできなくなってる時点で、冷酷ぶってる自分の方が現実分かってないの。
「助けたくなる姿になれば?」ってやつもマジで笑う。はいはい、要するに「俺が共感できる範囲でしか助けたくない」「俺が気持ちよくなれる弱者しか見たくない」ってことでしょ?助けたいっていう慈善を、結局“自分の気分次第”で測ってる時点で、助ける側としても偽物なんだよ。わざわざ「見た目が悪い」「態度が悪い」って言い訳してるのも、ただの自己正当化。性格悪いのはお前らの方。
で、「お前だって誰でも助けられねーくせに」とか言い返してくるやつも絶対いるよね。そういうのもズレてんの。個人が全員を助ける義務を負えって話じゃない。社会全体で構造的に助ける仕組みにしろって話なの。だからこそ、「情じゃなく制度で動け」って言われてるわけ。にもかかわらず「自助努力が~」とか言い出すの、昭和の根性論と同レベル。自助が成立するには最低限の体力と知恵が必要なんだよ。その最低限さえ奪われてる人に「努力が足りない」「他責思考」とか、マジで言ってて虚しくならんの?人間ってそんなタフにできてねぇから。
そして一番終わってるのが、「自業自得」って言葉を振り回して悦に入ってる人。マジで頭悪い。自業自得ってのは結果が本人にだけ跳ね返るときに初めて成立すんの。でも現実では、その“失敗者”を切り捨てた結果、周りにも影響出んのよ。失業や孤立が増えれば治安も治療費も全部跳ね返ってくる。つまり「助けない選択」は最終的に社会全体の首を絞める自己破壊だって話。自業自得じゃなくて、社会全体の「他業他得」なの。わかる?助けなきゃ損するのは助けない側なのよ。
「弱者は他責思考」って言う人も、他責にしてるのはお前らの方だよ。社会の仕組みを変える責任を全部“努力不足の個人”に押しつけて、自分の無関心を正当化してる。ほんとに責任感があるなら、自分が助けられない命の重さについて一回でも考えろって話。無視するのは自由だけど、偉そうに人の命を効率や態度で採点するな。お前の物差しが正義じゃない。
だから私は言う。どんな弱者でも助けるべき。理想論じゃなく現実的な話。助ける仕組みがあることで犯罪率も下がるし、安全も保てる。人を切り捨てる社会は、回り回って全員が生きづらくなる。弱者を見捨てることは“正義のコスト削減”なんかじゃない、“未来の地獄の前払い”なんだよ。
「真の弱者は助けたくなる姿をしていない」とか言って悦に入ってる人、あんた達のその冷酷ポーズ、現実ではただの無能の言い訳だよ。助ける力も知識もなくて、せめて他人を見下して自分をごまかしてるだけ。それを“現実的”って呼ぶの、マジで図々しい。ほんとの現実を見てんのは、泥まみれでも誰かを助けようと動く人たちの方だよ。あんたらはただの安全地帯評論家。
コンプラに引っかかるよ
で、調べたんよ
英語では
「Lose with the Joker」「Old Maid」
と呼ぶらしいんだ
どうやら昔は、ジョーカーを加えるのではなく、
クイーンを1枚抜いて51枚のカードを使って行われていたらしい
「Old Maid」は、1枚のクイーンがの相手がいなくて、独り売れ残ることから名付けられたっぽい
で、そのOld Maidの日本語訳として「お婆抜き」という名称になったらしい
最終的にそれが「ババ抜き」に転じたらしい。
つまり、ジョーカー=ババァではなく、余ったクイーンがババァだったということだ
まあそういう過程があったとしてもだ
中道とかまだ言ってるの?
でも600万までで8割くらいの人が含まれるんですよね
「塩分を摂取しないで過ごすと体重が減る!」というダイエット法らしい。
俺文系だからよくわかんないんだけどさあ、それってもしかして血液の塩分濃度が一定になるように身体が血液を減らしてないか?
本当に大丈夫なのこれ?