日本労働研究雑誌1月号

 (一社)労働政策研究・研修機構様から、『日本労働研究雑誌』1月号(通巻774号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。今年の色は「あおねず」か「ふじ」あたりが近いかな?

 特集は「不適合の先にある成長と活力」ということで、環境変化にともなって常に発生するミスマッチにどう向き合うか、さまざまな観点から7本の論考がまとめられています。昨今リスキリングが大流行で技術革新にともなう技能陳腐化やミスマッチは大いに注目を集めているところですが、企業人事の観点からは中高年社員のキャリア・プラトー問題も引き続き重要なところでしょう。こちらについては「成長と活力」というよりは、それとどう折り合いをつけてモチベーションを維持するのかという観点がより必要ではなかろうかと思われ、これについても各論文で触れられていますがやはり難しい課題かなという感じです。連合総研『DIO』の最新号(403号)の特集はシニア労働ですが、類似の問題意識が見られ、あわせて勉強してみようと思います。
www.rengo-soken.or.jp

産政研フォーラム冬号

 (公財)中部産業・労働政策研究会様から、『産政研フォーラム』2024年冬号(通巻144号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。
www.sanseiken.or.jp
 今号の特集は「子育て支援のあり方」で、佐藤博樹先生が人事管理、武石恵美子先生が政策の観点から論考を寄せられています。大竹文雄先生の連載「社会を見る眼」は「優れた管理職の見つけ方」で、米国における最新の心理学実験の結果が紹介されています。立候補で選んだマネージャーよりランダムに選ばれたマネージャーのほうがパフォーマンスが良好だったという結果はなかなか衝撃的なものがあります。以下に元ネタの論文があります。
www.nber.org

ビジネスガイド2月号

 (株)日本法令様から、『ビジネスガイド』2月号(通巻954号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 今号の特集は「定年後再雇用2年目以降の契約更新の実務とトラブルを生まない制度設計」「ミドル層の採用後ミスマッチ」「労働基準監督官に提出する上申書の書き方」の3本で、今回は法改正関連はないようですが、それぞれに人事管理の現場のご苦労がしのばれる内容になっています。3つめには「結論が出される前に言うべきことは言っておこう!」との副題があるのが泣かせますが、いざ有事の際にはたいへん役立つ記事と申せましょう。
 八代尚宏先生の連載「経済学で考える人事労務・社会保険」は「被用者年金による国民年金救済策の評価」で、そもそも相当わかりにくいこの施策の解説として有益であり、さらにその問題点が明確に指摘されたうえで、解決策としての目的(消費)税方式化と、首相直轄の社会保障改革機関の設置が提言されています。大内伸哉先生のロングラン連載「キーワードからみた労働法」は今回は「家事使用人」が取り上げられ、その東京地裁判決がhamachan先生の新書(濱口桂一郎『家政婦の歴史』 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)、本記事でも言及があります)の契機ともなった渋谷労働基準監督署長(山本サービス)事件の最高裁判決をふまえて、家事使用人の労働者性およびその保護の在り方について検討されています。

今年の10冊

 どうだったかなと思って振り返ってみたところ2005年から2023年まで、2008年と2012年を除いて17回「今年の10冊」を選んでいるようです。もともと多読雑読乱読の人なのですがそれなりにその年の気分とか(笑)、選書傾向の変化が見えていて自分としては面白い。ということで今年が18回めとなりますが飽きずにやります。例によって1著者1冊、著者名50音順です。

稲葉振一郎『宇宙・動物・資本主義-稲葉振一郎対話集』

 人文科学の多岐にわたる分野に関する第一人者との対談が12本収録された対話集です。私レベルの「人文系ヘタレインテリ」(の部類だと自分では思っているのですが)でも、人文科学の今日的・論争的話題を面白く知ることができる非常にありがたい本。いなば先生はなぜどんな球でも打てるのかと感服すると同時に、なぜ第一人者がいなば先生を対談相手に選ぶのかということがたいへんによくわかります。

岩井圭也『いつも駅からだった』

 昨年から今年にかけて、京王電鉄が「いつも駅からだった」というキャンペーンイベントを開催しました。
keionovel.com
 京王沿線主要5駅にまつわる短編小説を、途中まではウェブで読めるのですが、全編を読むには現地に行って冊子を入手する必要があり、小説として通読するもよし、せっかく現地に行ったなら冊子片手に現地を散策しながら謎解きに挑むもよし、というものでした。私は調布市民であり、コロナ期の職場(サテライトオフィス)が府中市にあったことから、調布駅と府中駅の2話は読了しておりましたが、今般5話をまとめた文庫が刊行されたとのことで、小説の舞台にもなっている府中駅の啓文堂書店で買い求めてまいりました。
 ということで、内容としては「今夜は謎トレ」みたいなパズルを解きながら読み進める娯楽小説集であり、まあ調布市在住、府中市在勤経験ありの京王沿線民である私にはそうでない皆様のたぶん2倍くらい面白かったのと、すでに5話読破済みの読者も楽しめるような追加コンテンツも加えられるなどなかなか意欲的でもあるので選んでみました。

大橋重子『個人と組織の心理的距離ー距離をとる行動のバリエーションと影響』

 たった今(笑)簡単なご紹介を書きました。
roumuya.hatenablog.com

国立博物館筑波実験植物園『植物園へようこそ』

 私はご近所の神代植物公園に足しげく通っているので、書店で見つけて買ってみました。岩波科学ライブラリーということで、基本的な事項が要領よく、たいへんわかりやすく解説されています。なにより、著者たち(数えてみたところ研究員11人の共著のようです)の植物への愛が行間からほとばしっているのが魅力的です。

坂本貴志『ほんとうの日本経済』

 先日丸の内オアゾの丸善に立ち寄ったところ入口正面の平台に山積みにされていて驚きました。多くの人に読まれてほしい良書であり、丸善の書店員さん、さすがの慧眼です。
 簡単なご紹介はこちらです。
roumuya.hatenablog.com

滝原啓允『欧米のハラスメント法制度』

 修復的正義に関しては依然として私はやや懐疑的なのですが、諸外国の現状をまとめて整理されているのは貴重と思います。
 簡単なご紹介はこちらです。
roumuya.hatenablog.com

日本体育・スポーツ経営学会編『スポーツ観戦を科学する』

 私はアマチュア野球だけで球場で年100試合以上(2024年は52日・124試合)現地観戦する筋金入りのスポーツ観戦愛好家なので、非常に興味深く読みました。執筆者は版元のウェブサイトによれば15人、学会の総力を挙げて、というと大げさでしょうが、スポーツ観戦の文化的意義、観戦リテラシーの育成、メディア報道の傾向と問題点などから始まって、スタジアムの構造といった工学分野まで含めてきわめて多角的に論じられています。

萬代悠『三井大坂両替店ー銀行業の先駆け、その技術と挑戦』

 中心的な関心事は江戸期金融業の信用調査です。前半ではやはり副題にある「銀行業の先駆け」たる三井大坂両替店とはどのようなビジネスでどのような組織、管理だったのかが紹介され、後半では信用調査がいかに行われたか、顧客たちの実態はどうだったのか、結果としてどれだけの融資が実施されたのかについて、三井文庫の膨大な史料を元に解説されており、まことに興味深い一冊となっています。

八木谷涼子・鈴木元彦『日本の美しい教会』

 府中市美術館のショップで見つけて即決で買いました。美しい図版がふんだんに用いられ、眺めているだけで幸せになる一冊です。10年ほど前に仕事で(なぜだ(笑))福江島を訪問する機会があり、その際現地で時間があったのでいくつかの教会(すべて現役で使用されていた)を見学させていただいたことを懐かしく思い出しました。

矢島洋子・武石恵美子・佐藤博樹『仕事と子育ての両立』

 中央経済社から刊行されていた「シリーズダイバーシティ経営」がこの一冊で完成しました。
 簡単なご紹介はこちらにあります。
roumuya.hatenablog.com
 本年も本ブログをお読みいただきありがとうございました。よいお年をどうぞ。

大橋重子『個人と組織の心理的距離』

 大正大学の大橋重子先生から、ご著書『個人と組織の心理的距離ー距離をとる行動のバリエーションと影響』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

 組織の構成員である個人の、その所属する組織に対する「心理的距離」に着目し、個人と組織との心理的距離が双方の関係性にどう影響するか、個人のどのような属性が組織との心理的距離の置き方に影響しているのかを分析した本です。著者の博士論文を研究書にしたものとのことで、はじめの三分の一は先行研究のレビューの紹介・整理にあてられていて私のような専門外の読者も頭を整理でき、質的調査はたいへん具体的で実感に合う結果が得られているように思います。この手の調査結果を見るとたびたび思うことなのですが、個別のインタビュー録を読んでみたいところ。
 定量分析でもなかなか興味深い結果が得られており、主な結論を紹介すると、個人が組織と距離をとる行動と満足度の関係については、距離を置き保つ行動のうち「汎用スキルの形成」(当該組織以外でも利用できるスキルを形成し転職の可能性を保持する)は仕事・キャリアの満足度とキャリア成熟度に正の相関があり、(組織に対する個人キャリア希望などの明示的な)「意思の表示」は自己効力感とキャリア成熟度に正の相関が見られました。組織から離れる行動については、「対人関係のコントロール」(業務と直接の関係がない社内行事や私的交際を避ける)は地位・収入の満足度と正の相関、人間関係の満足度に負の相関があり、(個人と組織のめざす)「目標の分離」は仕事・キャリアの満足度と負の、離職意図とは正の相関が見られました。距離を置き保つ行動と組織から離れる行動に共通する相関関係がなかったのは興味深いところですが、当然といえば当然なのかもしれません。
 また、個人の特性が距離をとる行動をどう規定しているかについては、変革性、経営幹部、私生活重視、社会奉仕が汎用スキルの形成と正の、持続性と安定志向が汎用スキルの形成と負の相関関係を示したほかは、営業ダミーが意思表示に負の相関を示しただけで、他には有意な相関はみられなかったとのことです。このあたりは、従業員411人の単一企業を対象とした事例調査であり、有効サンプルは128ということなので、はっきりした傾向は出にくかったのかもしれません。人事評価のデータなども提供されているとのことでしたので、追加的な分析があれば評価の高低との関係なども見てみたいところです(が、サンプルサイズの限界はあるのかもしれません)。
 著者自身も述べているように限界は当然あるわけですが、社会環境の変化の中で組織の人事管理の在り方や所属する個人の意識も変わりつつある現状、たいへん時宜を得た、重要な視点を提供していると言えるのではないかと思います。今後の成果を楽しみに待ちたいと思います。

 

ビジネスガイド1月号

 (株)日本法令様から、『ビジネスガイド』2025年1月号(通巻953号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 本号の特集は「改正雇用保険法・次世代法 省令を踏まえた実務対応」と「デジタルマネーによる給与支払の実務と最新情報」で、前者は新しい助成金がスタートするので該当の担当者には見逃せないところでしょう。後者はこの夏にPayPayが第1号に指定され、ソフトバンクがさっそく利用を始めて話題になったのはまだ記憶に新しく、状況がわかってきた中で時宜を得たものといえるでしょう。一般記事の中では、長島・大野・常松の2弁護士による「ゲノム情報に基づく雇用差別禁止に関する実務上の留意点」が今日的な課題を扱っており勉強になります。
 八代尚宏先生の連載「経済学で考える人事労務・社会保険」の今回のテーマは「国民民主の基礎控除引上げ案の評価」で、基礎控除の103万円から178万円への引き上げは必要な財源に較べて効果が乏しく、高所得者ほど恩恵が大きいなどの問題点があること、就業調整を抑制するには税制だけでなく社会保障や家族手当など企業の人事制度も見直しが必要なこと、将来的には第三号被保険者制度の廃止など世帯主が無業の配偶者や子を扶養することを前提とした制度から個人単位の制度に移行することが必要なことなどが指摘されています。大内伸哉先生のロングラン連載「キーワードからみた労働法」は「職種限定合意と配置転換」として滋賀県社会福祉協議会事件の最高裁判決が取り上げられています。職種限定合意があれば当該職種が消滅した際の解雇の有効性は理論的には認められやすくなると考えられるが必ずしも予見可能性は高くなく、企業が職種限定を避ける(「ジョブ型」移行の流れが停滞する)恐れがあることなど、JIL雑誌のディアローグ(日本労働研究雑誌11月号 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」))で示された論点がこちらでも検討されています。

日本労働研究雑誌12月号

 (独)労働政策研究・研修機構様から、『日本労働研究雑誌』12月号(通巻773号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 今回の特集は「労働移動」ということで、Googleの検索窓に「成長分野」と入れると「成長分野への労働移動」が第一候補として提示される(これって私だけ?)ご時世にあってまことに時宜にかなったものであり、内容も集団的労使関係や競業避止義務、M&Aなど幅広いテーマを網羅しています。寺本ほか論文では名刺管理ソフトに蓄積されたビッグデータで企業間/内の労働移動が役割変化まで含めて分析できることが紹介されていて、言われてみればそうかなと思いますが知らなかったなあ。勉強させていただきます。