大橋重子『個人と組織の心理的距離』

 大正大学の大橋重子先生から、ご著書『個人と組織の心理的距離ー距離をとる行動のバリエーションと影響』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

 組織の構成員である個人の、その所属する組織に対する「心理的距離」に着目し、個人と組織との心理的距離が双方の関係性にどう影響するか、個人のどのような属性が組織との心理的距離の置き方に影響しているのかを分析した本です。著者の博士論文を研究書にしたものとのことで、はじめの三分の一は先行研究のレビューの紹介・整理にあてられていて私のような専門外の読者も頭を整理でき、質的調査はたいへん具体的で実感に合う結果が得られているように思います。この手の調査結果を見るとたびたび思うことなのですが、個別のインタビュー録を読んでみたいところ。
 定量分析でもなかなか興味深い結果が得られており、主な結論を紹介すると、個人が組織と距離をとる行動と満足度の関係については、距離を置き保つ行動のうち「汎用スキルの形成」(当該組織以外でも利用できるスキルを形成し転職の可能性を保持する)は仕事・キャリアの満足度とキャリア成熟度に正の相関があり、(組織に対する個人キャリア希望などの明示的な)「意思の表示」は自己効力感とキャリア成熟度に正の相関が見られました。組織から離れる行動については、「対人関係のコントロール」(業務と直接の関係がない社内行事や私的交際を避ける)は地位・収入の満足度と正の相関、人間関係の満足度に負の相関があり、(個人と組織のめざす)「目標の分離」は仕事・キャリアの満足度と負の、離職意図とは正の相関が見られました。距離を置き保つ行動と組織から離れる行動に共通する相関関係がなかったのは興味深いところですが、当然といえば当然なのかもしれません。
 また、個人の特性が距離をとる行動をどう規定しているかについては、変革性、経営幹部、私生活重視、社会奉仕が汎用スキルの形成と正の、持続性と安定志向が汎用スキルの形成と負の相関関係を示したほかは、営業ダミーが意思表示に負の相関を示しただけで、他には有意な相関はみられなかったとのことです。このあたりは、従業員411人の単一企業を対象とした事例調査であり、有効サンプルは128ということなので、はっきりした傾向は出にくかったのかもしれません。人事評価のデータなども提供されているとのことでしたので、追加的な分析があれば評価の高低との関係なども見てみたいところです(が、サンプルサイズの限界はあるのかもしれません)。
 著者自身も述べているように限界は当然あるわけですが、社会環境の変化の中で組織の人事管理の在り方や所属する個人の意識も変わりつつある現状、たいへん時宜を得た、重要な視点を提供していると言えるのではないかと思います。今後の成果を楽しみに待ちたいと思います。