超大国の独善的な行動が世界経済を混乱させ、人々の暮らしを苦しめる。そんな事態に陥るリスクが高まったことを深く憂慮する。
米大統領選でトランプ前大統領が返り咲きを決めると、日米の株価は急伸した。公約の大型企業減税や規制緩和が景気を刺激すると好感された。
だが株式市場の反応は早計だろう。「米国第一」を振りかざすトランプ氏は、自国を過度に優先する保護主義政策をエスカレートさせようとしている。
武器とするのは「辞書で最も美しい言葉」と公言する関税である。同盟関係にある日本や欧州も含めた全ての国に10~20%、脅威とみなす中国には60%もの税率を課す方針を表明している。政権1期目の対中関税が最大で25%だったのに比べると格段に高い。
対中関税は60%の意向
実行に移せば、米国の平均関税率は現在の3%程度から17%台に跳ね上がると試算されている。世界恐慌に襲われた1930年代以来の高水準となる。当時は各国が他国の製品を締め出そうと高関税をかけ合った。対立が深まり、第二次大戦の引き金にもなった。
最も懸念されるのは、大国同士の貿易戦争に突入することだ。
1期目も中国や欧州が対抗し、高関税の応酬が繰り広げられた。景気の先行きが不安視され、世界的な株安を引き起こした。
今回は、トランプ氏が一段と強硬になっているため、報復合戦が激化する可能性がある。国際的な製品供給網(サプライチェーン)が寸断され、貿易量が大幅に減りかねない。世界に及ぼす影響は極めて大きい。
国際通貨基金(IMF)は、世界経済の成長率が、好不況の分かれ目とされる3%を大きく下回る水準まで悪化すると予測する。ゲオルギエワ専務理事は「低成長が続けば、途上国の貧困増加など格差を広げる」と警鐘を鳴らす。
米国のインフレを再燃させる恐れもある。高関税を課すと、輸入品の価格が上昇するためだ。
歴史的な物価高がようやく峠を越し、中央銀行の米連邦準備制度理事会(FRB)は景気を下支えする利下げに転じたばかりだ。だが物価が再び上がれば、利上げに追い込まれかねない。
米国の金利が上昇してドルが買われると、円などドル以外の通貨が安くなり、物価高が各国に広がる。最も打撃を受けるのは所得の低い人たちである。
世界経済を支えてきた多国間の枠組みも揺らぎそうだ。
主要7カ国(G7)や主要20カ国・地域(G20)の首脳会議(サミット)は貿易などの政策で足並みをそろえる場となってきた。
だがトランプ氏は国際協調を軽視し、サミットで各国と衝突を繰り返した。2国間交渉のように、強大な経済力や軍事力をバックに高関税をちらつかせて相手を威圧し、自らに有利な条件を引き出す手法が使えないからだ。
ウクライナと中東の戦争で国際社会の分断が深まっている。世界経済のリスクは多く、安定化には各国の連携が欠かせない。
米国は超大国として協調を主導する立場にある。その役割をないがしろにして、分断を深刻化させるようでは、あまりに無責任だ。
独善は米国益も損なう
トランプ氏の勝因は、米国経済を支えた自動車や鉄鋼などの工場が集中する激戦州を制したことである。安い中国製品などに押されて衰退し、「ラストベルト(さびついた工業地帯)」と呼ばれる地域が多い。
大統領選では「多くの職が中国などに流出した。全て取り戻す」と強調し、低賃金の労働者らに高関税政策をアピールした。
だが1期目に中国や日本の鉄鋼製品に高関税をかけたにもかかわらず、USスチールは業績低迷から抜け出せず、会社側は日本製鉄に身売りする方針を決めた。
関税に守られて、高コスト体質が温存されたためだ。トランプ氏は売却に反対しているが、自らの対応に問題があったことを認識する必要がある。
米国経済が発展したのは、戦前の保護主義への反省を踏まえ、世界の自由な貿易や投資を活発化させてきたからだ。独りよがりの政策では展望は開けない。
保護主義は米国の国益も損なう。石破茂首相ら各国の首脳は、トランプ氏に対し、開かれた市場の意義を説き、貿易政策の見直しを促すべきだ。