18歳が一流誌に「量子もつれ」論文を掲載
18歳の青年が、量子コンピューター実現等のカギを握る「量子もつれ」を扱った論文を、世界有数の権威ある物理学誌『Physical Review A』に発表した。15歳から量子の世界に取りつかれたという彼の子ども時代等を紹介。物事は一直線に進んだわけではなかった。
アリ・ディコフスキーくん。ワシントンDCから西に約50kmのバージニア州リーズバーグにある自宅にて。Photos: Brendan Hoffman/WIRED
アリ・ディコフスキーは15歳のときに、PBSのドキュメンタリー番組で物質の新たな相であるボース=アインシュタイン凝縮(BEC)の生成に取り組む物理学者たちを知った。そのとき直観に反する量子の世界に魅了され、同時に、人々がこれまで見たことのないものを生涯をかけて作り出すという考えに心を打たれた。
BECは、1920年代にアルベルト・アインシュタインとインドの科学者サティエンドラ・ボースによってその存在を予言されていたもので、固体でも液体でも気体でもない。プラズマでもない。超低温状態でのみ生じ、不可思議な量子力学特性を示すBECは、そのいずれとも異なる物質相であり、複数の原子が集まってひとつの「超原子」として振る舞い、粒子が波のような挙動を示すものだ。
現在18歳になったディコフスキーくんは、BECとはまた別の量子世界の奇妙な現象である量子もつれに関する研究論文を、世界有数の権威ある物理学誌『Physical Review A』に[5月29日付けで]発表した。
共同量子研究所(Joint Quantum Institute)に所属する研究者スティーブン・オルムシェンクを共著者としているが、「すべての力ずくの計算や、その他の細かな作業のほとんどをアリが担当した」とオルムシェンク氏は言う。「確かに彼は若いが、主著者にふさわしい」。(共同量子研究所は、米国立標準技術研究所(NIST)とメリーランド大学カレッジ
パーク校が共同して運営する研究機関だ。)
この論文は、空間的に離れていて、そして非常に違いの大きいふたつの粒子を、光を使ってもつれ状態にする方法についての理論的解析であり、解析の約90%はあらゆる可能性を試すための「力ずくの計算」からなる。この論文は、技術研究の究極の目標とも呼ばれる量子コンピューター開発の試みに新たな境地を開く内容となっている。
地元のコーヒーハウスで友人と過ごすディコフスキーくん(写真中央)。
ディコフスキーくんの母親によると、彼は3歳のころから算数の計算が大好きだったという。自動車のなかで父親から出される算数の問題を解くのが好きだったのだ。
父親はイェール大学で経営学修士を得た市場リサーチャーで、ハイテク企業の幹部だった。初めのうち、父親から出される問題は足し算や引き算の簡単なものだったが、すぐに複数桁の掛け算や、大きな数の平方根になっていった。そして小学校に入ると、物理学の問題に近くなっていった。
「学校では退屈だったけれど、学校から帰ると父親が代数の問題を用意してくれていた。そしてそれはだんだん、数学というよりは、数学を使って何かを表現する性格が強くなっていった。物理学とはそういうものでしょう」
しかし、物事は一直線に進んだわけではなかった。彼が9歳のときに父親が心臓障害で突然亡くなったのだ。47歳だった。
ディコフスキーくんが持っていた学習への関心はほとんど死に絶えるところだった。「彼は何年も、非常に落ち込みました」と母親は言う。
「ぼくはいろいろなことに希望を失ってしまった。特に自分の勉強については絶望した。父親なしでは、自分の勉強など無意味だと思ってしまったんだ」とディコフスキーくんはいう。「2週間ずっと、家から出るのを拒んだ。その後学校に行かされたけれども、幸せではなかった」
>>2辺りに続く
TEXT BY CADE METZ TRANSLATION BY ガリレオ -高橋朋子/合原弘子
WIRED NEWS 2012年6月8日
http://wired.jp/2012/06/08/ari-dyckovsky/
Analysis of photon-mediated entanglement between distinguishable matter qubits
A. M. Dyckovsky and S. Olmschenk
Phys. Rev. A 85, 052322 (2012)
http://pra.aps.org/abstract/PRA/v85/i5/e052322
そんなディコフスキーくんに、幼いころからの好奇心を再び呼び起こさせてくれたのは、母方の祖父だった。「物事に関心を失ってしまった状態であっても、学校での勉強はやさしすぎた。けれども祖父は、物事を違ったやり方で見ることを教えてくれた。成績でAを取っても無意味だと祖父に言われて、ぼくはびっくりしてしまった。祖父は、Aを取ってもそれはお前のベストではないし、ベストに近いものでもないと言った。時間はかかったけれども、そのうちぼくは祖父の言うことを理解するようになった」
ティーンエイジャーとなったディコフスキーくんは母親の勧めもあり、バージニア州スターリングにあるラウドン科学アカデミーに入学した。このアカデミーは、ラウドン郡の公立学校から科学や数学の才能のある生徒を選抜して教育するマグネット・スクールだ。
テレビ番組でBECと出会ってからは、ディコフスキーくんは量子力学の基礎を独学で学んだ。そして独学に限界を感じた彼は、大学教授や研究者およそ70人に電子メールを送り、もっと勉強したいので力を貸してほしいと依頼した。
ひとりだけが答えてくれた。それが、NISTにいたオルムシェンク氏だ。同氏はしばらくディコフスキーくんにとっての先生になったが、彼らの関係はそのうち協力関係になっていった。
ディコフスキーくんのベッドの脇には、10代での量子研究で獲得した栄誉の品が飾られている。
1930年代半ばにアインシュタインらが初めて考察した量子もつれとは、物理的に離れているふたつの粒子が、互いに影響を及ぼしあう状態を指す。われわれになじみ深い古典物理学の世界では、このような状態は常識的には考えられない。しかし量子力学の世界では、いたって現実的な現象だ。簡単に説明すると、量子もつれの状態では、ひとつの粒子の量子特性が変化すると、もうひとつの粒子にも変化が生じる。
量子テレポーテーションを使えば、情報を量子コンピューター内のある場所から別の場所へ移動させることが可能だ。
IBM研究所のチャールズ・ベネットによると、問題は、たとえこれが実験室の外で使えたとしても「複数の大きな障壁」が存在することだ。ディコフスキーくんは論文の中で、互いに似通っている粒子どうしではなく、互いに大きく異なる粒子の間に量子もつれ状態を生じさせる方法を示した。
「過去のほぼすべての研究、また現在行われているほとんどの研究でも、対象となっているのは同一の原子やイオンなど、互いに違いのないふたつの量子メモリ間での長距離もつれだ」とディコフスキーくんは述べている。「われわれは、同一の物質同士のもつれだけでなく、非常に異なる物質間のもつれにまで知見を広げた」
互いに異なる粒子は、それぞれ量子コンピューターの異なる場所に用いるのに適しているため、利点が大きい。そうした粒子の中には、メモリとして用いるのに適しているものもあれば、プロセッサーに適しているものもある。「量子ビット(キュービット)を、例えば光子(フォトン)状態からイオン状態や核スピン状態、量子ドット状態へと移行させるように、ある物理的形態から別の形態へと移行させることは重要だ」とベネット氏は述べている。
「量子情報の保存手段として、何十ものシステムが提案されている。情報をひとつの形態から別の形態へと移行させるための知識を増やせば、それだけ量子コンピューターの実用化に近づくことになる」
ディコフスキーくんは今回の論文で、Intel Foundationから50,000ドルの奨学金を得た[Intel ISEF(国際学生科学技術フェア)で次点となった。以下の動画はISEFでのインタヴュー]。そしてスタンフォード大学への入学も決まった。しかし、それは古典的な世界での話にすぎない。彼は量子の世界において、もっと進んだところにいるのだ。
量子もつれ(りょうしもつれ、Quantum entanglement)とは、一般的に(1) 量子多体系において現れる、古典確率では説明できない相関やそれに関わる現象を漠然と指す用語として用いられる。しかし、量子情報理論においてはより限定的に、(2) LOCC(局所量子操作及び古典通信)で増加しない多体間の相関を表す用語として用いられる。 (2)は(1)のある側面を緻密化したものであるが、捨象された部分も少なくない。例えば典型的な非局所効果であるベルの不等式の破れなどは(2)の枠組みにはなじまない。
量子コンピュータ (りょうし-) は、量子力学的な重ね合わせを用いて並列性を実現する次世代のコンピュータ。2011年現在、実用的なレベルでのハードウェアの実現には至っていない。量子計算機とも言う。特に光子を用いているものは光子コンピュータ、光量子コンピュータとも呼ばれる。従来の計算機(量子計算機に対して、古典計算機という)は1ビットにつき、0か1の何れかの値しか持ち得ないのに対して、量子計算機では量子ビット (qubit; quantum bit) により、1ビットにつき0と1の値を任意の割合で重ね合わせて保持することが可能である。
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