たましいの故郷
小山隆市君が、7月5日付けの気仙沼ネットデリバリー「気仙沼トピックス」で小山家のお墓のことを書いていました。大小合わせて40基以上、なかには古く元禄時代のものもあるとか。
そういえば、6日に紹介した及川喜世隆君の文章中にも石巻の本家の墓参りうんぬんとありました。
わが家の墓は新潟県新発田市にありました。
父の故郷新発田に対する思いは強く、長くその地を離れていても、墓を新発田から移すことをしませんでした。ですから私が小さいとき、お彼岸などにみんなが墓参りに行くのをみて、なんで自分ちには墓がないのかと不思議に思っていたものです。
しかし6月末の土日、いよいよそのお墓を仙台に移すため、母、兄夫婦、私たち夫婦と息子の6人で新発田に行ってきました。この改葬は、昨年の三回忌のときに菩提寺とも相談して計画していたものです。
あいにく小雨まじりの天気でしたが、すべて無事にすみ、母も永年の宿題をおえてホッとしたようでした。
父の故郷への思いということで思いだすことがあります。
25、6年前になるのかな、父が旧制中学の同窓会のため久しぶりに新発田を訪ねました。数十年ぶりの友達との再会。父は本当に楽しい時間を過ごしたようです。そしてその帰りの仙台の宿で、心筋梗塞の発作を起こしたのです。死にかけるほど楽しかったというわけです(笑)。
わかるよね。我々だって、今年2月の気仙沼での還暦祝いは本当に楽しかったもの。
そんな父の遺骨も明日は兄が設けた新しい墓に納まります。生きているときはともかくも、亡くなったらすべては妻と子におまかせ。父も納得していることでしょう。
隆ちゃんの気仙沼トピックスはここから
週末になると更新されてみれなくなるかも。
そういえば、6日に紹介した及川喜世隆君の文章中にも石巻の本家の墓参りうんぬんとありました。
わが家の墓は新潟県新発田市にありました。
父の故郷新発田に対する思いは強く、長くその地を離れていても、墓を新発田から移すことをしませんでした。ですから私が小さいとき、お彼岸などにみんなが墓参りに行くのをみて、なんで自分ちには墓がないのかと不思議に思っていたものです。
しかし6月末の土日、いよいよそのお墓を仙台に移すため、母、兄夫婦、私たち夫婦と息子の6人で新発田に行ってきました。この改葬は、昨年の三回忌のときに菩提寺とも相談して計画していたものです。
あいにく小雨まじりの天気でしたが、すべて無事にすみ、母も永年の宿題をおえてホッとしたようでした。
父の故郷への思いということで思いだすことがあります。
25、6年前になるのかな、父が旧制中学の同窓会のため久しぶりに新発田を訪ねました。数十年ぶりの友達との再会。父は本当に楽しい時間を過ごしたようです。そしてその帰りの仙台の宿で、心筋梗塞の発作を起こしたのです。死にかけるほど楽しかったというわけです(笑)。
わかるよね。我々だって、今年2月の気仙沼での還暦祝いは本当に楽しかったもの。
そんな父の遺骨も明日は兄が設けた新しい墓に納まります。生きているときはともかくも、亡くなったらすべては妻と子におまかせ。父も納得していることでしょう。
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テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア