徹夜本「復讐する海」
徹夜するほど面白かった小説企画。「徹夜するほど面白かった小説」で知った「復讐する海」を読了、これはスゴい。ありがとうございます、Bさん。
ただし、ボリュームは無いので徹夜するまでもなし。しかも開始早々度肝を抜かれ(予備知識ゼロで手にしたのだ!)→以後イッキ読み→気づいたら終わってた、幸せな読書体験…というのは真っ赤な偽り。
幸せと評したが、マチガイ、
これを読めば地獄体験ができる。
特に、この本、食前食後に読むの禁止。
さらに、心臓の弱い方もやめておいたほうが吉。
怒ったマッコウクジラに体当たりされ、沈没させられた捕鯨船の話は、『モービィ・ディック』が有名だが、本当の悲劇は「白鯨」のクライマックスから始まる。捕鯨船から脱出したのは20名――そのうち、生き残ったのはわずかに8人――赤道直下の太平洋で起きた極限状況を綿密な調査の下に描いたノンフィクション。2000年の全米図書賞を受賞。
紹介文に「これが冒険小説ではなく、実話であることに衝撃を覚えずにはいられないだろう」とあるが、激しく同意。読む前も、読んでる途中も分かってはいたんだが、あとがきで、これがかけ値なしの実話だというところを再認識させられてめまいを覚える。
書き手も分かってる。感情を排した淡々とした描写で、事実のみを記そうという姿勢で一貫している。おどろおどろしくドラマティックに書くことだって可能だろう。「くじ」を引いて友達を○○しなけりゃいけないことになった場面とか(泣いた)、死期を察したリーダーが取った行動とか。
また、もっとジャーナリスティックに書くことだってできたはず。「最初に食べられた4人の黒人は、なぜ『黒人ばかり』だったのか?」、あるいは「船長の決断が覆り、結果的に全員を絶体絶命の場所へ追いやった原因は?」――等など、センセーショナルに書けば書けたものを、そうしなかった。
メルヴィル「白鯨」は、ある生存者が書いた記録を元に著されているが、実は半分に過ぎない。本書では、最近発見された別の乗組員の手記とつき合わせることにより、より立体的に悲劇が明らかにされる。ともすると最初の記録を書いた乗組員の過ち、ごまかしを糾弾する筆致になろうとするのを著者は抑え、常に公平な立場で事実を詳らかにしよう、という意志が見える。
さらに興味深いのは、救かった人の「その後」が描かれているところ。「こうして彼らは助かり、故郷へ帰っていったのでした、めでたしめでたし」となるはずがないところ。生き延びた時点でまだ10代、20代だった彼らが、その後、どうしたのかが、これまた淡々と書かれている。特に胸が一杯になったのは、生き延びた部下たちが、次の航海で選んだリーダー。思わず目が熱くジワっときたなり。そしてそのリーダーの末路…
ええ、「白鯨」は未読ですとも。
もちろん読みますとも。
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■これから読む徹夜小説
永遠の仔(天童荒太)
第六大陸(小川 一水)
ガダラの豚(中島らも)
傭兵ピエール(佐藤賢一)
ゼウスガーデン衰亡史(小林恭二)
魔術師(J.ファウルズ)
北壁の死闘(ボブ・ラングレー)
イヤー・オブ・ミート(ルース.L.オゼキ)
スワン・ソング(ロバート.R.マキャモン)
シャドウ・ダイバー(ロバート・カーソン)
カラマーゾフの兄弟(ドストエフスキー)米川正夫訳 /岩波文庫版
■徹夜を覚悟・徹夜した小説
火車(宮部みゆき)某弁護士事務所では、新人研修に使う
半落ち(横山秀夫)ラストで号泣、涙で読めねぇ
ダ・ヴィンチ・コード(ダン・ブラウン)読むジェットコースター
摩天楼の身代金(リチャード・ジェサップ)「最高」の冠を付けたい
悪童日記(アゴタ・クリストフ)「ふたりの証拠」「第三の嘘」と一緒に!
ベルガリアード物語(D・エディングス)ドラクエとFFを足して2倍した面白さ
大聖堂(ケン・フォレット)2006年のNo.1スゴ本
告白(町田康)読むロック(ただし8beat)
復讐する海(ナサニエル・フィルブリック)これが冒険小説ではなく、実話であることに衝撃を覚えずにはいられない
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コメント
こんばんは。
ノンフィクション物ではないですけど、アリステア・マクイーン著の「女王陛下のユリシーズ号」や、ジャック・ヒギンズの「脱出航路」等、古今東西、海を扱った話は神秘的で悲劇的なものが多いですね。神話・伝承・UMA、世界中どこでも船乗りにとって迷信のネタに困ることはありませんし、また底知れない海がそれを信じさせるに値する存在感を持っているのでしょうか。
投稿: jackal | 2006.07.20 02:48
こんにちは、はじめまして。トラバ頂いてありがとうございます。以前からこっそりと読ませていただいていました。Dainさんの読書量にはいつも驚嘆させられます。
『復讐する海』、読んでいただいてとても嬉しいです。これは結構思い出の本で、修士論文が書けずに四苦八苦していたときに、「息抜きでこれでも読むと良いよ」と渡されて、いやいやながら読んだのですが(大学教授が渡す本って大体面白くなくって)、意に反してめちゃくちゃ面白く、息抜きも勿論のこと論文の発想まで引き出せたという、僕にとっては恩人の様な本だったんです。気に入ってもらえてとても嬉しいです。
ところで、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』は素晴らしいですよね。今年読んだ新刊本の中では最高の一冊でした。誰にでも薦めたくなりますが、特に普段外国文学を読まない人に読んでもらいたいと思うような小説です。
投稿: B | 2006.07.20 15:16
忘れていました。同じ海での遭難物の話では、『パーフェクト・ストーム』も素晴らしい出来です。ウォルフガング・ペーターセンが監督で映画にもなりましたが、原作の方が僕はだいぶ好きです。もし未読でらっしゃったらどこぞで見かけられたときにでも是非。
投稿: B | 2006.07.20 15:28
良栄丸の話を思い出した。こっちは後味の悪い結末だけど
投稿: mana | 2006.07.20 19:15
>> jackal さん
海・船というだけで孤立した世界ですから、ドラマティックになりがちですよね。挙げていただいた本はどれも未読です。「女王陛下のユリシーズ号」の評判がよさげなので、手にとってみたいです
>> B さん
ご紹介ありがとうございます、おかげでスゴく濃密な読書体験ができました。本書は誰にでもオススメというわけにはいかないけれど、これぞ、という方に推すなら間違いなく徹夜本になるような傑作ですね。「パーフェクト・ストーム」は映画も小説も素晴らしいと聞いておりますが、未見未読です。これを機会に読んでみようと思います
>> mana さん
どこかで読んだ覚えが…「後味の悪い噂話」というやつですね
投稿: Dain | 2006.07.20 23:49
「女王陛下のユリシーズ号」は徹夜本であることを保証しますので、機会があれば是非ご一読を!
投稿: jackal | 2006.07.23 02:34
>> jackal さん
了解ッす、徹夜覚悟で読みます
投稿: Dain | 2006.07.23 23:06
初めまして。
ファンタジー好きなので、お勧めの「ベルガリアード物語」を読んでみました。
1巻しか読んでいませんが、「指輪物語」の模倣作という感想しか抱けませんでした。
悪くもないが良くもない、という感じでした。
前半の冒険に出るまでの部分が退屈すぎて、2巻目を読もうという気が起こりませんでした。
後半、随所に面白くなりそうな雰囲気はあったのですが・・・
もう少し若い時に読めば好きになれたかもしれません。
ファンタジー好きとしては、少し残念です。
「半落ち」と「火車」は既読なので、次は「復讐する海」か「大聖堂」を読んでみようかと思っています。
文庫本が好きなので、「大聖堂」が第一候補です。
単行本は嵩張るので、通勤や休み時間のちょっとした合間に読むのには不便なんですよね。
昼食に出る時、ひょいっとポケットに忍ばせて読むことが出来る文庫は良いですね。
何より安いですし。
「ダ・ヴィンチ・コード」は読もうかどうかかなり迷っています。
流行っていて、本屋に大量に平積みされていると、なぜか読む気が無くなります。
天邪鬼的な性格のせいかも知れませんが、「知」が安売りされ、薄っぺらい物に墜されているような感じで、暗い気持ちにさせられます。
投稿: Ryo | 2006.07.29 05:01
>> Ryo さん
ううむ、確かに「ベルガリアード物語」の1巻目は冗長かもしれません…物語世界を延々と描写しているところが多く(全部伏線なのですが)、ダレてしまうかもしれません。ちなみにファンタジー大好きの嫁さんによると「面白さはベルガリアードが上、指輪は底本として良い」とのことです。
「復讐する海」と「大聖堂」では、「大聖堂」の方が楽しめると思います。夢中になって読めますぞ。ただし、三分冊本でも相当ぶ厚いので、ポケットにはきゅうくつかも。
「ダ・ヴィンチ・コード」については、Ryoさんの指摘するとおりだと思います。ただ、そうでもしないと読まれないという現実もあるかと。安売りされない「知」のエンターテインメント本としては、ウンベルト・エーコ「薔薇の名前」をオススメします。歯ごたえ充分ですが、スゴい知的冒険を楽しめますぞ。
投稿: Dain | 2006.07.30 10:23
>Dainさん
「大聖堂」の上巻と、悪童日記、星を継ぐものをAmazonで昨日注文し、今日の昼頃に発送通知が来ました。
明日にも届くと思いますので、早速「大聖堂」から読んでみようと思います。
「大聖堂」は上巻が面白かったら、残りの中・下巻も頼もうと思います。
これから読む予定の小説は、注文した三冊の他は、
「カラマーゾフの兄弟」、「復讐する海」を読むつもりですが、
お勧めされたウンベルト・エーコ「薔薇の名前」もリストに加えることにします。
私からのオススメ返しは、高村 薫 「レディ・ジョーカー」(上・下〉です。
Dainさんなら既読かもしれませんが、社会派推理小説としては傑作です。
徹夜で読むには文量が多いですが、緻密でリアリティ溢れる文章には圧倒されます。
こう言ったら語弊があるかもしれませんが、宮部みゆきの小説を、より重厚、緻密、巧みにした作品と言った感じです。
新作の「新リア王」は、重厚、緻密さに走り過ぎて、ちょっとクドクなりすぎて食傷気味ですが・・・
(上巻の途中で読むのを止めてしまいました)
ホワイトアウト(真保裕一)を読むなら、「マークスの山」を個人的にはオススメします。
高村薫作品の中では、「レディ・ジョーカー」「マークスの山」が群を抜いた完成度です。
「マークスの山」以前の作品は、完成度がいまいちで、良作ではあるものの傑作とは言いがたいですが、
この二つはかなりオススメです。
未読であれば是非、ご一読を
投稿: Ryo | 2006.07.30 18:00
>> Ryo さん
オススメありがとうございます。高村 薫は「神の火」「李歐」「マークスの山」あたりを読みました。「マークス」、確かにすごい話ですね。事件そのものよりも、むしろ、それをめぐる人間くささがより記憶に残っています(ピッケルも鮮明に覚えてますが…)。次は「照柿」を考えてましたが、「レディ・ジョーカー」も見てみますね。
Ryo さんのこれから読むリストのうち、「薔薇の名前」だけが群を抜いて難しかったです──色々な意味で。自分の教養の浅さがよく分かりました。知のしかけが張り巡らされたミステリとして「ダ・ヴィンチ・コード」を引き合いに出したら失礼ですね→エーコに。手軽に楽しむなら「ダ・ヴィンチ」、知恵熱出してどっぷり浸かるなら「薔薇」でしょうか。
投稿: Dain | 2006.07.30 22:08