先般はシリアのアサド政権が瞬く間に崩壊してしまったわけですが、その後に待ち受けるものについて考えてみたいと思います。まず前提知識として、シリアには大別して5つの政権支配下に属さない勢力が割拠していました。ゴラン高原を不法占拠するイスラエル、クルド人問題を口実にシリア領内へ一方的に「緩衝地帯」を築いたトルコ、このトルコと対立するクルド人勢力、油田地帯に駐留するアメリカ軍とその傀儡勢力、そして以前はヌスラ戦線とも呼ばれていたシャーム解放機構(タハリール・アル=シャーム、HTS)です。ここでシャーム解放機構が驚くべき短期間で主要都市を制圧、アサド大統領はロシアへ亡命し新政権が樹立されようとしているのが今ですが、これから先はどうなるのでしょうか。
シャーム解放機構が専らアサド政権の残党狩りに精を出している一方で、イスラエルはゴラン高原からさらに兵を進めて占領地を拡大しており、これに抵抗する勢力は見られません。トルコの傀儡勢力もまたクルド人勢力の支配地への攻勢を強めている他、アメリカ軍もISの残党云々を口実に要所への攻撃を行っており、シリアを取り巻く3つの外国勢力にとっては絶好機が訪れていると言えます。もしシャーム解放機構がシリア全土の支配を目論んでいるのならば外国勢力の侵略にも抵抗する必要があるはずですが、今のところその様子は垣間見えず分割統治を前提に裏で話が付いているのかと疑わしく思えるところすらあります。
このシャーム解放機構はアルカイダに起源を持ち、国際テロ組織にも指定されています。イスラエルやアメリカ、トルコに好都合な現状を肯定的に見せかけようとする人々からは、既にアルカイダとは決別化した、現在は穏健化していると評されるところですが、実態はいかほどのものでしょうか。取り敢えず明らかになっているのは、アサド政権崩壊を好機と支配地域の拡大を目論むイスラエルやトルコの動きには何ら有効なアクションを見せていない、ということです。
一方でアサド政権を支援してきた国々からするとどうでしょう。ロシアからすると、基地の租借に関する前政権との合意を新政権が引き継ぐか次第です。ロシアがアサド政権から得ていたのは単純に中東における軍の駐留拠点という「場所」であり、それさえ維持できれば大きな問題にはなりません。逆にシリア側からするとロシアからの食料や肥料は今後も必要になるだけに、損得で言えばロシアとの関係は維持したいはずです。しかし裏でアメリカ・イスラエル・トルコと取引が成立しているとすれば、食糧危機のリスクを無視してでも新政権がロシア軍排除に動く可能性は否定できません。
そして苦境に追い込まれたのがイランであり、イランが支援してきたヒズボラ、パレスチナです。これまでイランはイラクとシリアを経由してヒズボラに物資を供給してきた、そのヒズボラがパレスチナを援護してきたわけですが、この供給ルートが遮断されることでヒズボラも孤立、ガザも孤立を避けられなくなりました。アサド政権の崩壊によって、中東におけるイスラエルとイラン・パレスチナの争いは前者が劇的に優位に立ったと言えるでしょう。
ドイツ代表どころか国も揺るがす“エジルとギュンドアン”の禍根(footballista)
ところが、5月にエジルとギュンドアンが独裁的なトルコの大統領レジェップ・タイイップ・エルドアンと面会した後、その融合が本当にうまくいっているのか、疑問視されるようになっている。国家主義的な考え方が広まり、右翼的な「ドイツのための選択肢」(AfD)が野党第一党となっている現在、最も関心の高いテーマである。
問題となったのは、トルコ企業が用意したロンドンでのレセプションで、エジルと一緒にエルドアン大統領と記念写真に収まったギュンドアンが用意していたマンチェスターCのユニフォームに入っていた「私の大統領へ。敬具」というメッセージだった。
「人権を無視し、ジャーナリストを監禁するような独裁的政治家へのシンパシーを表明しながら、ドイツの最も重要なチームのためにプレーするなんてとんでもない」という批判の声が上がれば、『ターゲスシュピーゲル』紙も「2人は、国を一つにまとめるということの価値を疑問視している」と指摘。さらに、アンケートに答えた70%の人たちが、彼らを代表チームに招集するべきでないと答えたのだ。
これは2018年の記事ですが、ドイツ代表のサッカー選手でトルコにルーツを持つ二人がエルドアン大統領と記念写真を撮影したところ、ドイツ代表からの追放論が沸き起こりました。今では考えられないことですが、当時はエルドアンこそが欧米の認定する「悪」であり、そんな「独裁者」との関係は忌まわしいものと扱われていたことが分かります。しかし現在のエルドアン及びトルコの欧米からの扱いはどうでしょうか。今でもアサド政権崩壊を好機と隣国で支配地域を拡大しようとする国の大統領のはずが、非難らしい非難を受けることもなくなっているわけです。
かつてエルドアンが非難されてきた理由の一つには、クルド人問題があります。エルドアン側の言い分としては、あくまでテロリストに限定して取り締まっているだけ、しかし欧米からはクルド人全般を見境なく弾圧しているものと、昔はそう扱われていたものです。とりわけ北欧のスウェーデンなどは、トルコからテロ組織として指定されたクルド人武装勢力(PKK)の関係者を数多く受け入れており、相互に非難し合う間柄でした。
転機が訪れたのは2022年で、ここから欧米(及び日本)にとってロシアが最大の悪に変わったのは記憶に新しいところかと思います。さらにスウェーデンとフィンランドがNATOというロシア包囲網に加わるに当たり、既存加盟国の承認が必要になった=即ちトルコが首を縦に振る必要が出てきたわけです。その結果としてクルド人問題で欧米は折れた、エルドアン側の言い分が全面的に受け入れられ、スウェーデンは亡命してきたクルド人勢力の構成員をトルコに引き渡す結果となりました。ロシア包囲網を強化するため、クルド人は欧米から切り捨てられてしまったと言えます。
この後、エルドアンを糾弾する声は欧米からは全く聞こえなくなりました。日本でも俄にクルド人バッシングが盛り上がり現在に至ります。かつては悪の独裁者であったエルドアンはNATOの価値観を共有する同志となり、国外のクルド人は迫害から逃れてきた民族から治安を乱す不法な移民へと変わりました。しかし変わったのはエルドアンでもクルド人でもないはずです。変わったのは欧米からの目線であり、二重どころでは済まないレベルで基準が動いた過ぎません。
今、シリアではトルコの傀儡勢力がクルド人の支配地域攻略を目論んでいます。かつてはアメリカがクルド人勢力を支援しており、これが2022年よりも前であったら決して起こらなかったことでしょう。しかしトルコがスウェーデンのNATO加盟を承認するための取引として、クルド人は切り捨てられました。自称・国際社会こと欧米諸国の間では、今やエルドアン側の言い分が正しい、トルコが攻撃しているのはクルド人の中でもテロリストだけであり、決してクルド人全般を弾圧しているのではない、そういう風に決まってしまったわけです。
アサド政権だってそんなものだろうな、と思います。アサドが強権的に取り締まってきた対象にはISILの構成員や外国の工作員もいる、ただイスラエルと対立しロシアやイランと協力関係にある、パレスチナを支援するヒズボラの補給ルートでもあったが故に、より大きな「悪」として描かれてきました。これが逆にアメリカやイスラエルの傀儡であったなら、評価は変わっていたように思います。もしアサド政権がアメリカに協力してヒズボラの供給ルートを断つ上で重要な役割を果たしていたのなら、彼が人道面で非難を受けることはなかったはずです。
何はともあれアサド政権は打倒され、元・アルカイダのシャーム解放機構が首都を占拠しました。そしてイスラエルが南部から侵攻を続け、トルコがクルド人支配地域を自身の勢力圏に収めようとしている、油田地帯は引き続きアメリカ軍が駐留したままです。勝者(イスラエル、トルコ、アメリカ)と敗者(イラン、ヒズボラ、パレスチナ)は明確になりましたけれど、ではシリア国民は果たしてどちらに入るのでしょうね?
イスラエルやアメリカにとって好都合な現状を肯定的に見せかけるべく、ここぞとばかりにアサド政権の非道を糾弾するメディアや論者は少なくありません。イスラエルやアメリカにとって良いことは、その国の住民にとっても良いことであると、そう信じている人もきっと多いのでしょう。ただまぁ独裁者が打倒されて欧米諸国から大いに賞賛されたはずのリビアなどでは、カダフィ時代よりもずっと酷い混乱状態が続いていたりします。アサド政権に問題がなかったとまでは思わないですが、その打倒がシリア国民にとって良いものであるかどうかは、少なくとも今の時点では保証できませんね。