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『死神の精度』 伊坂 幸太郎


ベッドの中で酔いも醒めてきて、いよいよ「最後かなーりいいお話なんで」を読み始めるが、いつのまにか落ちていた。
早朝に目が覚めてまた読み始めた。
二度寝ならぬ二度泣きになった。

「人が生きているうちの大半は、人生じゃなくて、ただの時間、だ」

この本に登場する死神のセリフだが、死神にそれを言ったのは古代ローマのセネカだと巻末の解説にある。
それに対する著者の考えが、最後の話の主人公の、大切な人に死なれまくってきた最後の暮らしぶりに表現されているのかもしれない。

人と同じ時間を過ごし、同じものを見て、同じ気持ちを抱いたりすること、そうした日々の思い出のかけがえのない積み重ねが途切れてしまうのは、生きていて一番悲しいことのひとつだ。
それは「人生」の断絶なのか、あるいは「ただの時間」の流れにすぎないのか。

「幸せかどうかなんて死ぬときにならないとわからない」もこの本に出てくる印象的なフレーズだ。
死ぬときに生きてきてよかったと思ってはじめて、その人は「幸せ」なのだとすれば、
大切な人に死なれまくってきた最後の話の主人公は「幸せ」なのかどうか、著者は精いっぱい書こうとしているのが行間から感じられてくる。日常を描くことによってそれを示そうとすることがまた涙を誘う。




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笹部 政宏
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