Googleの中の人の話をたくさん聞いた話だから「秘録」というのも嘘ではないが、秘密めいた話を期待するなら違う本を買ったほうがいい。Googleのブランドは検索結果に対するユーザーの信頼であって、シークレット的なマーケティングでもなければ、自社の広告拡大でもないのだから、中の人の声が貴重なのはこうしたジャーナリストの取材を受ける優先順位が低いから、だけのようだ。原著名は単に『Googled』である。
後でまた読みたくなりそうなところを長いけど引用しておこう。ゴア元副大統領の話がよかった。
2001年にホワイトハウスを離れた後、ほどなくしてグーグルのコンサルタント兼アドバイザーとなった元副大統領のアル・ゴアは、グーグルの"優れた価値観"について好んで言及する。こうした価値観は他の企業にも広がっていると、私に語ったことがある。「グーグルの成功は独自のアルゴリズムや、"収穫逓増の法則"によるものだと考える人は、グーグルが従業員の能力開発や職場としての魅力を高めることに如何に努力をしているかを理解していない。だからこそ、グーグルには抜群に優秀な人材が集結してきているのだ」と彼は指摘する。トップレベルの技術系大学院は、毎年ひとにぎりの天才的な人材を送り出すが、グーグルが「最も才能ある人材を、企業規模に対して不釣合いなほど多く」獲得できるのは、彼らに照準をあわせているからだとゴアは理解している「私自身、グーグルに頼まれて大学の幹部に電話したことがある」と話すゴアは、こう付け加える「重要なのは、質の高い従業員の採用やつなぎとめだけではない。コミュニティの価値観や、より良い世界を作ろうとする企業姿勢だ。人は単に自分の収入や企業の業績や利益のためだけに働いているのではないと感じたとき、内に秘めた創造力を大いに発揮するものだ。自分のやっている仕事は世界をより良い場所にするためのものだと自覚するのは、単に気持ちがよいといった類のことではない」(p43)
毎日の暮らしの中で頭の中に溜まってきたものがある日、あるアウトプットになり、それが世界をより良い場所にするものだったら、それはもう、生きててよかったと思っていいことだと思うなあ。
イスラエル出身の著名な指揮者であるタルガムは、しわの目立つ綿のポロシャツの上にセーターをはおり、まばらな髪の毛はボサボサという風貌で半円形のステージに現れた。それでも「指揮と革新的な経営の共通点」という30分にわたるスピーチは、確実に聴衆の心をとらえた。
「音楽は本来、"雑音"に過ぎません」とタルガムは語りだした。「大勢の人々の音を一つにまとめること、それが指揮者の仕事です。」今世紀の指揮者のうち五人を挙げいずれも傑出した才能があったが、真に革新的と言えるのは二人だけだという。
照明が落ちると、大型スクリーンには威圧的なリッカルド・ムーティの映像が流れた。いかめしい表情と、ロボットのような指揮棒の動きはオーケストラから"喜び"を奪い、個々の演奏家の成長を妨げた、とタルガムは話す。「ムーティは絶対に表情を変えない。全員に何をすべきか伝える、徹底した管理主義者だ」と話した。
二人目の指揮者はリヒャルト・シュトラウスで、機械的に腕を動かす様子は心ここにあらずといった雰囲気だった。オーケストラには自由を与えたが、権威はなく、インスピレーションも与えなかった。三人目はヘルベルト・フォン・カラヤンだった。決してオーケストラを見ようとせず、インスピレーションを与えることもなかった。
四人目はカルロス・クライバーで、指揮をする表情は歓喜に溢れていた。「クライバーは全体の流れを創り出す。奏者に自由な感覚を与えながら、権威もあった」とタルガムは説明する。「彼が目でソリストに不満を伝える様を見れば、それが良く分かる」
最後に自分の最も好きな指揮者をしょうかいした。スクリーンにはレナード・バーンスタインが、オーケストラを舞台に迎え入れる様子が映し出された。オーケストラはストラビンスキーの『春の祭典』を演奏するため、世界中から集まった高校生だった。練習初日、即席オーケストラの音はまったく合わなかった。それでもバーンスタインは"権威"を振りかざそうと指揮棒を振ってはいない、とタルガムは指摘した。
バーンスタインは演奏を止め、ストラビンスキーが表現しようとした感覚、春の草の香りや目覚め始めた動物たちについて高校生たちに語りかけた。「バーンスタインは『世界は君たちが考えているより、ずっと広いんだ』と教えることで、生徒たちに力を与えようとしている」
場面は一週間後に変わり、高校生のオーケストラは、一心不乱にバーンスタインを見つめていた。バーンスタインは美しいハーモニーを奏でるようになった彼らに、明らかに満足げな表情を浮かべていた。
彼は指揮棒も持たず、腕組みをしたまま、表情を動かすだけで指揮をした。低音のコントラバスに指示を出すときには頭を低くして口元を結び、高温のバイオリンには眉を上げてサインを送り、ホルンにはうなずいて見せた。そしてフィナーレでは満面の笑みを浮かべた。
その光景の意味をタルガムが説明する必要はなかった。卓越したリーダーが部下をどのように開放するものかを示す、すばらしい経営セミナーだった。バーンスタインはボスではあったが、独裁者ではなかった。オーケストラのメンバーの最良の部分を引き出し、それぞれをコミュニティの一員としたのだ。(p429-)
このバーンスタインの高校生オーケストラチームのような開発があったらまさにユートピアだろうな。でもGoogleの人たちは、「世界をよりよい場所に」という気持ちを合わせ、創造力の発揮を応援され、お金や上下の人間関係のことも気にせず働けるなんて、本当だろうか?
ともかく、便利すぎるググる行為によって毎日の暮らしの中で頭の中に溜まっていくはずのものもサラサラと砂のように流れていってしまい、創造力をはたらかせるための蓄積の機会も失ってしまうのなら、それもだめなんだ。
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