タイトルが専門家が一般向けに解説した退屈な本のようだが、原題は『A SHORTCUT THROUGH TIME』で副題はThe Path to the Quantum Computerだ。著者はニューヨーク・タイムズ誌の科学記者で立ち位置は読者である。
僕は読書しながら眠気に耐え切れずいつのまにか目を閉じて寝落ちする瞬間が好きだ。開いた本を持つ手の筋肉だけが物理的な世界との接点で、あとは本の中の世界が意識の前面にきて夢うつつである。たとえば読んでいるのが小説であれば、半分夢の中にある登場人物は自分の過去を思い出しているようなのと存在感が変わらない。もうろうとしているのだから何でもありで、これは楽しい。さらに、夢は大量の記憶情報を整理整頓する働きがあるというが、読んでいるそばから内容を整理してもいるわけで、いわばリアルタイム睡眠学習みたいなもんである。しかし、さすがに量子の話だけは妄想も膨らみようがない。
…われわれが理解できていないことはあまりにも多い。到底目には見えないたった1000個の原子でも、1000ビットの長さの数をすべて表現できる。これを10進数に変換してみよう。2の1000乗は、ほぼ10の301乗に等しい。したがって量子的重ね合わせを使えば、0から9,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999,999 までの数をすべて同時に表現できることになる。なんらかのアルゴリズムを走らせれば、10の301乗通りの計算をすべて同時に処理できるのだ。しかし考えてほしい。この数は宇宙に存在する素粒子の総数よりはるかに大きい。するとこの計算は、いったいどこで行われているのだろうか?
この分野の草分けである理論科学者のデイヴィッド・ドイチェは、その答えは単純だと信じている。並行して行われる計算はそれぞれ、別々の宇宙で実行されているというのだ。…