はてなキーワード: 世界のプロレスとは
「プロレスでタッグを組むなら、アントニオ猪木か?それともダイアン津田か?」について議論して。
A:……あの、今回はさすがに怒りますよ。高市さんの時はまだ「言葉」という共通言語がありました。でも今回はプロレスです。アントニオ猪木ですよ? 死線を幾度も超えてきた「世界のプロレス」の象徴と、ダイアン津田を並べるなんて、猪木さんにビンタされるだけじゃ済みませんよ。
B: まあ、落ち着いてください。もちろん、純粋な戦力で言えば猪木さんでしょう。でも、考えてみてください。猪木さんとタッグを組むということは、対戦相手だけじゃなく、「隣にいるパートナー」とも戦わなきゃいけないということなんです。あなたはリング上で、猪木さんのあの眼光に耐えられますか?
A: 耐えるに決まっているでしょう。それがレスラーの矜持です。猪木さんと組むということは、彼の「風」を感じ、彼の「怒り」を共有するということ。たとえ試合中に猪木さんから鉄拳制裁を食らったとしても、それは「闘魂の注入」であり、レスラーとしての格を一段引き上げてくれる儀式ですよ。津田さんと組んで、何が得られますか?
B: 「生き延びる喜び」ですよ。猪木さんと組んだら、下手したら試合後に命を削られています。でも津田さんはどうですか。彼がリングに上がって、対戦相手の巨漢レスラーに詰め寄られた時のあの「怯え」。そして放たれる渾身の「ゴイゴイスー!」。その瞬間、殺伐としたリングに一筋の光が差す。観客は「津田、頑張れ!」と一つになる。この一体感は、猪木さんの殺気では作れません。
A: プロレスは「頑張れ」でやるもんじゃない、「殺す気で来い」でやるもんです。猪木さんのタッグは、常に緊張感の連続です。タッチ一つとっても、そこには哲学がある。津田さんのタッチなんて、ただの「助けてくれ」という悲鳴でしょう。そんな情けない背中を見て、誰が熱狂するんですか。
B: 現代のプロレスファンは、強さだけを求めているわけじゃないんです。弱者が強者に立ち向かう「不憫さ」にこそ、自分の人生を投影する。津田さんがジャーマンスープレックスで投げられそうになっている時、パートナーのあなたが助けに入る。その時の「待ってました!」という大歓声。猪木さんが強すぎて一人で解決してしまう試合より、よっぽどタッグマッチとしてのドラマが成立していると思いませんか?
A: それは「介護」であって「タッグ」じゃない。猪木さんと組めば、自分の限界以上の力が引き出される。猪木さんの「出る前に負けること考えるバカがいるかよ!」という一喝。あれを隣で聞けるだけで、アドレナリンが沸騰する。津田さんの隣で聞こえるのは「もう無理や」「帰りたい」「岸大介呼んでくれ」……そんな言葉で、あなたの闘争心は燃えますか?
B: 逆に燃えますよ。「俺がこの男を守らなきゃいけない」という、一種の父性本能が爆発する(笑)。それに、猪木さんと組むと、どうしても「猪木の引き立て役」で終わってしまう。でも津田さんと組めば、スポットライトは二人に均等に当たる。津田さんがボコボコにされている間に、自分が逆転のチャンスを伺う。戦略的にも、津田さんは「最高のデコイ(身代わり)」なんです。
A: 猪木さんを「引き立て役」にするくらいの気概がなければ、そもそもタッグを組む資格がないんです。猪木さんは常に、パートナーにも「いつ俺の首を獲りに来るんだ?」という視線を向けている。その緊張感の中で、お互いの魂をぶつけ合うのがプロレスの至高の形です。津田さんにあるのは、魂じゃなく「脂」でしょう。
B: 脂の何が悪いんですか! あの必死の形相、あのテカテカした肌、あれこそが「生」の証明です。猪木さんが「道」を説くなら、津田さんは「迷い」を体現している。今の時代、どっちが切実かと言えば、僕は津田さんの迷いの方だと思う。
A: 迷っている間に3カウント取られますよ。……ただ、少しだけ認めましょう。猪木さんと組むのは、精神的なコストが異常に高い。試合が終わった後、精神がボロボロになっているのは確実だ。
B: そうでしょう? 一方で津田さんは、試合が終われば「お疲れ様でしたー!」って、すぐにいつもの楽屋のノリに戻れる。この「切り替えの良さ」も、巡業を続けるプロレスラーには大事な資質じゃないですか。
A: 巡業……。確かに、毎日猪木さんと一緒に移動するのは、地獄以外の何物でもないかもしれない。……いいでしょう。では、第2ラウンドでは、リング上での「演出」と「リアリズム」について。猪木さんの「環八理論」と、津田さんの「バラエティの掟」が、リング上でどう衝突するかを突き詰めましょう。
(続き)
A: 先ほど「移動が地獄」なんて軟弱なことを言いましたが、やはり撤回します。プロレスのリングは、日常を忘れるための場所なんです。そこに津田さんのような「日常の象徴」を持ち込むのは、ファンへの裏切りですよ。猪木さんはリングに上がる時、自分の人生、思想、そして「怒り」の全てを乗せてくる。あの殺気こそが、チケット代に見合う価値なんです。
B: でも、今のプロレス界には「多幸感」も必要なんです。猪木さんのプロレスは、観る側に「覚悟」を強いる。それは時に苦しい。対して津田さんのリングはどうですか。彼がロープに振られて、戻ってくるときに盛大に転ぶ。それだけで会場は爆笑と歓声に包まれる。猪木さんが作った「環状八号線の外側まで届く殺気」も凄いですが、津田さんが作る「隣の家まで届く笑い声」だって、一つの立派な興行ですよ。
A: 笑い声でチャンピオンベルトが巻けますか? 猪木さんと組めば、世界中の強豪と渡り合える。「イノキ・アリ状態」のような、ヒリヒリするような真剣勝負の地平が見える。津田さんと組んで、一体誰と戦うんですか。彼にラリアットを一発食らわせたら、そのまま引退会見ですよ。
B: 誰と戦うか……。それは「人生の不条理」ですよ。自分よりデカい相手、理不尽な状況。それに翻弄される津田さんを、パートナーのあなたが「これぞプロレスだ!」と鼓舞しながら、奇跡の逆転勝ちを収める。これはもう、ロッキー・バルボアを超える感動のドラマです。猪木さんのタッグは「勝って当たり前」の強者の論理ですが、津田さんとのタッグは「負けからの再生」という弱者の論理なんです。
A: 再生、ね……。確かに、猪木さんはあまりに巨大すぎて、パートナーの存在が消えてしまう。猪木さんの隣にいると、観客は猪木しか見ていない。でも、津田さんと組めば、観客は「隣で困り果てている自分」に同情し、注目してくれる。……皮肉なことに、レスラーとして目立つのは、津田さんと組んだ時の方かもしれませんね。
B: そうなんです! 猪木さんの隣は「修行」ですが、津田さんの隣は「プロデュース」なんです。あなたが津田さんをどう動かし、どう守り、どう輝かせるか。その手腕こそが、プロレスラーとしての知性を証明する。猪木さんのような太陽の隣で影になるか、津田さんという未完の素材をプロデュースして新しいジャンルを創るか。
A: ……認めましょう。もし私が、プロレスという枠組みを使って「社会への問い」を投げかけたいなら、津田さんを選ぶかもしれません。彼がリングで流す涙や、叫ぶ「ゴイゴイスー」が、プロレスのリアリズムを根底から揺さぶる「毒」になる。一方で、もし私が「男の美学」を貫き、死ぬ瞬間に後悔したくないなら、猪木さんの隣で鉄拳を食らいながら戦いたい。
B: 究極の選択ですね。「歴史に残る地獄」か、「記憶に残る混沌」か。猪木さんの隣で闘魂の炎に焼かれるのも本望、津田さんの隣で「なんで俺がこんな目に!」と叫びながら爆笑をさらうのもまた、レスラーの幸せな最期かもしれません。
A: 結局、タッグを組むというのは、相手の人生を背負うことですからね。猪木さんの「重すぎる十字架」を背負う覚悟があるか、津田さんの「軽すぎる十字架」を重く見せる才能があるか。
B: どっちを選んでも、リングを降りた時には、見たこともない景色が見えているはずです。……さあ、ゴングを鳴らしましょうか。