凡人氏の慧眼に脱帽

2004/06/07 (Mon)
米沢市民のレベルを熟知している行政感覚とは恐れ入った慧眼ですね。行政にいくら働きかけても、行政マンとはその資質と感性から、市民に舐められてたまるかという意識が強く感じられているところです。
市長や助役にどんなに働きかけても、やはり糠に釘であり、暖簾に腕押しなのでしょうか。
当該米沢市は早晩増税に踏み切ることになるでしょうが、手前たちの給料減額あるいはリストラをせずに増税では市民は踏んだり蹴ったりの市政になるでありましょう。
能力に欠ける市長や助役が厳然として地位にしがみついている以上、米沢市の破滅は眼前に迫っているというわけです。あきらかにパフォーマンスだけの市長では、機を見て代える必要に迫られていくのは理の当然というものでしょう。
自由の風という個人的な旗を、市長室の入り口に飾ってあるのを見た都会の友人は「市民も舐められたものだナ」と冷笑した顔が忘れられないものです。
市長の地元では「地元だから票をいれたが、誤った選択をしてしまった」と責任を感じているところだと話す。「部落のどんな行事にも顔を見せなかった男で、部落では変り者で通っていた男だ。市長になっても無能ぶりを見せているのだば、来期は落選させるのだば」。
某会社の総務部で係長にもなれなかった者が他の候補者の事情で市長に当選したはいいが、長靴を履いて登庁し市長室に入って、さすがに靴を履きかえたというドエライ田舎者市長である。
鬼の会は8月をメドに500人の市民会議を開き、その決議によってはリコール運動が展開されることになる。
経済性を考えた予算執行を提案する鬼の会の意見に目をつぶり、一部業者に加担して公平な入札を拒否するという行政感覚と、法律違反という最高裁の判決をも無視する行政である。
米沢市といえども法治国家に属している以上、法律は守らねばならぬ。
有名大学の法科を卒業してきた市長が、書込みにあるア ホウカでは酒落にもならないのだ。
一部の反体制的論客を相手にしないのならば、市民運動を地道に起こすことに方針を代えたいが、しばらくは真正面から行政の悪癖に挑戦してみようと鬼の会同志は固く誓いあったものだ。
米沢市民が全てにおいてサルに劣るとは思っていない一人だが、サルにも劣る行政トップに舐められたのでは、戦中派の人間として誇りが承知しない。
時間は惜しいが米沢に育った者として、未来の米沢市の姿を見定める責任がある。
徹底した行政との戦いを、凡人氏よやめる訳にはゆかないのだ。

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