同時代のジャズ

　今年の『同時代のジャズ』は、我らがデビッド・リーブマンのビッグバンド作『A Tribute to Wayne Shorter』で締めくくりたいと思います。
　リーブマンのレギュラー・バンドにリード及びブラスセクションが加わるビッグバンド（以前取り上げた『David Liebman / Live As Always』と多くのメンバーが重複しています）編成で、Mats Holmquist（マッツ・ホルムキスト、スウェーデン産）という人が全ての楽曲をアレンジしています。

　このウェイン・ショーターに捧げられたアルバムは、ご覧のとおり私たちがよく知っているショーターのオリジナルがズラッと並んでいてそれだけでワクワクしますが、まずこれらの素材（ショーター・オリジナル）がどのように扱われているかというところをみていきたいと思います。

　マッツ・ホルムキストのアレンジは、原曲（初出演奏）のイメージを活かしながら（ここがポイントですが）あまりこねくり回さない、或いは「別の味付け」を加えないストレートな正統派という感じで、これだったらショーターを愛好する我々リスナーにとっては納得できる、そして説得力のあるサウンドと言ってよいでしょう。
　アルバムはショーター究極のバラード”Infant Eyes”でスタートします。リーブマンのソプラノがリードし、バックではブラス・リードセクションがハーモニーを加え、ビッグバンドの特性を活かしつつ、しっとりと、そして上品なバラードに仕上げています。上に書いた正に「説得力のある」演奏です。
　以下の楽曲もこのような方法でスマートに、品良く処理されており、ショーターのヒットパレードということもあって、アルバムを一気に通して聴いてしまいます。

　ここでのリーブマンは（アドリブ・ソロは）ソプラノ一本に絞っており、どのトラックも全体に抑制を効かせたプレイに徹し、このblogでたびたび用いる「ブチ切れ」は影を潜めています。まるでショーターへの敬意から今回のレコーディングはソフトに丁寧にいこう、と決めていたかのようなプレイです。とは言ってもそれが物足りないと感じることは全くありません。ショーターの音楽への理解と共感に裏打ちされた深みのあるプレイ・・・そういう印象です。

　リーブマンのレギュラー・バンドだけの演奏だったらもっと退屈なものになっていたかもしれない、と思わせるくらい彼のバンド（リズムセクション）とビッグバンドが一体となって創り出す優れたショーター集で、リーブマンのビッグバンドものではトップクラスの出来になっていると思います。

最後に恒例の年末ご挨拶です。
『同時代のジャズ』の数少ない読者の方々へ・・・

どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。

　女流ピアニストのジョアン・ブラッキーン（『70s Jazz Pioneers / Live at the Town Hall, New York City』、『Ed Sarath / Voice of the Wind』で既出）のリーダーアルバム『Pink Elephant Magic』を取り上げます。なお、上のジャケット写真は私の手元にある徳間ジャパンがリリースした国内盤CDのもので、本家Arkadia Jazz盤は違うデザイン（本記事最下段に掲載）のようです、ご参考まで。
　ベースのジョン・パティトゥッチとドラムのオラシオ・エル・ネグロ・エルナンデス（『El Negro and Robby Band / Live at Umbria Jazz』、『Roy Hargrove’s Crisol / Habana』で既出）とのトリオに、曲によってニコラス・ペイトン、クリス・ポッター、リーブン、そしてボーカルのカート・エリングと多彩なゲストが参加しています。

　全てのアルバムを聴いているわけではありませんが、彼女のリーダー作はメンバーを固定して力任せに（一本調子に）弾き倒す（？）・・・そういう印象が強いのですが、本作は曲によって入れ替わるゲスト・ミュージシャンの存在もあって、バラエティに富んだ「楽しい」楽曲が揃っていて、彼女のアルバムにしては肩の力を抜いて楽しめるものになっているのではないかと思います。
　そのゲストが参加したトラックをいくつか拾ってみます。
　オープナーはニコラス・ペイトンとクリス・ポッター参加のクインテット編成。ジョアン・ブラッキーンらしからぬカラッと明るいムード（ただしテーマ部は変拍子）に乗って、クリス・ポッターのタメの効いたソプラノのソロはさすがの出来、続くニコラス・ペイトンもユーモラスかつ力強いソロ、ジョアンのピアノだっていつもと違って何だか楽しそうです。アルバム全体のムードを象徴するかのようなオープナーです。
　4曲目はリーブマンにボーカルのカート・エリングが加わるトラックです。これもジョアン（のオリジナル）らしからぬ、カート・エリング自身のアルバムに入っているような彼の技巧的（かつ器楽的）なボーカルをフィーチャーしたユーモラスな曲で、カートがよくやるスキャット・ソロに続いてリーブマン（ソプラノ）とピアノの熱いソロ交換、そしてラストではカートの「語り」にリーブマンのソプラノが被りバンドを盛り上げます。
　8曲目はクリス・ポッターのワンホーン・カルテット編成のトラックです。ゆったりとしたテンポに乗って渾身のテナーソロ（とピアノの力強くも美しいソロ）が披露され、このアルバムの中で最も「シビア」な演奏に仕上げています。

　ゲストが参加しないトラックもバラエティに富んだ、退屈しない、それこそ「らしくない」楽曲揃いなのですが、例えば3曲目あの”Wave”をわりと「神妙」に、そして7曲目はなんと「ティコ・ティコ」を五拍子で、といった具合です。なおピアノ・ソロでしっとりと演奏される6曲目は、”Take Five”が入っている有名盤『Dave Brubeck / Time Out』に収録された（変拍子ではない）佳曲です。（どうでもよいはなしですが、私はこのアルバムを一度もちゃんと聴いたことがありません。もちろんLPもCDも持っていません。）

　このようにジョアン・ブラッキーンのアルバムとしては間違いなく異色作で、おもちゃ箱をひっくり返したような、ちょっとガチャガチャしたところはありますが、ゲスト・プレイヤーの起用も見事に成功して、アナザー・サイド・オブ・ジョアンといった趣きになった愛すべきアルバムです。


Arkadia Jazz盤ジャケット

　ロイ・ヘインズが亡くなったことをつい先日知りました。享年九十九歳（！）。
　1940年代後半にレスター・ヤング、その後チャーリー・パーカーやバド・パウエルらと共演、以降のジャズ・シーンで私たちにとっては数多くの忘れられないアルバムに参加したレジェンドが天寿を全うして旅立ったことに、心より哀悼の念と深い敬意を表したいと思います。
　そこで今回は追悼記事として、彼が七十七歳になった2002年に若手ミュージシャンを率いてNYバードランドに出演した際のライブ盤『Fountain of Youth』を取り上げたいと思います。
　デビュー間もないマーカス・ストリックランドのワンホーン・カルテット編成で、ピアノMartin Bejerano（マーティン・ベヘラーノ、『Lonnie Plaxico / Live at Jazz Standard』で既出）、ベースJohn Sullivab（ジョン・サリバン）とリーダーから見れば孫と言ってもよいくらいのミュージシャン（いずれも二十代でしょう）が参加しています。
　演奏される楽曲はトラディショナルの1曲目の他に、モンクが3曲、スタンダード（3, 8曲目）、そして過去にロイ・ヘインズが共演したミュージシャンのオリジナル（5, 6, 9曲目）と、いずれも馴染みのナンバーが選ばれています。

　贔屓のマーカス・ストリックランドをはじめ三人の若手プレイヤーは、大先輩と共演できる喜びがプレイに反映されているかのように、どのトラックも気持ちのこもった演奏を展開しています。
　例えばコルトレーンも演った冒頭曲ですが、マーカスはバスクラのイントロからアドリブ・コーラスはソプラノに持ち替えて懇ろなソロを聴かせ、続くピアノ、ベースのソロも与えられた見せ場でちゃんと自己主張していて（ベースはなかなかのテクニシャンです）全く悪くありません。以下に続くどの楽曲も同様で、緊張感を保ちながらの70分強のステージが繰り広げられていきます。チック・コリアのアルバム『Trio Music in Europe』（1984、ECM、もちろんタイコはロイ・ヘインズ）で取り上げた3曲目”Summer Night”が終わった瞬間の割れんばかりの拍手で、彼らの演奏が聴衆のハートをしっかり掴んでいることが伝わってきます。

　一方ロイ・ヘインズのプレイについてですが、年代を追って彼を聴いていくと、1990年代半ばくらいからでしょうか、彼の得意とする「小技」が若干後退して「大技」を前面に押し出すようなプレイへ、言い換えればダイナミック・レンジが（「大」「強」の方向に）やや狭まってきたという印象を私は受けるのです。本作でも（ライブということもあって）そのような傾向は同様で、このアルバムを最初に聴いた時に、彼の新しい演奏を聴くのはもうこれくらいにしておこうかな、と思ったことを覚えています。ここでの共演者に触発されたかのような七十七歳とは思えないパワフルなプレイは間違いなくロイ・ヘインズそのもので、この時期までの彼の代表作と言ってもよいクオリティのアルバムになっているとは思うのですが、どうも好きなミュージシャンに対してはハードルを上げてしまうものです。

　最後に言わなくてもよいことを書いてしまったようです。
　このようにロイ・ヘインズの本作以降の演奏を私はフォローしていませんが、その内容がどんなものであったにせよ、この偉大なドラマーの価値・名声を汚すものではもちろんありません。ビバップ期から活動したという正に歴史の教科書に登場するような巨星が旅立ってしまったことに思いを寄せ、今夜は彼の小技が冴えわたる『Kenny Burrell / A Night at the Vanguard』（1959, Argo）を聴いて故人を偲ぶことにしましょう。