先日、BSで『サイレントランニング』をやってました。
この映画、日本では日曜洋画劇場が初お目見えだったりするんですが、 著名な名作SF映画なんでもう何回も観てます。 でも今回の放映は素材が良くて映像が鮮明で細部がよく見えるのが嬉しくて、 また最後まで見てしまいました(笑)。 未見の方のために簡単にストーリーラインを説明するので知りたくない人は、 以下しばらく飛ばして読んで下さい
以下ネタバレ 時は未来で地球上に植物が無くなったため、温室を多数つなげたような宇宙船で 植物保全の任務に就いている植物オタクの主人公が、本部の方針変更で植物を 破棄しようとする三人の同僚(彼らは単に仕事でやってて植物保全に興味がない)と対立し、 そのうちの一人をはずみで殺してしまい、犯行を隠すため 残りの二人は宇宙船ごと爆破するという暴挙に出ます。 地球との連絡も絶ち、一つ残った植物ドームで植物の世話を堪能する主人公でしたが、 寂しくて作業用のドローン三体に名前をつけ、人間扱いし始めます。 そんな楽しい生活もやがて地球の船に発見され、遭難中と報告してたため 救助に来るとの通信を聞き絶望した植物オタクは、二体残ったドローンのうち、 五体満足な一体に植物の世話を頼み、自分の不注意ではねて不完全になった ドローンを道連れに自爆します。一人残ったドローンは宇宙を漂う植物ドームの中で いつまでも植物の世話を続けるのでした。 ここまでネタバレ
このようにストーリーだけ追えば、DQNな植物オタクが自滅する話で、 この主人公の性格は映画が製作された1970年代だと気味の悪いだけで、 同僚三人と対立し酷いことをしておいて、彼らのことを好きだったと言う主人公を、 かつての私は「なんて身勝手な奴だ」としか思いませんでした。 でも2010年代の今、人生経験を重ね他人から苦渋も飲まされてきた今の私には その悩む気持ち、共感できないけど、解らないではありません。 現実にもこういうタイプの困ったメンヘラいますよね('A`) ちゃんと同僚と話し合い、自分だけは残ると強く主張すれば、 自分たちが地球に帰れさえすればいい同僚は、きっと見逃してくれたろうに、 そのあたりのボタンの掛け違えが悲劇に発展するシナリオには、 SFによくある、地球の危機を救ったり侵略者と戦う爽快さは無くて、 極めて個人的かつ無意味な展開ですが、だからこそ人間の業を描いてる気がします。
さて、この映画の本当の主人公は植物オタクのブルース・ダーンではなく、 3体のドローンたちです。最近「ドローン」という言葉は、日本では無線操縦で飛ぶ 小型ヘリになってしまいましたが、かつては「非人間型自立式ロボット」を意味しました。 この映画でのヒューイ・デューイ・ルーイの3体は、ダーンによってドナルド・ダックの3匹の甥の 名前がつけられたものですが、ルーイは命名より前に宇宙の藻屑と消え、脚先だけに…。( TДT) 残ったヒューイとデューイは音声機能は無いので一言も発しませんが、甲斐甲斐しく働き、 人間以上に生き生きとしています。というより、このドローンたちに感情移入できるかどうかが この映画を楽しめるかどうかの分かれ道で、感情移入できた人にはSF映画の傑作、 できなかった人にはメンヘラがオーバーに騒いだり、カッコ悪い機械がモソモソ動くだけの 退屈な映画ということになってしまうでしょう(苦笑)。
監督はSFXの大家ダグラス・トランブルなんで特撮は凝っていて、
土星通過シーンには『2001年宇宙の旅』の木星シーンの撮影にも使われた、 惑星を立体的に表現できる画期的な仕組みジュピターマシンも使われ、 『2001年』は本来は土星が舞台だったのを上手くいかずに木星に変更した その仇を討ったりしてるんですが(笑)、知らないと気づかないだろうし…。
私はもちろん、3体のドローン目当てでこの映画を観たのでその一挙一動に 萌えこそすれ退屈なんかしなかったので(笑)、ルーイの遭難には涙したし、 植物オタクが退屈しのぎに宇宙船内で他の3人がやってたように カートで爆走してヒューイを跳ね飛ばし破損させ、一応の修理はしたけど 元通りにはできなかったのにはナンダカナぁと思ったし、 破損してもヒューイは一応自力で歩けるし、植物の世話の補佐くらい 出来たはずなのに、「お前は足手まといになるから」と道連れにする 植物オタクの身勝手さには心底激怒しました。ヽ(`Д´)ノ
この3体のドローンには心を奪われるマニアは多いようで、 大手メーカーからの商品化はありませんが、ガレージキットなら昔からたくさん出ています。 1980年代初頭のゼネプロ第一回商品ラインナップにも、もちろん無版権だけど(爆)あって、 『メトロポリス』のマリアと『禁断の惑星』のロビーは買ったけど、 ドローンはスケールが合わなかったのでスルーし、自作しました。
その時は青いデューイだけで、以前お見せしたように他のミニロボットたちと並べて飾ってましたが、 約35年後の今、鮮明に見れたのに感激して、残りの2体もデッチビルドしちゃいましたよ!\(^o^)/ 基本的にヒューイとルーイは同じ形でデューイは下の部分が大きいんですよね。
丁寧に作ったデューイに比べると、1日でデッチ上げたヒューイとルーイは アラが目立つけど、(゚ε゚)キニシナイ!! 台座は宇宙船ヴァレイ・フォージ号のパネルの形風にしてみました。
この映画は、一人残ったデューイが健気にも植物の世話をし続けるシーンで終わりますが、 そこに流れるのがジョーン・バエズが歌う主題歌の「リジョイス・イン・ザ・サン」(太陽の下での喜び)です。
Fields of children running wild In the sun Like a forest is your child, growing wild In the sun Doomed in his innocence In the sun
子供たちは太陽の下、野原を元気に駆け巡る 森はあなたの子供のように、太陽の下、元気に育つ でも彼の無垢さは、太陽の下、失われる
Gather your children to your side In the sun Tell them all they love will die Tell them why In the Sun
あなたの子供たちを、太陽の下、あなたの近くに集めなさい そして彼らに伝えなさい、愛するものたちが、やがて死ぬことを それが太陽の下に生きるものの理であることを
Tell them it's not too late Cultivate, one by one Tell them to harvest and rejoice In the sun
彼らに伝えなさい、まだ遅くはないことを 命じなさい、一人ひとりが耕すことを 彼らに伝えなさい、太陽の恵みを収穫し、感謝することを
さすがはジョーン・バエズで、自然と人間と(そして神)の関係に 難しい言葉は全く使わずにサラリと言及する奥深い歌詞です。 この歌を主題歌に掲げ、なんとなく似た展開をしているということは、 この映画の主題は「人間と自然と天の恵み(神)の調和」で、 「まだ遅くはないんだよ」との優しい歌声に包まれたデューイのその後は きっと幸多いもので、植物オタクの罪もきっと許されたんだと、私は信じます。
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