非国民通信

ノーモア・コイズミ

本が捨てられていくのを見るのはつらい

2011-12-24 23:05:27 | 社会

 今となっては文学中年の私ですが、まだ文学青年だった学生時代の頃には「(書籍など)著作物の在庫にかかる税金をなくしたい」と夢見ていました。自分が政治家になるなら、この公約をおいて他にあるまいと考えていたものです。というのも、欲しくても手に入れられない本や音楽CD、それからゲームソフトがたくさんあったからです。なぜ、市場から消えてしまったのか。都心の大型店からも姿を消しただけではなく、取り寄せすらもしてもらえなくなった本やCDはどこに消えたのか、一つの答えが「絶版(廃盤)」でした。絶版になってしまったので、もう市場には出回らないわけです。

 絶版が意味するのは、単に新しく増刷されることがなくなるというものではありません。だいたいにおいて絶版となってしまった書籍は、裁断されてしまいます。保管費用もさることながら、書籍が書籍である以上は資産としてカウントされ結果的に納税額を増やす要因ともなるわけです。ゆえに書籍を裁断して「紙の束」に変えてしまうみたいなことがしばしば行われています。こんなことをせずとも納税の際に不利益とならないよう著作物の在庫に対する控除を設けるべきではないかというのが、学生時代の私の政治主張でありました。だからといって別に政治家を志したりはせず、ただそうなったら良いなと考えていただけですけれど。

 その当時に購読していた音楽雑誌で、ある編集者がレコード会社で働いていた時のことを語っていました。入社して真っ先に命じられた仕事は「レコードを割ること」だったそうです。つまり、絶版(廃盤)となったレコードを燃えないゴミに変える仕事ですね。当時はまだ貧しく、給料が出たら買ってやるんだと意気込んでいたレコードを自分の手で割るという仕事に涙が出てきたとのこと、先輩社員から「こういうことにならないよう、売れるレコードを作るんだよ」と教えられたそうですが、まぁ愛するレコードを自らの手で破壊しなければならない、この心中はどれほどのものだったでしょうか。

 他にも、図書館から廃棄され、裁断されるのを待つばかりの本も少なからず見てきました。大学の図書館であってすら保管場所の関係で捨てられる本もあれば、市立の図書館であれば需要の高いベストセラー本が大量購入されるのに押し出される形で捨てられてしまう本も少なくなかったわけです。この辺「公立図書館における複本の禁止」とかも公約として掲げたいところではありますが、ともあれ本好きとして心が痛む場面は少なくありませんでした。何とかならないものでしょうか。

 

裁断された本、私はあれを正視に堪えない――浅田次郎

浅田さんもおっしゃいましたけど、そこに本当に無残な本の姿がありますが、本屋の娘として、物書きとして、“本”というものの尊厳がこんなに傷つけられる世の中になるということをとんでもないことだと思っております。――林真理子

司会の先生から、何度か「裁断」という言葉が出ましたけども、それを聞く度に非常につらい思いをします。――東野圭吾

作家から見れば、裁断本を見るのは本当につらいです。本当に、もうちょっと本を愛してくださいといいたいです。――武論尊

 

 この辺は大いに同感するところで、愛書家の端くれとしてはやはり本が裁断されていくのは耐えられないものがあります。このような状況で名だたる作家が声を上げてくれたことには多少なりとも勇気づけられた――かと思いきや、どうにも上の引用は「スキャン代行業者提訴」との文脈で語られたものだったりするので残念感はひとしおです。つまり書籍を裁断してスキャン(=PCなどに取り込み)を行う業者を訴えるために作家陣が立ち上がったのですが、そんなニッチな業界を相手にしている場合じゃないだろう、というのが率直な思いですね。何よりも本が裁断されるのは、スキャン代行業者によってではなく絶版になったときですから。

 まぁ、著作権者としてグレーゾーンの商売に苛立つのは理解できます。その辺は著作権者として異議申し立てをするのも頷けるところですが、裁断に関しては完全に筋違いと言いますか、単にツッコミどころを増やしているだけという印象がぬぐえません。その辺を差し引いても、衰退を続ける出版業界の迷走ぶりを象徴しているとしか思えないところもあります。時代とともにメディアは変遷するもの、書籍だって永遠に今の形でいられることはできないでしょう。時代の変化に出版業界が対応できていないからこそ、その「隙間」を埋める業者も出てくるわけで、これを責めても必ずや第二、第三の業者が出てくるような気がします。

 日本のダッチワイフは世界一!かどうかはさておき、高級ダッチワイフともなれば注文者の要求に応じて顔を描いてくれる、写真を持ってくればそれとそっくりな顔を作ってくれるサービスもあるわけです。では好きなアイドルの写真を持ち込む注文者が多いかと言えば、実のところ「亡くなった奥さんの写真を持ってくる」人が多いのだとか。意外にシリアスな世界です。そして問題のスキャン代行業者の場合ですが、実際に開業してみたところ、全く予想していなかった客層からの注文も多くて驚かされたそうです。それはすなわち、「目が不自由なお客様からの注文も多かった」とのこと。書籍をPCに取り込んで、音声読み上げソフトと組み合わせて利用する人も多かったようです。これまで視覚障害者のニーズに対応できていなかったことを出版業界は反省材料とすべきでしょうね。

 翻って私はといえば、本が捨てられないため日に日に部屋を圧迫されています。本棚と段ボールの山によって居住空間は浸食され、どうあっても人を呼べるはずもない部屋と化してしまいました。しかし、本を買うぐらいの収入はあっても車や家を買う収入はありません。広い部屋に引っ越すだけのお金もありません。この結果、「置き場所に困るから」みたいな理由で本の購入を抑えているのが近年です。ゆえに代行業者へ頼んで書籍を電子化してもらう、というのは私にとっても一定の魅力ある選択肢です。それで著作権者が割を食うというのなら、出版社側がもっと主体的に電子化のニーズに応えてよ、と思うわけです。

 そう言えばゲーム業界と中古ゲーム販売業界は険悪な関係にありますけれど、出版社/著作権者と(ブックオフなどの新種を別とした昔ながらの)古本屋業界との関係はどうなのでしょうか。どうも「昔からあるもの」には手ぬるく、「新しく出てきたもの」には目くじらを立てる、そういう傾向がここでも見られるような気がします。ともあれ書籍を含めたコンテンツ産業は、製造業に取って代わりうる重要な柱の一つです。お隣の韓国などドラマやネットゲームなどを中心として自国コンテンツの売り込みに非常に熱心ですけれど、日本はどうでしょう。日本の漫画が外国のマニアに絶賛されては鼻を高くする、だけどそれだけで終わりがちなところがあるように思います。「お役所」が音頭をとって日本コンテンツの売り込みを図るケースはあるものの、肝心の民間企業の動きはどうなのやら。少なくとも既存の出版業界が電子化に対応できず国外への売り込みもできずにいるとあらば、代わりに行動してくれる新興の業者にこそ、私は期待してしまうところです。

 

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10 コメント

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一つの疑問 (あいうえお)
2011-12-25 06:05:21
>書籍が書籍である以上は資産としてカウントされ結果的に納税額を増やす要因

 というのがよくわからないのですが。

 資産課税については、不動産、自動車等の機械や金融資産と違って、通常の動産は課税対象にならないはずです。
 所得課税についても、在庫を抱え続けることを益金とみなすことはありません。在庫増加についても、売上原価=当期仕入れ高-当期在庫増加高なので損金が減少しているように見えますが、当期売上に貢献していない仕入れ(在庫増分)を損金と認識する方が奇妙だと言えます。

 以上が通常の業種の場合の考え方でしょうが、出版業界や音楽業界は再販制度下にあるので別の税務処理があるのかもしれません。
 何かご存知ならばご教示ください。
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Unknown (非国民通信管理人)
2011-12-25 20:27:25
>あいうえおさん

 期末の在庫が多いほど原価が下がり帳簿上の利益額が増えますので、結果的に納税額が増える(それを相殺できるだけの赤字があれば別ですが)、実質的に在庫に税金がかかっているかのような状況になるものと認識しています。「当期売上に貢献していない」との理由で除外できるかどうかは解釈が分かれるのかも知れませんが、そういう解釈の違いで追徴課税をもらっている企業も少なくないことを鑑みれば、結構なグレーゾーンなのではないでしょうか。
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Unknown (GX)
2011-12-26 22:46:30
 一度絶版になってしまった書籍を入手するのはなかなか困難ですよね。私もつい最近大型書店にて本を3冊注文したことがあるのですが、全て絶版で取りよせができませんでした。内2冊は少々古いものですので覚悟はできていたのですが、残りの1冊である2006年発売の品まで絶版していたのには驚きました。漫画ですと5年前の作品も普通に出版されてたりするのですが、この時一般書籍だと(利益が見込めるかにもよると思うのですが…。)寿命が短いなと思ってしまいました。
 どうしても絶版の本を手に入れたいのならば古本屋を探して渡るかネット通販になりそうですが、前者ですとそれこそ探すのが大変ですし、後者ですとクレジットカードが必要になりますし(全ての人がクレジットカードを作れるわけではない)…。図書館にもあるとも限りませんし、何よりずっと手元に置いておくことができません。電子でもなんでも余程のことがない限り本を絶版にしないで欲しいのですが、現状は難しそうです。
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Unknown (非国民通信管理人)
2011-12-26 22:51:59
>GXさん

 今や書籍も生鮮食料品のごとく、店頭に並ぶ時期が短いですから(時に店頭から消えて久しい書籍やゲームが有害図書としてやり玉に挙げられたりもして、その辺のモラリストの情報の古さに辟易することも少なくないくらいです)。この国が「文化」を大切にするつもりがあるのなら、本を絶版に「させない」ための枠組みが必要で、紙に印刷された状態での在庫の確保が難しいのなら、もっと電子化を進めることを考えて欲しいところですが――現状では甚だ出版社や著作権者側の動きが鈍いですね……
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Unknown (street-man)
2011-12-29 00:29:22
以前に「世界が第二の焚書時代を迎えた6つの理由」と言う記事を読んで、暗澹たる気持ちになりました。図書館は本の博物館では無いという、当たり前の事実に気づかされて、なんとも言えない気分になったもんです。
書物というものをどう考えるかと言うのはあるんですが、将来の為に情報を残すという意味では、電子化というのも「有り」なんでしょうね。
でも、稀覯本とかは紙の状態で残したいと思うのは、本好きの性?
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Unknown (非国民通信管理人)
2011-12-29 00:57:23
>street-manさん

 冗談なしに「燃やされる」本だって少なくないですからね。せめて中に記されたものだけでも残す手段が電子化ですが、今ひとつ出版業界側に積極性が見られないのには忸怩たる思いがあります。もちろん紙に印刷された、まさしく「本」の形として残したい、とっておきたい気持ちは私にもあって、現にそのせいで部屋を圧迫されているわけですが、やはり保管スペースの問題が大きいです。そうは言っても、他の分野に使われる予算のほんの一部だけでも「本」のために回してくれれば、国が「文化」として書籍を後世に残すことは決して難しくないと思うのですが。
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Unknown (リンデ)
2011-12-30 13:10:22
>日本の漫画が外国のマニアに絶賛されては鼻を高くする、だけどそれだけで終わりがちなところがあるように思います。

日本の漫画やアニメはもともと国内向けに作られたのがたまたま海外でウケただけであって、別に最初から海外展開を目指していたわけではないんですよね。
その辺りの勘違いから未だに抜け出せていないように見えます。


>「お役所」が音頭をとって日本コンテンツの売り込みを図るケースはあるものの、肝心の民間企業の動きはどうなのやら。

理想を言えば、売り込みに力を入れるのなら、まずはアニメーターの仕事量の割りには非正規労働者にも劣らない低賃金の労働環境を真っ先に改善して欲しいところですけれど。
ですが、コンピューターの導入による作業の簡略化で労働者の質が手描きの頃よりも問われなくなってきていますし、海外に発注した方が安く上がり、むしろ海外に依存しないと成り立たない状況です。
日本の作画の質は高いイメージがありますが、技術力の差なんていずれなくなるでしょう。
何だか日本の製造業を取り巻く状況に似ていますね。
作画などの技術的な面は後進の育成に力を入れるよりも海外に全てを任せて、日本は原作や企画などの分野に特化していった方がいいのかもしれません。
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Unknown (非国民通信管理人)
2011-12-30 18:44:53
>リンデさん

 その辺、韓国との差を如実に感じるところですね。できばえは優れているかも知れませんけれど、結局日本だけで完結してしまうようではどうなのか、そこは出版業界側に、もうちょっと意識して欲しいものです。

 そして仰るようにアニメ制作も、既に製造業と同じような問題に足を踏み入れているところがありますね。だからこそ新興国と競合しない分野を新しく切り開いていくことが求められるわけですが、その辺の意識に乏しいというか、むしろ現状維持のために工場労働者/アニメーターの賃金を抑え込むための改革に走るような愚が続きそうです。
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Unknown (Goemon-hair)
2012-01-03 23:01:40
本が裁断処分されている量から言えば、再販制度による売れ残りが年間1億冊ほどらしいので、そちらのほうが圧倒的に多いと思われます。
(出典https://kmonos.jp/csr/2011/05/c004.html
図書館のエピソードにしても、帳簿上の資産を減らすためというより在庫スペースのほうが日本では深刻そうです。そう考えると、絶版本も含め本の電子化はどんどん進めたほうがよい。

上記を考慮すれば、見たくない「裁断されてる本」を見ないためには、
1. 再販制度を撤廃する事
2. 電子出版を推進する事
これらをやるべき、と言う事になります。

私も文学中年ですが、電子出版はどんどん進めてもらいたい。なぜアメリカの読者が享受できている利便性を日本人はスキャン代行業者に依頼する手間とコストをかけなければならないのかと怒りを感じています。
作家の皆さんがこのような読者の目線に立たず、出版社の既得権益を守るための見当違いの主張に手を貸しているのは嘆かわしいです。
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Unknown (非国民通信管理人)
2012-01-04 23:09:00
>Goemon-hairさん

 それは裁断問題にかこつけて再販制度を罵りたいだけの人の言うことです。書店側で独自に値引きすれば売れ残りは出なくなる、再販制度を撤廃すれば問題が解決するみたいに思えるのは都合の良い想定を真に受ける愛書家は決して多くないことでしょう。相手を既得権益とかレッテル貼りに努めれば格好は付くかも知れませんが、それは流行の言動を受け売りしているだけのことです。
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