なんだか引っぱってしまったが、検定合格を公表している9日付の「つくる会ニュース」が、自由社版の歴史教科書の特徴の一つをこう表現している。
他社の四年前に採択された教科書を精密に比較検討し、歴史的に最も正確な記述に努めたことです。さらに、文科省による丹念な検定を経たことにより、史実の正確性が高められ、表現が改善されたことも付け加えておきます。
以上のことから、自由社の歴史教科書は、最新の、最も工夫された歴史教科書になっているものと自負しております。この教科書は、五月上旬に発売される市販本『日本人の歴史教科書』(自由社)の中に全文が収録されます。
一方、つくる会メンバー執筆の教科書検定合格を報じる毎日記事では、
「新しい歴史教科書をつくる会」(藤岡信勝会長)が主導し自由社が発行する中学社会科(歴史的分野)の教科書は516カ所の欠陥が指摘されいったん不合格となり、再申請でも136カ所に意見が付いたが、すべて修正して合格した。
(中略)
自由社の教科書は、第二次世界大戦に関する「日本軍も(略)侵攻した地域で、捕虜となった敵国の兵士や非武装の民間人に対しての不当な殺害や虐待を防ぎきれなかった」との記述が「理解し難い表現」と指摘され、「(略)不当な殺害や虐待をおこなって多大な惨禍をのこしている」と修正した。
また開国後の朝鮮について日本が「近代化を援助した」との記述は「誤解の恐れがある」とされ、「軍制改革を援助した」に修正。日本の南方進出についての記述も「アジア諸国の独立に寄与したかのように誤解する恐れがある」と指摘され、表現を変えた。
藤岡会長は「確かにそうだと思える指摘がほとんど。史実が正確になり質が向上した」と話している。ふりがななど単純ミスが多かったことについては「コンピューターの誤作動が原因」とした。
『文科省による丹念な検定』は、初回検定時に516箇所、再検定時に136箇所の指摘があったそうで、検定する方は、さぞかし大変だったことだろう。それも、単純ミスが何百もというから、面倒なことだ。
そんなもん、内部のチェックで直してから検定申請するものじゃないのか? 「ふりがななど単純ミス」は、MSN産経 9日付「
自由社の歴史教科書が検定合格 「つくる会」メンバーら執筆」では『
誤字を中心に516カ所と多くの修正点』という表現になっている。経験的に判断すると、
「誤字」や「ふりがな等の単純ミス」はコンピューターの誤作動が原因ではない思うのだが、コンピュータプログラム等に詳しい人のご意見も参考にして判断したいと思ったのであった。
内容に関しては、つくる会ニュースではこう言及していた。
巻頭グラビアのページに、「そこに眠っていた歴史」というシリーズを設け、「岩宿遺跡の発見」、「高松塚とキトラ古墳」、「出雲大社」、「戦艦大和」の四つの学習テーマを配置しました。また、昭和天皇の「お言葉」を集めて特集するなど、昭和天皇について二ページにわたる記事を掲載しました。
これは戦後の教科書の歴史において画期的なことです。
一方、MSN産経では
扶桑社版と異なる点は、図版の大半を差し替えたほか、「昭和天皇のお言葉」に1ページを割り当て、見開きで昭和天皇について記述。戦艦大和の戦いについても1ページを割いた。
…お言葉について1ページ、その他にも1ページ特集を組まれた方の跡を継がれた方が、先だって「
大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば,日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合,伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います」とおっしゃっていたと聞き及ぶので、こういった取り扱いは、どうお思いになるのだろうか。。。
また、私は偏った情報が入ってしまったおかげで、
戦艦大和といえば「世界最大の粗大ゴミ」なんてフレーズが頭に浮かんで仕方ない始末なのだが、もちろん、こちらさんの教科書がそんな話の筈はないだろう。「
沖縄県民のために、歯磨き・歯ブラシを50万人分、そしてなんと女性用美顔クリーム25万人分」等を届けようとして果たせなかったという「美談」なのかもしれないが、おそらくは
片道特攻ではなく帰りの燃料も積んでいた路線の「美談」路線かもしれない。この自由社版のつくる会教科書は、
「日本人の歴史教科書」というタイトルで4月28日に定価1500円で販売だそうなので、覚えていたら、今度大きい本屋で見かけたら立ち読みして(<ー買うつもりはないらしい)確認しなければ。
さて、つくる会が「
他社の四年前に採択された教科書を精密に比較検討し、歴史的に最も正確な記述に努めた」と配信するニュースで断言する歴史教科書だが、報道を見て回るととてもたくさんの反対意見が表明されているようである(婉曲表現)。
事実誤認は例えば、第2次大戦での硫黄島の戦い。それに続く沖縄戦の開始時期だ。
同書は「(1945年)4月、米軍は沖縄本島に上陸し、ついに陸上の戦いは日本本土に及んだ」と記述している。
だが、国内での地上戦は沖縄ではなく硫黄島が最初だ。これでは硫黄島は日本ではないことになる。
地上戦の開始も米軍が沖縄本島に上陸した4月と読める。だが、米軍は実際には3月26日に慶良間列島に上陸している。慶良間列島はまぎれもなく沖縄だ。そこで起きた住民の悲劇に触れないというのも解せない。
さらに同書は、琉球王朝が「沖縄県」になった「琉球処分」について、多くの教科書が触れてきた新政府が軍隊や警察の力を背景に「強制」した事実を省略している。
「琉球処分がスムーズにいったような書き方」に、事実に大きな間違いがある、沖縄の立場を無視しているとの批判が出ている。
韓国からは公式な抗議を受けているが、ここでは全体的な話ではなく、個別具体的な批判点をあげている箇所を、報道から抜き出してみよう。
自由社版は、韓日両国の学界が否定する「日本府(大和朝廷が朝鮮南部を支配するために任那に置いたという官府)」を記述し、東アジアで日本だけが独自の年号を使ったとしている。
私が日本史を習った頃には任那日本府があったように記憶していたので、どういう事なのかと調べてみた。すると、さすがは(?)扶桑社版とほとんど内容が同じといわれているだけあってか、歴史学研究会による「
まちがいだらけの『新しい歴史教科書』 ―中学校の教育レベルを落としてはならない―」(2001年10月29日最終更新)に以下の記述があった。
「高句麗は、百済の首都漢城(現在のソウル)を攻め落とし、半島南部を席捲した。しかし、百済と任那を地盤とした日本軍の抵抗にあって、征服は果たせなかった。」
コメント:高句麗との戦いの中心が日本であるかのような記述はおかしい。百済と任那に恒常的な日本の政治的基地が築かれていたかのような表現も誤り。
また、
かつては任那復興会議をもとにして任那日本府を考えてきた。倭国からの使者が加耶における合同会議に参席できる立場にあったという理解をしていた。しかし任那復興会議は極めて特殊な会議です。こういう歴史的な状況になったからこそ百済が求めて開かれた会議です。常時開かれていた会議ではない。
(中略)
「任那復興会議」の中で登場するのが任那日本府です。倭国からの使者がたびたび行ってもおかしくない。何の問題もない。日本と友好関係にある地域があるわけですから。しかしそれは出てこなくて、任那復興会議にだけ任那日本府が登場してくる。
(中略)
ただ倭がやってきて任那日本府を恒常的に拠点を置いているという状況は見いだせない。そういう材料は出てこない。
ともある。自由社版歴史教科書の実際の記述をみていないが、恒常的に日本府が置かれていたような記述だったということか。
「東アジアで日本だけが独自の年号を使ったとしている」という記述には、こんな情報を見つけてある。
渤海国は六九八年に大祚栄が王権を樹立して以来、九二六年に契丹の耶律阿保機に降るまで十五代のおよそ二二九年の歴史をもつ。
(中略)
渤海国は存続二二九年の間、ほぼ全期間を通して、独自の年号を使っていた。
(契丹の耶律氏に秘かにうけたのはともかく)、、、「東アジアで日本だけが独自の年号を使った」訳では無さそうである。だめじゃん。
あるいは、韓国からの指摘の一つ、
19世紀の江華島(カンファド)事件を挑発した主体と目的・経緯を隠蔽し、日本が試みた韓国侵略の意図を故意に否定している。
には、扶桑社版へのこの批判が適用できるだろうか。
200ページ 清・朝鮮との国交樹立
「一方、これに先立って、日本軍艦が朝鮮の江華島で測量をするなど示威行動をとったため、朝鮮の軍隊と交戦した事件…をきっかけに、日本は再び朝鮮に国交の樹立を強く迫った。」
コメント:これは日朝間の交戦の事情が説明不足で理解し難い表現である」との検定官の意見をつけられ、修正した文章であるが、日本軍艦の行動の前提として、日本国内に「征韓論」が台頭していたことを述べないので、基本的な理解がえられない。日本の軍艦は朝鮮の西海岸を測量しながら北上したのだが、江華島では測量をおこなわず、カッターを入れたところ砲撃されたとの理由で、砲撃を加えたものである。江華島で測量をしたというのは誤りである。
どうも、すでに引用しているように、ほとんど内容が扶桑社版と同じという話なので、歴史学研究会による「
『新しい歴史教科書』に見られる初歩的な誤り(章別)」(2001年6月22日最終更新)、「
『新しい歴史教科書』に見られる初歩的な誤り(テーマ別)」(2001年7月5日最終更新)、「
まちがいだらけの『新しい歴史教科書』 ―中学校の教育レベルを落としてはならない―」(2001年10月29日最終更新)が、きっと流用できるだろう。ちなみに、扶桑社版へのつっこみには
一面的な評価、生徒の理解の妨げとなる不親切な記述、前後矛盾する記述、稚拙な表現などは、このほかに多々ありますが省略します。
『新しい歴史教科書』では、歴史的事実を誤って記述した箇所にも、執筆者側の意図が反映されている場合が少なくありません。今回はその意図を以下の7つに大別し、構成を変更しました。
現在、市販されている『新しい歴史教科書』(西尾幹二編、扶桑社発行)の内容を検討した結果、下記のような多くの誤った記述があることが判明しました。このほかにも一面的な記述や、当然書かれるべきであるのに書かれていない歴史的事象など、指摘すべき問題点は多々ありますが、明白で、かつ歴史理解のうえで無視できない重要な箇所での誤りにしぼって、以下に掲げます。
との注釈があるので、、、「侵略美化」の意図が匂うにしても、それ以前の問題があるようである(というか、何かを美化したいがためには、話をどっかもってかざるを得なかったのだろうけど)。
こんなつっこみが入っているのとほぼ同内容という話の、今回検定通過した自由社版の中学歴史教科書。「慰安婦」に関する記述は綺麗さっぱり無く、南京事件については
…日本軍によって、中国の軍民に多数の死傷者が出た(南京事件)。なお、この事件の犠牲者数などの実態については資料の上で疑問点が出され、今日でも研究が続いている
と記述していたそうである。「虐殺少数説」+「足止め効果」狙いか。
この自由社版中学歴史教科書検定追加に対し、36市民団体がNGO共同声明を発表している。
「つくる会」の自由社版教科書の内容は、前述のように約9割の項目がほとんど同じということが示すように、内容も扶桑社版と基本的には同じものです。(略)新たに追加した中には「昭和天皇のお言葉」(1ページ分)など特異なものがあります。また、本文を一部改訂したところでは、新たに誤った記述を行っています。例えば、沖縄戦は1945年3月26日の米軍の慶良間諸島上陸ではじまっていますが、扶桑社版は「4月、米軍は沖縄本島に上陸し」をもって沖縄戦の開始とする誤りを記し、検定もそれを修正させていません。自由社版はその誤りを正さないまま、さらに「…上陸し、ついに地上の戦いも日本の国土に及んだ。」と加筆しています。しかし、1945年2月に硫黄島(東京都小笠原諸島)での地上戦がはじまっていますので、これは事実に反する誤りです。文科省は2004年の扶桑社版検定で前述の誤りを放置し、今回の自由社版の二重の誤りを見過ごしています。07年の沖縄戦「集団自決」記述歪曲検定に対する、沖縄県民をはじめとした抗議などで、沖縄戦に関する正しい事実認識の必要性が求められている中で、このような初歩的な間違いを記述した「つくる会」とそれを容認した文科省の責任は重大です。
扶桑社版歴史教科書は多くの誤りが指摘されていますが、それと共に、次のような重大な問題点をもっています。これらは自由社版においてもそのまま引き継がれています。
第1に、日清・日露戦争以降の日本の戦争を美化・正当化し、日中戦争は日本の侵略ではなく中国側に責任があるとし、アジア太平洋戦争を「大東亜戦争」とよんで、それが侵略戦争だったことを認めず、日本の防衛戦争、アジア解放に役立った聖戦として美化し肯定する立場がつらぬかれています。韓国併合・植民地支配への反省はなく、むしろ正当化する内容です。(中略)
第2に、「神武天皇東征」を「伝承」としながらも、大和朝廷成立のところで扱うなど神話をあたかも史実であるかのように描いています。「つくる会」は、「皇室・天皇」は「我が国の歴史の始まりとともに存在した」と主張していますが、これは、神武を実在の天皇とする歴史の偽造です。
第3に、天皇と国家を前面に出し、日本の歴史を天皇の権威が一貫して存在した「神の国」、天皇と国家、為政者の「栄光の歴史」と描き、民衆の歴史、特に女性や子どもについてはほとんど描かれていません。また、聖徳太子の「17条憲法」を全文載せ、「全国の武士は、究極的には天皇に仕える立場」だと歴史を偽造し、「昭和天皇」のコラムに加えて、「昭和天皇のお言葉」を新たに載せるなど「天皇の教科書」という色彩を強めています。
一方で、韓国や中国などアジア諸国の歴史を根拠なく侮蔑的に描き、その上に立って、国際的に通用しない偏狭な「日本国家への誇り」や「日本人としての自覚」、歪曲した「歴史に対する愛情」を強制的に植えつけようとしています。(後略)
…歪曲も捏造もしなくても、良いところはたくさんある国だし、なによりこの60年あまり戦争をしていない、世界に胸を張れる平和国家だというのに、自虐的な人達が教科書を作りたがるようで困ったものである。
また、私は偏った情報が入ってしまったおかげで、
戦艦大和といえば「世界最大の粗大ゴミ」なんてフレーズが頭に浮かんで仕方ない始末なのだが、もちろん、こちらさんの教科書がそんな話の筈はないだろう。「
沖縄県民のために、歯磨き・歯ブラシを50万人分、そしてなんと女性用美顔クリーム25万人分」等を届けようとして果たせなかったという「美談」なのかもしれないが、おそらくは
片道特攻ではなく帰りの燃料も積んでいた路線の「美談」路線かもしれない。この自由社版のつくる会教科書は、
「日本人の歴史教科書」というタイトルで4月28日に定価1500円で販売だそうなので、覚えていたら、今度大きい本屋で見かけたら立ち読みして(<ー買うつもりはないらしい)確認しなければ。
さて、つくる会が「
他社の四年前に採択された教科書を精密に比較検討し、歴史的に最も正確な記述に努めた」と配信するニュースで断言する歴史教科書だが、報道を見て回るととてもたくさんの反対意見が表明されているようである(婉曲表現)。
事実誤認は例えば、第2次大戦での硫黄島の戦い。それに続く沖縄戦の開始時期だ。
同書は「(1945年)4月、米軍は沖縄本島に上陸し、ついに陸上の戦いは日本本土に及んだ」と記述している。
だが、国内での地上戦は沖縄ではなく硫黄島が最初だ。これでは硫黄島は日本ではないことになる。
地上戦の開始も米軍が沖縄本島に上陸した4月と読める。だが、米軍は実際には3月26日に慶良間列島に上陸している。慶良間列島はまぎれもなく沖縄だ。そこで起きた住民の悲劇に触れないというのも解せない。
さらに同書は、琉球王朝が「沖縄県」になった「琉球処分」について、多くの教科書が触れてきた新政府が軍隊や警察の力を背景に「強制」した事実を省略している。
「琉球処分がスムーズにいったような書き方」に、事実に大きな間違いがある、沖縄の立場を無視しているとの批判が出ている。
韓国からは公式な抗議を受けているが、ここでは全体的な話ではなく、個別具体的な批判点をあげている箇所を、報道から抜き出してみよう。
自由社版は、韓日両国の学界が否定する「日本府(大和朝廷が朝鮮南部を支配するために任那に置いたという官府)」を記述し、東アジアで日本だけが独自の年号を使ったとしている。
私が日本史を習った頃には任那日本府があったように記憶していたので、どういう事なのかと調べてみた。すると、さすがは(?)扶桑社版とほとんど内容が同じといわれているだけあってか、歴史学研究会による「
まちがいだらけの『新しい歴史教科書』 ―中学校の教育レベルを落としてはならない―」(2001年10月29日最終更新)に以下の記述があった。
「高句麗は、百済の首都漢城(現在のソウル)を攻め落とし、半島南部を席捲した。しかし、百済と任那を地盤とした日本軍の抵抗にあって、征服は果たせなかった。」
コメント:高句麗との戦いの中心が日本であるかのような記述はおかしい。百済と任那に恒常的な日本の政治的基地が築かれていたかのような表現も誤り。
また、
かつては任那復興会議をもとにして任那日本府を考えてきた。倭国からの使者が加耶における合同会議に参席できる立場にあったという理解をしていた。しかし任那復興会議は極めて特殊な会議です。こういう歴史的な状況になったからこそ百済が求めて開かれた会議です。常時開かれていた会議ではない。
(中略)
「任那復興会議」の中で登場するのが任那日本府です。倭国からの使者がたびたび行ってもおかしくない。何の問題もない。日本と友好関係にある地域があるわけですから。しかしそれは出てこなくて、任那復興会議にだけ任那日本府が登場してくる。
(中略)
ただ倭がやってきて任那日本府を恒常的に拠点を置いているという状況は見いだせない。そういう材料は出てこない。
ともある。自由社版歴史教科書の実際の記述をみていないが、恒常的に日本府が置かれていたような記述だったということか。
「東アジアで日本だけが独自の年号を使ったとしている」という記述には、こんな情報を見つけてある。
渤海国は六九八年に大祚栄が王権を樹立して以来、九二六年に契丹の耶律阿保機に降るまで十五代のおよそ二二九年の歴史をもつ。
(中略)
渤海国は存続二二九年の間、ほぼ全期間を通して、独自の年号を使っていた。
(契丹の耶律氏に秘かにうけたのはともかく)、、、「東アジアで日本だけが独自の年号を使った」訳では無さそうである。だめじゃん。
あるいは、韓国からの指摘の一つ、
19世紀の江華島(カンファド)事件を挑発した主体と目的・経緯を隠蔽し、日本が試みた韓国侵略の意図を故意に否定している。
には、扶桑社版へのこの批判が適用できるだろうか。
200ページ 清・朝鮮との国交樹立
「一方、これに先立って、日本軍艦が朝鮮の江華島で測量をするなど示威行動をとったため、朝鮮の軍隊と交戦した事件…をきっかけに、日本は再び朝鮮に国交の樹立を強く迫った。」
コメント:これは日朝間の交戦の事情が説明不足で理解し難い表現である」との検定官の意見をつけられ、修正した文章であるが、日本軍艦の行動の前提として、日本国内に「征韓論」が台頭していたことを述べないので、基本的な理解がえられない。日本の軍艦は朝鮮の西海岸を測量しながら北上したのだが、江華島では測量をおこなわず、カッターを入れたところ砲撃されたとの理由で、砲撃を加えたものである。江華島で測量をしたというのは誤りである。
どうも、すでに引用しているように、ほとんど内容が扶桑社版と同じという話なので、歴史学研究会による「
『新しい歴史教科書』に見られる初歩的な誤り(章別)」(2001年6月22日最終更新)、「
『新しい歴史教科書』に見られる初歩的な誤り(テーマ別)」(2001年7月5日最終更新)、「
まちがいだらけの『新しい歴史教科書』 ―中学校の教育レベルを落としてはならない―」(2001年10月29日最終更新)が、きっと流用できるだろう。ちなみに、扶桑社版へのつっこみには
一面的な評価、生徒の理解の妨げとなる不親切な記述、前後矛盾する記述、稚拙な表現などは、このほかに多々ありますが省略します。
『新しい歴史教科書』では、歴史的事実を誤って記述した箇所にも、執筆者側の意図が反映されている場合が少なくありません。今回はその意図を以下の7つに大別し、構成を変更しました。
現在、市販されている『新しい歴史教科書』(西尾幹二編、扶桑社発行)の内容を検討した結果、下記のような多くの誤った記述があることが判明しました。このほかにも一面的な記述や、当然書かれるべきであるのに書かれていない歴史的事象など、指摘すべき問題点は多々ありますが、明白で、かつ歴史理解のうえで無視できない重要な箇所での誤りにしぼって、以下に掲げます。
との注釈があるので、、、「侵略美化」の意図が匂うにしても、それ以前の問題があるようである(というか、何かを美化したいがためには、話をどっかもってかざるを得なかったのだろうけど)。
こんなつっこみが入っているのとほぼ同内容という話の、今回検定通過した自由社版の中学歴史教科書。「慰安婦」に関する記述は綺麗さっぱり無く、南京事件については
…日本軍によって、中国の軍民に多数の死傷者が出た(南京事件)。なお、この事件の犠牲者数などの実態については資料の上で疑問点が出され、今日でも研究が続いている
と記述していたそうである。「虐殺少数説」+「足止め効果」狙いか。
この自由社版中学歴史教科書検定追加に対し、36市民団体がNGO共同声明を発表している。
「つくる会」の自由社版教科書の内容は、前述のように約9割の項目がほとんど同じということが示すように、内容も扶桑社版と基本的には同じものです。(略)新たに追加した中には「昭和天皇のお言葉」(1ページ分)など特異なものがあります。また、本文を一部改訂したところでは、新たに誤った記述を行っています。例えば、沖縄戦は1945年3月26日の米軍の慶良間諸島上陸ではじまっていますが、扶桑社版は「4月、米軍は沖縄本島に上陸し」をもって沖縄戦の開始とする誤りを記し、検定もそれを修正させていません。自由社版はその誤りを正さないまま、さらに「…上陸し、ついに地上の戦いも日本の国土に及んだ。」と加筆しています。しかし、1945年2月に硫黄島(東京都小笠原諸島)での地上戦がはじまっていますので、これは事実に反する誤りです。文科省は2004年の扶桑社版検定で前述の誤りを放置し、今回の自由社版の二重の誤りを見過ごしています。07年の沖縄戦「集団自決」記述歪曲検定に対する、沖縄県民をはじめとした抗議などで、沖縄戦に関する正しい事実認識の必要性が求められている中で、このような初歩的な間違いを記述した「つくる会」とそれを容認した文科省の責任は重大です。
扶桑社版歴史教科書は多くの誤りが指摘されていますが、それと共に、次のような重大な問題点をもっています。これらは自由社版においてもそのまま引き継がれています。
第1に、日清・日露戦争以降の日本の戦争を美化・正当化し、日中戦争は日本の侵略ではなく中国側に責任があるとし、アジア太平洋戦争を「大東亜戦争」とよんで、それが侵略戦争だったことを認めず、日本の防衛戦争、アジア解放に役立った聖戦として美化し肯定する立場がつらぬかれています。韓国併合・植民地支配への反省はなく、むしろ正当化する内容です。(中略)
第2に、「神武天皇東征」を「伝承」としながらも、大和朝廷成立のところで扱うなど神話をあたかも史実であるかのように描いています。「つくる会」は、「皇室・天皇」は「我が国の歴史の始まりとともに存在した」と主張していますが、これは、神武を実在の天皇とする歴史の偽造です。
第3に、天皇と国家を前面に出し、日本の歴史を天皇の権威が一貫して存在した「神の国」、天皇と国家、為政者の「栄光の歴史」と描き、民衆の歴史、特に女性や子どもについてはほとんど描かれていません。また、聖徳太子の「17条憲法」を全文載せ、「全国の武士は、究極的には天皇に仕える立場」だと歴史を偽造し、「昭和天皇」のコラムに加えて、「昭和天皇のお言葉」を新たに載せるなど「天皇の教科書」という色彩を強めています。
一方で、韓国や中国などアジア諸国の歴史を根拠なく侮蔑的に描き、その上に立って、国際的に通用しない偏狭な「日本国家への誇り」や「日本人としての自覚」、歪曲した「歴史に対する愛情」を強制的に植えつけようとしています。(後略)
…歪曲も捏造もしなくても、良いところはたくさんある国だし、なによりこの60年あまり戦争をしていない、世界に胸を張れる平和国家だというのに、自虐的な人達が教科書を作りたがるようで困ったものである。
No. 5822
>歪曲も捏造もしなくても、良いところはたくさんある国だし、なによりこの60年あまり戦争をしていない、世界に胸を張れる平和国家だというのに、自虐的な人達が教科書を作りたがるようで困ったものである。
よくぞ書いていただきました。そう、私たちは平和国家であることを日本の誇りにしていきたいのですが、ふだんから「誇り」だなんだと言っている人たちは、日本を戦争をする国家にしていきたい傾向があるようで。
4月から大学院に通っているので、なかなかコメントも難しくなっていますが、これからもよろしくお願いします。
No. 5823
>ふだんから「誇り」だなんだと言っている人たち
<
そういう人達に限って「日本だけじゃなくて他の国もやってたんだ」論法をお好みとお見受けするのですが、「日本だけじゃなくて他の国もやってた」と思うのなら、だからこそ、日本が率先して真摯な反省と過去の克服を示せば、他の国に先んじて素晴らしい国であると胸を張れるチャンスなんですけどねぇ。
こちらこそ、これからもよろしくお願いします^^
No. 5832
つくる会歴史教科書の最初の版で印象的な迷解釈は、与謝野晶子の項でした。「君死にたまふことなかれ」に反戦の意図はなくて単に家の後継ぎの心配をしたのだ、とか。晶子は家と家族を重んじ、妻として母として生きた着実な人だ、とか。その点、平塚らいてうなんかと違う、とか。
晶子とらいてうの「母性保護論争」を見れば、晶子は女性の独立を熱心に説き、むしろらいてうのほうが主婦擁護的なことを言っていたのですが。
晶子を(つくる会視点で言えば)持ち上げていたのは、晶子のお孫さんが元文部大臣だからじゃないのかなと私は思いました。
これらの記述は今どうなったのか、私も立ち読みしてみようと思います。
No. 5833
>kirikoさん
>晶子は家と家族を重んじ、妻として母として生きた着実な人だ、とか
<
私も、与謝野晶子といえばぶいぶい言わしてたイメージがあるんですが(^^;
たしか、扶桑社版のつくる会
歴史教科書には、なぜか、わざわざ、ヤマトタケル妃の弟橘媛入水エピソードが記述されてるとかいう話でしたよね。どうしても話をそっち系にもっていきたい、みたいな意図はありつつ、与謝野晶子や平塚らいてうあたりをまるきり書かないわけにもいかず、記述するとしたら、まだしも与謝野晶子の書きやすかったとか(^^;
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