THIS IS IT 「感じはつかめたよ」
伝説として語られるような出来事も時が経てば神話である。「Billie Jean」を踊るマイケルは他のシーンとは別だった。ムーン・ウォークを含む一連のあの部分は、マイケル自身アレンジを加えることもできなかったようだった。基本的なポーズやステップでリズムを追ってはいても、マイケルの歯がゆい感じに注目してみなければ、ただ単調に終わってしまっただけだった。それが一番印象に残っている。
「The Way You Make Me Feel」のキーボードのリズムを調整しているシーンでは、マイケルは結局こんな感じのことを言っていた。「観客の求めに応えたいんだ。つまり最初のレコーディングのときの音に忠実に」
マイケルは決して、当時を再現することに徹していわけではない。むしろどのシーンでも今の自分のイメージを出そうと(つまり当時のままに)していた。だからこのセリフは逆に言えば、自分は衰えていないという意識の現われだと受け止められるかもしれない。もし衰えを自覚していたら、そんな肉体を当時のままの音に合わせて振り回すなんて、みすぼらしくてできないから。
肉体的な衰えは別として、会話の端々に出てくるマイケルらしさは実際、何だ、亡くなる直前でだって何も変わってないじゃないかと思うことしきりだった。CGのデモのシーンではガムをクチャクチャせわしなく噛みながら(まるでスリラーのPVの最初、映画の観客を演じているシーンのようにいたずらっぽく)コメントしているように見えたし、メンバーへの挨拶では、「あと4年で環境破壊をなくして・・・」(これは2012年に人類が滅亡しかけるという予言の話か?)とえらい先のことまで言っていた。
「Billie Jean」のリズムベースだけのシーンを一通り踊って、伝説の再現を目の当たりにして興奮するダンサー達をよそに、マイケルは 「感じはつかめたよ」と力なさげだった。オルテガ監督はすかさず舞台に上がりながら、「I'ts Church. This is Rock'n Rolls Church」(教会だ、ロックの教会だ)なんて言いそやしていた(オルテガ監督もマイケルの死以来、一切の仕事をキャンセルしてしまっているそうだ)けど、マイケルの顔は力がなさそうでも、それでも落胆はしていなかった。むしろ課題ができたと感じているようだった。
それは、新しい任務が発生したということでもある。マイケルにはまだやるべきことがあったということでもある。