志位和夫×マルチェロ・ムスト対談を読む

 元旦の「しんぶん赤旗」に志位和夫とマルチェロ・ムストの対談が載っていたので興味深く読む。

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 最初にいきなり余談。

 この手の対談で共産党員や議員がSNSで反応する場合に、ただリポストするだけか、「ワクワクする中身」「目を見開かされた」とか、内容そのものに触れないことが少なくない。あるいは、共産党にとってわかりきった命題の部分に反応して「感動した」式のポスト。

 こういう対談を読み合わせして党支部で「議論」する様子がなんとなく見えてきてもの悲しい気持ちになる。

志賀海神社(26年1月紙屋撮影)



北米リベラル派からのマルクス攻撃について志位は答えているか?

 さて、本題。

 言葉はていねいであるけど、ムストのつっこんだ質問に対して、志位の回答はあまり本質的なことを答えていない印象を受けた。

 ぼくなりに要約してみると、次のようなやりとりになっている。

志位 日本共産党はスターリンによるゆがんだマルクス理解から脱却してきたんだぜ。

ムスト スターリン主義批判? まあ大事っちゃ大事だけど、もっと大事なことがあんだろ。今、北米系のリベラル派からのマルクス攻撃の方が大変だぜ。「マルクスは資本と労働の話ばかり」「ヨーロッパ限定の理論」「男性の工場労働者の話しかしてない」とか。マルクスの有効性は狭いと思われてるけど、もっと幅広いものだ。

志位 その3つの意見は全部ダメだと俺も思う。マルクスは『資本論』1部13章の中でジェンダーの話はしてるよね。それから環境や民族差別の話は『資本論』でしてるよね。

(引用ではなく要約)

 もちろん、ここで「日本共産党幹部が党内で異論派を排除・弾圧していることはスターリン主義ではないのか?」というツッコミがムストには欲しかったところだが、それはひとまずおいておこう。

 スターリン主義批判を誇る志位に対して、ムストは今さらそこかよという感じでそこにはあまり関心を示さず、新しいマルクス攻撃の焦点に話を移している。

 「マルクスの理論は幅広い」という程度の「一致」はしているけども、ムストの提示した「北米リベラル派由来のマルクス攻撃」の3点については、断定的に「ダメ」評価を下している印象だ。ジェンダーでわずかに言及している以外に、志位からは正面きった具体的回答は出ていない。

 「マルクスの射程が広い」ということを、いろいろ言及していますよ、という話で反論するのではなく、資本について解明したことがなぜ近代全体の様々な現象の根底を説明するのか、というタイプの言論で明らかにすべきであった。

 

ムストのCPIMとベネズエラについての質問

 ムストは、政党の自主独立性についても語っている。

 一応自主独立性を「生存権」という言葉で語っているので、それなりに重要だとは思っているようではある。

 ただ、日本共産党とヨーロッパの違いの話をしている時、わざわざ「ハンガリー介入」で「どの共産党も批判しなかった」という例を挙げているのは、その文脈が今ひとつわからないところではある。皮肉を言ったんかい、とか思ってしまう(日本共産党も1956年のソ連によるハンガリー侵攻を支持している)。

 ムストは、日本共産党がソ連解体を歓迎したことに「全面的に賛成」だとは述べる。

 しかし、ソ連という偽の社会主義が解体したことで、もっとひどいものが湧き出てないか? という疑問を持っている。

 そして、インドの西ベンガル州でインド共産党(マルクス主義)=CPIMが政権を失ってかなりひどい政権ができたこと、ベネズエラでひどい政権ができているがそれを改革せずに壊したらどうなるんだということ——この2例を挙げて志位に質問する。

私が聞きたいのは、私たちは共産主義の諸党の複雑な経験というものをどういうふうに見るべきなのか、その終焉を支持すべきなのか、あるいは、それを守り、改革すべきなのか。これは私にとって非常に本質的な問題です。

私は本当に心の底から真剣にお尋ねしているのですが、どうするのが正しい方針なのか、偽の社会主義の経験の終焉を歓迎するのか、あるいは、その内部的な改革を希望するのか、なぜなら、その経験が終わってしまうと、その際は悲惨な状況となるということがあるためです。

 この通りムストにとってはかなり切実そうな質問なのである。

 ムストは西ベンガルとベネズエラの2例をまとめて

いま、成熟した活動家として考えるのですが、この古い社会主義の経験、これは決して良い経験ではありませんでしたが、しかし、それが終わった後、政治状況はさらに悪化したという状況もあります。

と述べている。ベネズエラだけでなく、西ベンガル州の左翼政権(あるいはCPIM)も「古い社会主義」「偽の社会主義」と思っているのだろうか。ムストはこの話題の冒頭にCPIMが「自主独立」だと述べており、受け取り方によっては「自主独立? CPIMだってかなりひどい政権ですよね?」と言っているようにも聞こえる。

 これに対して志位は、いやその後にどういうものができるかという話はあるけど、ソ連ってかなりひどい体制でしたよ、ということをまず確認している。これは正しいと思う。

 その上で、まず西ベンガルについては“いや、西ベンガルの左翼政権は偽の社会主義じゃねーよ。けっこういい政権だったよ”という趣旨のことをいい、ベネズエラについては“チェベスのときは良かったけどマドゥロはダメだよ”という旨のことを述べる。要するに志位は西ベンガルとベネズエラを一緒にすんなと言っているのだろう。

 そして西ベンガルをどうみるかは、他国のことだから言いにくいと言う。

 他方、ベネズエラについては、どういう政権でも今アメリカが攻撃しようとしているのは絶対ダメだよね、という話をする(質問とは違う話だけど、この情勢下では、その話はするしかないわなと思う)。

 ムストはベネズエラの話は同意したけど、西ベンガルの話は同意しなかった。

 何より、もともとのムストの問いについて、志位は答えていないのである。ムストの問題設定を拒否したと言ってもいい。

 結局最後は“ソ連のような自由のない社会主義はアカンってことで”というところでまとめている。

 ぼくにはムストが“ダメな左派でもそれを打倒するのがいいのか、内部改革するのがいいのか”と問うているように聞こえた。スターリン体制から追放されたトロツキーが第四インターを立ち上げるまでに悩んだ問いでもあり、いま日本共産党が党幹部のひどい運営によってガタガタになっている現状を皮肉っているようにも感じられた。

志賀海神社(26年1月紙屋撮影)



ムストのサンダースやDSA批判

 志位がDSA(アメリカ民主的社会主義)やニューヨーク市長に就任した左派のマムダニの話を持ち出すと、ムストは“それって社会主義っていえるんかね”と疑問を呈する。

米国でバーニー・サンダース氏、あるいはDSA(アメリカ民主的社会主義)のような政治運動がおこる。人々はそれをみて、それが社会主義だと思うわけです。しかし、社会主義、マルクス主義は、サンダース氏のような穏健的な考えと比べて、もっと豊かな伝統を持っているのです。

 ムストは欧州やラテンアメリカではマルクス主義の影響が弱く、むしろ北米でマルクス主義の知的な「ヘゲモニー」があるために、北米での経験を「社会主義」だと見做すようになっていないか心配をしている。

 それを聞いて、ぼくなどは「そんなことってあるんかいな?」と不思議に思う。

 ムストは、そうした北米の潮流の中にある「政党否定」の傾向に疑問を持っている。

こういう人々は、政治組織というものの理解に至っていない。たとえば日本共産党のような政党というものの理解に至っていない。彼らは、政党は民主的でないという。スターリニズムや政治的抑圧を批判することはもっともですが、すべての政党が悪だと主張するのは、また別の問題です。

 志位は「政党否定」は良くないね、という点については敏感に反応するが、DSAは「模索の状態」じゃないのかなあ、ベルギー労働党についても研究しているみたいだしまあ一概に政党否定かどうかまではその…みたいな感じになっている。

 “とにかくさあ、外国の運動に対して「あれはダメ、これはいい」とか言えないわけ。一致点で共同するし、学べることは学ぶ(学べないことは学ばない)くらいなんだよ。言えることは”というのが志位のスタンスである。

 サンダースやDSAについて限界があるという見方を示すムストと、その限界性についての言及は介入になるので避ける志位との対比が浮き彫りになった。

 なおムストの

なぜ政党組織がきわめて重要なのか。それは、ジェンダー、人種差別反対、マイノリティー差別反対、こういうことはすべて孤立してあるのではなく、すべてこうしたものを総合していく、これができるのが政党なのです。

は、レーニンの『なにをなすべきか?』の

社会民主主義者(共産主義者のこと)の理想は、労働組合の書記ではなくて、どこでおこなわれたものであろうと、またどういう層または階級にかかわるものであろうと、ありとあらゆる専横と抑圧の現れに反応することができ、これらすべての現われを、警察の暴力と資本主義的搾取とについて一つの絵図にまとめあげることができ、一つひとつの瑣事を利用して、自分の社会主義的信念と自分の民主主義的諸要求を万人の前で叙述し、プロレタリアートの解放闘争の世界史的意義を万人に説明することのできる人民の護民官でなければならないということは、どんなに力説しても力説し足りない。(『レーニン選集』2巻p.82)

を思い出す。拙著『正典で殴る読書術』でも紹介したところである。

 

ムストはマルクスの何に注目したか

 志位はムストに対して「あなたは、(マルクスの最後の)30年間のどこに一番大きな変化を見いだしていますか」「私が聞きたいのは、ムストさんがこういう共産主義論を、マルクスのどういうテキストを読み解いて導いたかについてです」と2度質問している。

 これに対してムストは

  1. 「初期の重要著作では、『1844年の経済学・哲学草稿』、『ドイツ・イデオロギー』(1845~46年)」
  2. 「『資本論』をはじめとする経済的著作、『資本論』の準備草稿をはじめとする諸草稿」
  3. 「マルクスのノートブック」

の3種類を答えている(1は明らかに「最後の30年」のものではない)。

 志位は「『資本論』の準備草稿」という答えが欲しいのだろう。自分の著作(赤本・青本)との共通性が欲しいからである。

 だから、ムストが3種類挙げているのに

『資本論草稿集』を重視したということですね

というちょっと強引なまとめ方をしている。

 そして、よく聞けばムストはその中でも

『経済学批判要綱』(『1857~58年草稿』)ではより社会経済的な関係を論じています

と述べていて、この『1857~58年草稿』は志位の「自由な時間論研究」の中では「『自由に処分できる時間と未来社会論』の最初の表現」と述べているように、『1861〜63年草稿』の「本格的発展」という評価に比べると相対的に位置付けが低いものである*1。

 ムストはその後「その通りです。まさにお金だけでなく、『自由な時間』こそが富であるということです。私が言ったのは、社会主義はこういうものだということだけでなく、社会主義はここから始まるのだということです」と志位の発言への賛辞を述べているものの、具体的にマルクスの『1857~58年草稿』のどこで「一番大きな変化を見いだしてい」たかについての言及はないのである。

 

 ちなみに、ムストの

同時に、この発見からなにか新しいドラマをつくろうとするような学者の話には私は同意しません。たとえば、ほらこれが新しいマルクスのページだ、これこそがマルクスであり、かつてのマルクス像はまちがいだといった調子のものです。こうした調子で「知られていないマルクス」を論じることはできません。

は、初期マルクスに注目したいわゆるフランクフルト学派批判のようにも聞こえるが、マルクスのノートから「マルクスは脱成長コミュニズムに到達していた」と主張する斎藤幸平批判のようにも聞こえる。

 このムストと志位のやり取りにおいて、「マルクスが、あれこれのきっかけで全く違った思想家になってしまったという議論」と「彼の思想と理論は、つねに発展のなかにあり、そのプロセスを捉えることは大切」(いずれも志位)の違いが今ひとつ不分明である。

志賀島から見た福岡市街(26年1月紙屋撮影)



今「経済的な平等」を強調する時期では

 ところでムストが提起した

左翼のなかにも、経済的な平等のことだけで、自由の問題に触れない傾向があります。これは非常によくない。同時に、個人的自由の問題ばかりを優先する新しい理論があります。この立場は、階級闘争や社会正義を語りません。われわれの仕事はこの中間にあり、かつ、とても困難です。

は日本共産党にとって実践的にかなり重大な問題のはずである。

 日本共産党は6中総決議で、

選挙後、候補者や党員のみなさんから、「排外主義とのたたかいは大事だった。ただ党の『メイン』の訴え――消費税、賃上げ、社会保障、大軍拡と平和などの訴えが弱くなってしまったのではないか。もっと訴えたかった」などの感想が共通して寄せられた。

という総括をしている。

 ぼくは常々、物価高に国民が苦しんでいる今の情勢下で、左翼は経済要求・生活要求を前面に出して、そこに思い切った重点をおくべきだと述べてきた。

 どんな事情があるにせよ、日本共産党は「経済的な平等」の訴えの比重を小さくしている。代わりに「時短」をはじめ他の問題の比重を大きくしてしまっており、そんな中で経済要求・生活要求を前面に大きく掲げる他の党に支持を持っていかれている。

 せっかくこういう提起があったのに、志位はこれに対応する回答をしていない。

 6中総でもこの点についてちゃんと総括できなかった弱点がここに表れてしまっている。

 

ぼんやりした対談

 志位とムストの対談を読み終えてみて、二人が意気投合しあったことは事実だろうが、それはかなり「幅広い」というか「ぼんやり」したものだった。

 

 理論的あるいは政治的な領域に踏み込んでの話になると、違いがあらわになり、お互いが持論を述べた後で、それをかなりふわっとした一致点でまとめているという印象を受けた。

 いろいろ話し合っているように見えて、それはお互いが思ったことを言っているだけで、よく読むとぼんやりした対談だった、という印象である。

 不破哲三だったら受け答えももっと違った角度から入っていけたかな…という気がしないでもないが、まあそれはないものねだりかな。

*1:志位「『自由な時間』と未来社会」/「前衛」2024年9月号。

不破哲三の死

 不破哲三が亡くなった。

 ぼくの家の本棚は不破の著作が一角を占めている。

 不破はぼくがコミュニストの人生を送る上で多大な影響を与えた人物である。マルクスよりもはるかに大きいといってもいい。

 斎藤美奈子さんとの対談でも述べたが、先ごろ上梓した拙著『正典で殴る読書術 「日本共産党独習指定文献」再読のすすめ』も、不破哲三を補助線に使いながら、現在の党幹部の古典読解や組織指導のゆがみを批判をしたものである。

福岡市の海(25年12月紙屋撮影)

 不破にはたくさんのことを教わったが、中でもソ連崩壊時に、マスコミの質問——「あなたにとって共産主義とは」に対し、「恋人」「青春」とか答えるのかと思いきや「世界観です」と答えたことは、実に本質的な答えだと思った。その妙味に唸らされた。

 どういうことか。

 不破は1993年に共産党の所有する伊豆学習会館で科学的社会主義(マルクス主義)についての講義を行ったことがあり、ぼくはその講義を直接聞くことはできなかったが、そのテープを聞く機会があった。この講義はのちに本にならなかったのだが、ずいぶん熱心に聞いた記憶がある。

 その中で、科学的社会主義を学ぶ・研究する・探究するとはどういうことなのか、と自ら問い、それは世界観を科学的に統一したものに仕上げる、ということだと答えた。*1マルクスやレーニンの言った命題を必死で覚えることではないのである。当たり前だが。

 つまり社会のいくつかの分野を、まだらに、つまみ食いのようにして「なんとなくマルクス主義っぽく、左翼っぽく解釈して行動する」という、「ファッションとしての左翼」、「さまざまな意匠としてのマルクス主義」とは縁もゆかりもない態度なのだ。

 マルクスにはすでに一定の体系性がある。その体系性を出発点にしながらも、マルクスがカバーしていなかった領域や、マルクス以後に新しく生まれた現実や、あるいはマルクス自身が間違っていた問題が次々生起する。そうしたときに、不破はあくまでもそれを統一的・整合的に体系を仕立て上げ直そうとした。

 世界観を科学的に統一したものに仕上げるとは、社会のいかなる分野においても、そして社会だけでなく自然においても、合理的で整合的な科学的な見方の体系を築こうとする態度である。

 ある分野では進歩的・科学的であっても、別の分野では全く非科学的で前近代な態度を取ったりするする非体系的な、バラバラでチグハグな、思想的雑炊のような世界観に反対し、できるだけ統一して一貫したもの、しかも合理的なものに仕上げようとするその態度こそが、共産主義=マルクス主義なのだと述べたのである。

東京江東区(25年12月紙屋撮影)。同区は中選挙区制時代の不破の選挙区。

 だから、不破が関わってきた理論分野での探究や、彼の探究を土台にした日本共産党の路線は、「左翼っぽい命題」を次々に「裏切った」。爽快に。

・左翼だから道徳教育に反対する

・左翼だから愛国心に反対する

・左翼だから非武装中立にする

・左翼だからソ連・中国・北朝鮮を擁護する

・左翼だから開発に反対する

・左翼だから議会主義に反対する

・左翼だから革命的暴力を支持する

・左翼だから教師は労働者であるとだけ考える

・左翼だから差別的な言葉の規制に賛成する

 目の前で展開される「左翼っぽい言葉」や「左翼っぽい振る舞い」を、そのまま無批判に党の中や党の理論の中に取り込んでいかずに、それをマルクス主義の体系として吟味を加え、鋳直そうと努力したのである。

 

 だから、ぼくもそうした思考のクセがつくようになった。

 「赤旗」で残業やハラスメントのことをキャンペーンしているが、自分たちはどうだろうか、とか、街頭での「反差別」を掲げた闘争が共感を得ない形で暴走していったときに、それは「左翼的」と言えるのだろうか、とか、「前衛」(共産党の理論誌)でフェミニズムの理論をさまざま紹介しているが、それはマルクス主義と整合的なのだろうか、とか、共産党の国会質問をする際にさまざまな学者の力を借りているようだがそれを無批判に共産党の理論のベースにしていいんだろうか、とか。

 

 今の幹部である市田忠義も共産党の組織論は科学の分野の一つだと彼の著作の中で述べていて、それは全くその通りだと思うのだが、それならば、提起した目標が期間内に達成できないというあれほど明白な失敗をずっと繰り返していることを、どうして科学的に総括できなのだろうか、と思う。

 

 共産主義とは世界観であり、世界観を科学的な体系に仕上げることを絶えず努力することがその探究であるとすれば、今日本共産党自身がさまざまな分野で遭遇している「非科学的」対応の連続をどう説明したらいいのだろうか。

 また、フェミニズムをはじめとするさまざまな「左翼的(急進的)理論」に対する自分自身の理論的原則からの区別と、それを踏まえた上での共同という問題は、曖昧にされるべきではないと感じる。そのことは『正典で殴る読書術』の『共産党宣言』の項目でも書いたことである。

 

 ぼくにとってもコミュニズムは、「自分を急進的に見せるファッションの一つ」ではなく、「世界観」なのである。

 そういう態度があるから、考えの違ういろんな本を読んだり、自分の考えをひっくり返す現実に出会ったりすることは、自分の思想を一旦否定されることではあるが、豊かに組み替えることにつながるので、楽しみになるのである。

 

補足1:「人権問題に自覚的な自分」と「人権問題に無自覚だった自分」が同居

 先日ぼくが読んで感想の記事をアップした『集団浅慮』。同著を書いた古賀史健のインタビューがYahoo!ニュースに出た。

 その中で古賀は

あとは冒頭でお話があったように津田さんとは同級生なので、きっと「人権問題に自覚的な自分」と「人権問題に無自覚だった自分」が同居していて、そのあたりも当事者意識を持って読んでもらえたんじゃないかと思います。

と述べている。

 「統一した世界観」がないというのはまさにこういう状態のことである。

 

補足2:「前進が開始された」と総括した直後に「大量減紙」

 共産党は党を質的に高めながら機関紙読者や党員を増やす「集中期間」を設け、12月にその期日を迎えたが、目標を達成するどころか、読者も党員も減らして締切日を迎えようとしていた。ところが党幹部は「前進が開始されたから」という理由でこの期間を来年4月末まで延長した。

 多少の前進どころか減らして締め切りを迎えたのだから「集中期間」が失敗したことは明らかなのに、どうして? と思っていた。

 そして、今日。

 12月の結果が出た。

本日付赤旗より

 12月度については「ようやく前進が開始された」(幹部会決議)と規定しそれを「集中期間」延長の最大の根拠としたばかりの、そのわずか5日後に「(党員数現勢は)前進には届かない見込み」「(赤旗は)大量減紙を乗り越えられませんでした」(上記記事)とは一体どういうことなのか。延長の根拠が崩壊し消え去ったということではないのか。居並ぶ党幹部たちは誰一人、何も言わないのだろうか。

 科学的で統一的な世界観とかそんな難しい話のレベルですらない。

 増えているのか減っているのか、そんな単純な事実認識ができないのだろうか。

 

 

*1:それはエンゲルス主義じゃねーかとか、「科学的」ってなんだよとかのツッコミは承知の上、保留しておく。

 『このマンガがすごい! 2026』&『隙間』&日本共産党の「一つの中国」論の転換(?)

 『このマンガがすごい! 2026』(宝島社)で「オンナ編」のアンケート選者をつとめた。

 自分が選んだ5本のうち、1本は「オトコ編」で4位に入り、もう一つは「オンナ編」で29位に入った。他は圏外であったが、1本は「PICK UP!」という形でムックの編集部に拾われたので、「知っている人気マンガばかりを紹介しないが、かといって独自すぎない新しい佳作を紹介する」という近年なんとなく自分の中で定着している原則にピッタリ沿った結果になったので、いたく満足している。

 

高妍『隙間』を読む

 「オンナ編」第2位になった高妍『隙間』は台湾から沖縄に留学してくる楊洋が主人公である。

 

 

 描かれる「自分」と「社会」のつながり方は、ぼくが左翼運動に飛び込んだ一番最初の頃のようなイメージでとらえられている。五十代になった自分がそれを振り返るとそうしたつながりの感じ方は「生硬」なような気もする。

 しかし、組織からいじめられて追放された身からすると、主人公が学校でいじめられ、怒りに打ち震えてそれに反抗する(暴力をふるう)シーンをみて、やっぱり同じだという気もしてくる。「怒りじゃ何も解決できないわ」と楊はおばあちゃんにやさしく諭されるけれども、怒りにまかせて相手を押し倒し、馬乗りになって首を絞めあげているシークエンスの爽快感といったら。自分も何度想像の中でこういうシーンを繰り返したことだろう。

 そして、自分を支援してくれている若い人たちのまっすぐさや純粋さに、楊がすごく似ているような気もした。

 

 その『隙間』には、台湾独立運動が登場する。

 「物語のひとコマ」ではなく、台湾に生まれた主人公のアイデンティティに関わる中心的なモチーフとしてでてくるのである。

高妍『隙間』(KADOKAWA)1巻、p.64

 

日本共産党の「一つの中国」論の転換(?)

 ぼくは、台湾有事とそれに存立危機事態を適用するという高市首相の答弁にかかわり、日本共産党議長の志位和夫が香港メディアのインタビューに答えていた記事を読んでいくつかのことを思った。

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 第一に、高市首相の存立危機事態答弁の「撤回」を求める共産党の要求について。

 その政策・要求への疑問は前に書いた。

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 共産党として問題の根源に迫る安保法制の廃止や安保条約の廃棄をほとんど取り上げないでなぜ「答弁撤回」を押し出すのだろう、という疑問である。

 香港メディアとの志位インタビューでも安保法制廃止や安保条約廃棄について言及しているものの、分量はわずかだ。

 志位インタビューまでを読んで、「答弁撤回」という提案は、「日本国内で共産党が根本的に提起する安保・外交政策の議論」ではなく、あくまで「日本政府と中国政府が現状スタンスで合意できる範囲での政策提起」ということなのだろう、と思った。中国は台湾への武力介入選択も放棄しないし、日本は安保法制や安保条約に手をつけなくてもお互いに矛を収められるという一致点として提起しているということだ。

 26日付の西日本新聞に元外務審議官・田中均のインタビューが載っていて、田中は、答弁撤回を提案している。ただ、田中は撤回=「台湾有事になっても適用しないという言質」にはしない「工夫」も提起している。いざとなったら台湾有事で適用しますよ、という余地はちゃんと残しておく、というのだ。元の「曖昧さ」に戻るための「工夫」である。

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 もちろん、それは支配層メンバーの中での「工夫」であって、左翼のぼくから見れば、そのような「工夫」は、日本を米軍の戦争に巻き込む危険な火種の残し方である。安保条約を廃棄して火種を消すべきだろう。

 しかし、とりあえず日中双方が(答弁前の)現状維持の状況に戻すためには「答弁撤回」という「知恵」を使う必要がある、という提案は理解できなくはない。問題の根本解決にはならないが、ガラス細工のような均衡に戻るのである。

 日本共産党の「撤回」提案とは、このようなレベルのことを求めている。日中政府双方がなんとか受け入れられる提案としての「撤回」なのである。だから、安保法制の廃止や台湾への中国の武力侵攻への反対はインタビューの中にもよーく読めば含まれているけれども*1、ほとんど前面に出ていないのはそのせいだ。

 …とまあこれが年末に至ってのぼくの理解である。

 間違っているかな?

 仮にそうだったとしても、日本共産党としては一度日本政府に提言すればいいことではないだろうか。それよりも問題の根源である安保法制や安保条約の危険性をはっきりと訴えることに比重を置くべきだと思う。今ほど日本国民が「なぜ日本が台湾有事に介入するのか?」と考える時期はないからである。そのチャンスをみすみす逃しているような気がしてならない。

 

 二つ目は、台湾問題で日本共産党の立ち位置が変化していないだろうか、という疑問である。

 従来、日本共産党は「一つの中国」論だった。

 2001年に当時の党首・不破哲三は、次のように表現している。

私どもは、中国と台湾の問題に関しては、日本は「一つの中国」という国際法の枠組みを守らなくてはいけないと、確信しています。

 「一つの中国」というのは、国連でもその立場で中国の代表権を台湾の政権から今の中国の政権に交代させたのだし、日本と中国の間でも、アメリカと中国の間でも、「中国は一つ」という原則が確認されています。破るわけにはゆかない国際的原則です。

 日本共産党としてこれを「日中関係の5原則」としてこう表現している。

日本は、国際関係のなかで「一つの中国」の立場を堅持する。

 ところが今回の志位インタビューでは、日本政府と同じ表現に「後退」している。

--日本共産党は「一つの中国」について、どう見ていますか。

 中国側は「一つの中国」を主張し、台湾問題は「内政問題」だと主張しています。それをわが党は理解し、尊重します。

 「堅持」「破るわけにはいかない国際原則」という表現からかなり変化しているのがわかると思う。いやいや「理解し、尊重する」のだから、中国の言い分をそのまま受け入れていると言うことではないか、と思うかもしれないが、これは日本政府が作った微妙な言い回しをそのまま借りてきているのだ。「理解し、尊重する」について九州大学准教授の前原志保は次のように解説している。

ここから客観的に読み取れるのは、「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部」というのはあくまで中国側の主張であって、日本はそれを「承認(recognize)」しているわけではないということだ。日本は、中国がそのように表明している事情を「十分理解」し、その意見を「尊重する」と述べることで、相手のメンツには一定の配慮を示しつつも「賛同はしない」、しかし「議論の余地は残す」という外交の妙味を持たせている。

 不破講演、あるいはこれまでの日本共産党の「日中関係の5原則」の表現からは明確な変化がある。

 ぼくは、志位が日本政府に立場をそろえたのではないかと考えている。

 2020年に日本共産党が2004年綱領を改定したとき、中国の覇権主義に対する批判と認識を強め、「社会主義をめざす国」として中国を扱うことをやめた。その際に、武力統一方針を捨てない中国政権の言い分をそのまま受け入れることはしないようにしたのではないかと思う(もちろん武力侵攻に対する反対は前から表明し、中国にも言ってきた)。

 

 第三に、だから、台湾が独立するという民意を表明したら、日本共産党はその尊重を提起する立場になったのだろう、ということである。その場合は、事実上「一つの中国」論に反対するということである。

 志位がインタビューで紹介している「東アジア平和提言」には次のような一節がある。

台湾海峡の平和と安定は、地域と世界の平和と安定にかかわる重要な問題です。この問題がどういう過程をたどるにせよ、日本共産党は、平和的解決を強く求めます。そのさい、台湾住民の自由に表明された民意を尊重すべきであります。

 つまり台湾住民が国民投票などで「独立」を表明したら、それを尊重すべきであって、力づくでそれを押さえつけてはいけないという主張をしている。これは「一つの中国」を「堅持」するという従来の立場と矛盾する。

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 

 志位インタビューは、答弁撤回という、現在の日本政府でもなんとか飲める提案を押し出すとともに、実は、「一つの中国」論に対するスタンスを大きく変化させ、台湾独立の民意が表明されたあかつきにはそれを支持することを述べた、大転換なのではないだろうか。

 

 もちろん、ぼくはそういう転換をもし日本共産党がしたのだとしたら、それは歓迎したい。(全然違いますよ、ということであればそれはそれで共産党公式の見解が聞きたいところである。)

*1:「台湾への中国の武力侵攻への反対」は「東アジア平和提言」の中に含まれている。

古賀文健『集団浅慮——「優秀だった男たち」はなぜ道を誤るのか?』

 優秀な人もたくさんいただろうに、どうしてこんな愚かしい判断を組織としてやってしまうのだろう…という事実によく出遭う。

 歴史書でも、メディアでも、身近でも。

 特定の組織、例えば利潤追求に必死な資本主義企業体とか、軍国主義的な国家とか、社会進歩をうたった団体とかに限らず、いろんな種類の組織を横断して、そういう愚かしさが見出される。

 だからこれはある程度、さまざまな組織体で共通して起こる、組織としての病理現象なのだろうと感じる。

 そう思って読み始めたのが本書だ。というか、リモートの読書会で他の人から推薦があったので手に取ったのがきっかけではあったが。

 「なぜこんなバカげたことをやってるんですかね?」——ぼくはしばしばそういう質問に出遭う。そのときに、その組織体に特有の問題から迫ることもできるし、もちろんそういう個別の要素があることはたぶん間違いないだろう。

 だけど、近代組織の中で共通して起きている病理であるなら、そうしたメカニズムも多かれ少なかれかかわっているはずだ。そういう考えに至る上で、本書はとても役に立った。

 だけど、「こういう病理現象があります」とうまくまとめて伝えられない。

 そこでこの記事では、本書の内容のうち、「集団浅慮」を原理的に示している部分についてだけメモをつくり、自分のために整理をしておくことにする。

 本書はもともとアーヴィング・ジャニスという学者が政策決定における大失敗を解き明かすために生み出した概念をもとに、中居正広をめぐるフジテレビでの性暴力事件の報告書を読み解いたもので、その報告書をわかりやすく解題しようとするものであった。

 ぼくは、ジャニスの学術的な本の方を読まずに、それをわかりやすく命題的に抽出した本書を、さらに自分が伝えられるようにアレンジしたくてこの記事を書いている。

 そもそも集団浅慮(Groupthink)とは何か。

 ジャニスの定義は97ページ(Kindle版)に書いてあるが、それをかみくだくとどうなるのか。

——組織への忠誠心が強いメンバーばかりで団結している団体で、全会一致を強力に求めて、いろんな選択肢をどんどん排除していってしまう考え方。

ということになるだろうか。

 このような団体では、みんなが仲良しで、「この場ではこう振る舞うべきだ」的なインフォーマルな(暗黙の)規範があり、それを逸脱する者には、初めは説得、次に仲間はずれ、最後に排除が行われる。自分の正当性を疑わせるような異論や激論によって「仲良し」のムードを壊させないようにする。

 

 参加しているメンバーには8つの特徴がある。

  1. 過去の成功体験(不敗神話)
  2. 自分がやっている事業の高い道徳性への確信(不動の確信)
  3. やばい情報を無視する(警告の合理化)
  4. 敵をあなどる(ステレオタイプ化)
  5. お互いのために批判しない(自己検閲)
  6. 自分は反対だがみんなは賛成していると思い込む(全会一致幻想)
  7. 「余計なことを言うな」という圧力(逸脱者への圧力)
  8. 組織を守るために積極的にガードする(心のガードマン)

 8つは多いので、もしぼくが人に伝えるとしたら「メンバーは過去の成功体験があるので、それにしがみつき、そして自分のやっている事業への不動の確信があるから、結束を壊さないために、余計なことは言わない、自分の発言は控える、違和感は自分だけと思い込むなどのメンタリティが生まれる」とでも言うだろうか。

 

 これらは同質性が高く、閉鎖的であることで病理になる。

 したがって、このメカニズムを壊すには、本当に意味で「ダイバーシティ(多様性)」を備えることが必要になる。

 ここは処方箋のポイントとなると思うので、本書が引用しているフジテレビの調査報告書の引用を孫引きしておく。

前記のとおり、組織の強い同質性・閉鎖性・硬直性と、人材の多様性(ダイバーシティ)の欠如が、思慮の浅い経営判断、セクハラを中心とするハラスメントに対する感度の低さをもたらしている。ジェンダーダイバーシティをはじめとする多様性を確保し、同質性等による弊害を解消することは、当社(引用者注:フジテレビ)における喫緊の課題である。(報告書265ページ)

 本書は、ここから「人権の尊重」という原則に入っていくのだが、実はその処方箋の方はぼくにはむしろピンと来なかった。

 ダイバーシティによって同質性を壊し、閉鎖的でないようにすることが、その解決方向だと指摘していることを重視したい。

二宮神社(福岡市。2025年12月紙屋撮影)

左翼政党の「同質性」と「閉鎖性」を考える

 というのは、左翼政党、なかんずく、共産党における「同質性」と「閉鎖性」について考えるとき、民主集中制をどのように運営すればいいかと考えると、やはりこのことがヒントになるからである。

 後房雄と松竹伸幸の対談で、後房雄による、民主集中制の本質は分派禁止であるという研究結果を受け、二人とも当面の改善方向として「分派禁止の厳格化」を提起した。

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 これは注目に値することだ。

 というのは、となりの支部と連絡を取ること自体が分派と見なされ、文書を他の党員や支部に渡すことも許されない。それどころか、喫茶店で仕事の話をするだけでも分派扱いされて除名されるというめちゃくちゃな運営が現在同党ではなされている。

 松竹の裁判ではまさに「分派の定義をした内規」を提出せよ、と迫っている。

 分派の定義が厳密になることで、その定義に触れない連絡・交流は自由にできるようになる。後房雄も松竹も自民党の派閥禁止規定を例にとっているし、レーニンや宮本顕治の分派定義を参考にしてもいいだろう。

 そうすることで、党内に今の路線でいいかどうかを広く研究する横断的なグループが誕生できることになる。それらのグループが集会を開いたり、研究誌やサイトを作ったり、党大会や県党会議などに共同して提案することもできるようになる。

 このようにすることで、異論は植物が根を張るように生命力を持つことになる。

 研究し交流し議論しあうことで、異論は体系的な力を持つようになっていく。

体系を持たぬ哲学的思惟はなんら学問的ものではありえない。非体系的な哲学的思惟は、それ自身としてみれば、むしろ主観的な考え方にすぎないのみならず、その内容から言えば偶然的である。いかなる内容にせよ、全体のモメントとしてのみ価値を持つのであって、全体をはなれては根拠のない前提か、でなければ主観的な確信にすぎない。(ヘーゲル『小論理学』)

 また、少々の同調圧力にも負けなくなる。

 自分たちの持論への忠誠を最優先にしてはならないけども、それは多数派も同じだ。お互い様である。

 これは民主集中制の放棄ではなく、現代的な発展である。

 いずれにせよ、組織を中から食い破るような分派は禁止されるべきだが、それ以外は、むしろ(後房雄が言うように)民主主義にとって不可欠なモメントだと言うことができる。

 このような「分派」ではない「グループ」の存在、イタリア共産党やソ連共産党の言葉で言えば、「潮流」の存在は、組織に真の意味でのダイバーシティ(多様性)をもたらすことができる。 

 

 共産党における集団浅慮を防止するには、分派定義を厳密化することで民主集中制下の自由な交流と共同を盛んにさせ、本当の意味での党内のダイバーシティを生み出して、党内民主主義を繁栄させるしかない。

 時間はかかるが、この文化を生み出すことで、共産党は集団浅慮を防止でき、再生も図られるだろう。

値上げを提案された家賃の交渉とその結果

 ぼくは賃貸マンションに住んでいるが、大家(企業A)から7月に家賃値上げの提案をされ、ずっと交渉をしてきて、このたび家賃を据え置きのまま契約更新することになった。

 企業Aからの提案は、今の家賃を30%値上げするというものだった。

 弁護士にも相談したが、特別なことはしていない。

 ぼくら夫婦がやったのは、ほぼただ一つだけ。

 「値上げの根拠を聞く」ということだった。

 それを聞いた上で、次の交渉ステージに入るつもりだったのに、その手前で終わってしまったのである。

 企業Aの値上げの理由は「近隣物件の家賃の上昇」だった。

 ぼくらの住んでいるマンションは古い。

 周辺の地価が上がっているのはそうだったのだが、同じような条件の物件がどれくらい上がっているのか、まずはその根拠を教えてほしいということだったのだ。

 

 企業Aは最初に「査定報告書」といういかめしい資料を送ってきた。

 しかし、読んでみると、根拠が書いてないのである。

 全国の数百万件の物件をAIで計算して数字を出したと書いてある。

 ぼくらの近隣の物件については、数件、表にして貼り付けてあった。

 AIにしても、近隣物件にしても、それを読んだだけでは、なぜ提案値上げ額になるのかがわからない。「計算式を教えてほしい」と返事をした。

 

 しかし、答えは驚くべきものだった。

 AIの方は「ブラックボックス」(本当にこう書いてあった)なので、計算式はわからないと言われ、近隣物件の図表の方は言及さえなかったのである。

 いや、これでは根拠がわからないので、提案値上げ額に納得しようもないですよ、と書き送った。

 

 すると、今度は企業Aはその査定報告書などなかったかのように、別の資料を送ってきた。

 今度は(1)「この辺りの地価や家賃が上がっているという情報」と、(2)「前とは全然別の、この近隣の数件の物件リスト」だった。

 (1)「この辺りの地価や家賃が上がっているという情報」については、ごく一般的な地価上昇のデータだった。その事情はわかるけど、ぼくの住んでいる物件のような古さとか、駅からの条件とか、そういう物件の家賃はこの近隣でどうなっているのか出してくれないと、そんな一般論を言われても困りますと返した。

 もう一つの(2)「前とは全然別の、この近隣の数件の物件リスト」については、一応近隣の、うちと同じ条件の物件の家賃ではあるのだが、数件しかない上に、やっぱり計算式が全然わからない。そして、ふつうに見ても、提案のような値上げ額にはならないのである。

 そこでやはり根拠が不明ですね、納得できません、と書き送った。

 こういうやりとりが半年続いたのである。

 その後も、前に自分たちが送付してきた資料を明確に否定したり、あるいは全くなかったかのようにして別資料を送ってきたりしたが、一向に計算式を教えてくれなかった。

 しかし、値上げ額だけは、必ず最初の提案から1円も変わらないのである。

 この結論だけは不動なのだ。

 

 ひょっとしてぼくら夫婦の返事が不誠実なもの*1になっていないかは、弁護士に時々聞いたが、紙屋さん夫婦の対応は客観的にみて全く誠実であって問題ないと言われた。

 そしてついに企業Aは何も言わなくなってしまい、仲介不動産会社を通じて、前の家賃額と同じ額で契約の更新をすることになった。

 

 今後どうなるかわからないが、交渉においてゴネたり、無理なことを言ったりしたつもりは一切ない。

 つれあいは、「あの企業Aの文書や資料は全部AIで作ったものなんじゃないかな…」と言っていたが、そうかもしれないなと思った。

 

※以下は企業Aにぼくら夫婦が送った最後の返書を、一定改変して載せています。もし興味のある人は支援の意味も含め、購入してみてください。

*1:例えば意味もなく「根拠が不明」と言い続けるなど。

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紙屋高雪×斎藤美奈子トークイベントの内容の一部を「じんぶん堂」で公開

 先日のぼくと斎藤美奈子さんのトークイベントの一部が、朝日新聞「好書好日」の特設サイト「じんぶん堂」で公開された。

book.asahi.com

 当日の様子は、ぼくのブログでも別の角度で紹介している。

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 

 

 

 

宮崎市内の池(紙屋撮影、25年12月)


 若い頃、「批評とはどういうものだろう」と思って、平凡社の『改訂新版 世界大百科事典』を読んだことがある。その項目は加藤周一が執筆していた。

 批評(または批判)を意味するクリティークcritiqueの語源は、ギリシア語のクリノkrinō(判断する,裁く)に由来する。A.ラランドの《哲学辞典》によれば、批評とは,ある一つの原理または事実を評価するために検討することである。批評的精神とは、いかなる命題も、みずからその命題の価値を検討することなしにはけっして受け入れない精神である。

 これはぼくが本(『正典で殴る読書術』)で書いたこととも合致する。

 ヨーロッパ語では,批評という語の形容詞(たとえばフランス語のクリティークcritique)は、名詞と同じ意味のほかに、〈危機的〉という意味に用いられることが多い。この用例もまた日本語にはない。しかし、批評の機能と〈危機〉との間には事実上の関係がなくもない。〈批評的〉と〈危機的〉という日本語では二つの形容詞が、ヨーロッパ語の場合に1語によって代表されているという事実は、おそらく注意に値するであろう。要するに批評とは、(1)ある一つの原理、または事実。または命題などを検討することであり、(2)その検討は評価に関連するといえるだろう。したがって最も典型的には、(3)いったん樹立された価値の再検討としてあらわれる。そのような価値の再検討が大規模に行われる時代は、危機的時代である。

 日本共産党について、あるいは日本や世界の現代について、このような〈批評的〉=〈危機的〉という把握を、ぼくの本でも行っている。

 批評精神は、特定の価値の体系が危機に臨んだときに活動的となるから、批評精神の歴史とは、危機的時代の歴史であるということができる。…市民社会が世界大戦によって危機を自覚するまで、その根本的な原則に対する批評はなかった。根本的な批評は、第1次大戦とロシア革命以後に始まる。マルクス、エンゲルスは19世紀の半ばに《共産党宣言》を書いたが、ヨーロッパがその意味を理解しはじめたのは20世紀に入ってからである。現在、市民社会の原理とその基本的な価値に対する批評は、社会主義(ことにマルクス主義)において最も徹底している。

 社会主義は近代の最も徹底した批判者であった。しかし加藤はその批評精神が「社会主義社会」、つまり旧ソ連・東欧、そして中国などで失われていると考えた。

 社会主義社会での批評精神の歴史については詳説できない。しかし、市民社会に対しては最も徹底的な批評立場であるマルクス主義が、社会主義社会では急速に教条化し固定したために、批評的機能を著しく失っているということはいえよう。

 しかし今や、その喪失は、資本主義(市民社会)のもとでの社会主義者・共産主義者たちにまで及んでいないだろうか。そのことを拙著では問いかけた。

 

 〈批評的〉=〈危機的〉、「いったん樹立された価値の再検討」としてとらえ、渡部直己の『日本批評大全』を読んだ時にもそのような把握があったのを思い出した。

欧米語が広く共有するその多義性を活用変奏して、しばしば口にされるように、「批評」は、何事かの「危機」や「臨界」の異称として生起する。ひとつの社会や共同体や個人、しかじかの感覚や思考や表象の安定した秩序や規範が危機に陥り、ある臨界点に達しようとする。新たなもの、より良きものへむけて、その動揺の生気をこそ呼吸するもの、あるいは、進んで動揺をもたらすものが、「批評」と呼ばれる力なのだと、人はいう。その批評的=危機的(クリティカル)な力動。それがすべてとまでは断じぬにせよ、わたしもまた、久しくこの等式を重んじてきたし、いまも尊重している。したがって逆に、何事かの内閉的な安定にたいして和解的なものや、追従的・補完的なものは、別にどんな名をもとうが勝手だが、少なくとも「批評」の一語だけは無縁な代物である。(渡部前掲、河出書房新社p.637)

 

高市首相の「働いて働いて…」の流行語大賞受賞に思うこと

 今年の流行語大賞は高市首相の「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」に決まった。

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 「なぜこれが?」という思いがよぎるが、選定側は、まず「高市政権ができ、高支持率が続いている」ことが日本の「流行」をそのまま表しているという思いがよぎったのだろう。そうだとすれば高市にまつわるものならなんでも良かったのかもしれない。

 

 しかし「存立危機事態」を選ぶと、その受賞自身がかなり危険な意味合いを持ってしまうので、そこまで影響が大きくなく、ポジティブさとネガティブさを併せ持って、それなりに人口に膾炙したこの言葉選ばれたのだろう。

 



 ん?

 「そこまで影響が大きくなく」?

 「ポジティブさ」?

 自分で書いておいて、そうかなあと思う。

 

 高市は受賞のスピーチで、この言葉で働きすぎの奨励とか長時間労働を美徳とするような意図はないと言い訳した。しかし、自身が労働時間の上限規制の緩和について指示を出しておいて、さすがにその言い訳は厳しい。

toyokeizai.net

 しかも、最近、「最低賃金時給1500円」が政権の目標から姿を消した。物価高で少しでも手取りがほしいこのご時世で、賃金が上がらないのであれば「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」となるしかない。ここでも高市の言動は、ナイーブなものではいられないのだ。

www.jcp.or.jp

 

 そういう政治情勢と雰囲気の中であるから、流行語大賞に選ばれたから、あらためて市井で軽口のようにして使う人もいるだろう。

 帰れない職場で「いやあ『働いて働いて働いて働いて働いてまいります』だからな〜」とか。あるいは定時で帰る写真に「おい、もう少しやってけよ。『働いて働いて働いて働いて働いてまいります』とは言わんけど『働いて働いてまいります』くらいは」的な。そして、そうやって日常の中に長時間労働を許してしまう空気が小さく、少しずつ醸成されてしまうのではないか。

 受賞はそこに一役買ってしまうのである。

 

 だからこそ選定側にはっきりした批判的コメントがほしかった。

 やくみつるや神田伯山のコメントが朝日新聞の記事で紹介されていたがそこがはっきりしない。

www.asahi.com

 ぼくが2018年に上西充子法政大教授とともにトップテンを受賞した「ご飯論法」のときはさすがにご飯論法を使って悪いことをしてやろうという雰囲気を助長することはできなかった。当該の行為と言葉の性格上、そういう悪用が難しいのである。むしろ政治家がそのような狡猾なレトリックを使うことに名前を与え、注意喚起をする役割をいくばくかは果たせた。

 

 だが高市発言のような性格の言葉を流行語大賞に選定することは、それが皮肉な受賞であり、警告であると受け止められるなら、むしろ積極的な役割を果たすと思うけど、選定側がその明確な役割を与えて世に放たないと逆に有害な空気を醸成してしまう。だから現状のままでは、これは「長時間労働のススメ」でしかない。